先読み!マーケット 第十一話

2009.10.26

第十一話   レジャー性が旅行需要の回復をリード ~ 最新の海外旅行動向から旅行マーケットの変化を読む

 今回はこの秋から冬に向けて、最新の旅行マーケットの動きについて海外旅行マーケットの指標を手がかりに考えてみたいと思います。2008年9月のリーマンショック以降、消費関連でいい話はとても少ないのですが、その中で旅行のマインドは決して冷え込んではいない、逆にこの状況こそが10年以上にわたって続いてきたマーケットの停滞から抜け出す転換点になりうるのではないか、という考察です。

◆最新のマーケット指標から何が分かるか

 先ず、本稿を執筆している2009年10月22日時点で入手可能な最新の海外旅行マーケットのデータを図表1でご覧下さい。この図には今年(2009年)8月までの動向が出国率(海外旅行者数÷日本人人口)で示してあります。棒グラフは各月における出国率の増加/減少の幅を示しており、緑の折れ線はそれぞれの月における過去12か月間の出国率がどのように変化しているかを示しています。

 <図表1>
図表1

 このグラフから、海外旅行は今年(2009年)の2月に一時プラスに転化し、その後、4月、8月とプラスとなっていることが分かります。実は、春先から始まった新型インフルエンザの影響がなければ、5~7月もプラスになっていた可能性が大きいのです。折れ線グラフは、3月で一旦底を打ったように見えた後、5、6、7月と二番底を付けたように動いていますが、これは明らかにインフルの影響によるもので、それも7月に大底を打った形になっています。9、10月のデータはまだ出ていませんが、業界の調査から推定すると、9月はシルバーウィークの効果などで大幅なプラスが確実、続く10月もプラスを維持しているとみられ、市場は回復に向けてはっきり舵を切った形になっています。
 こう書きますと、業界の方からは、「今のプラスは去年のサーチャーの反動に過ぎない」とか、「仮に回復基調があるとしても今冬のインフルでまた勢いをくじかれるに決まっている」という批判が聞こえてきそうですが、それはちょっと置いておいて、この背後で起きている興味深い現象について図表2で説明させてもらいたいと思います。

 <図表2>
図表2

 このグラフは今年(2009年)1月~7月の出国率の増減を累計したもので、性・年代別になっています。この図から、現状のマーケット動向には、男女でほとんど正反対と云うべき違いが存在していることが分かります。一体何がこれほどの差を生み出しているのでしょうか。表面的に云えば、それは男性に多いビジネス性の需要が不調で、女性で卓越しているレジャー性の需要が好調という状況によるものです。しかし私は、ビジネスとレジャーとで、ここまで正反対の状況というものがあっていいのだろうか、というところに少々引っかかってしまうのです。
 少し考えてみて下さい。消費というものは景気の影響を受ける、つまり企業の業績とも密接に結びついている、というのが一般常識です。ただ、わが国の経済構造は外需への依存度が高いため、特に2000年以降の景況推移の中では、外需に牽引された企業活動によってGDPが低率ながら成長を続けた一方で、給与報酬の伸びを抑制された個人消費は低迷を続けてきた、というのも事実だと思います。
 さて、この視点で図表2の背後で起きたことを想像してみると、こんな喩え話ができそうです。
「世界同時不況で外需が落ち、企業業績も落ち、もちろんGDPも大きく下がった。ところが、旦那(企業業績)と嫁さん(個人消費)とは少し前から実質別居状態だった上、実を云うと旦那は給料もろくに渡してなかったので、去年の秋、急に旦那の稼ぎが減った時も、嫁さんの方はまるで他人事のような顔だったとさ。」
 2009年の第1四半期、わが国のGDPは年率マイナス15%近くという、かつて無い厳しい状況にあったこと、まだ記憶に新しいと思います。ところが、改めて図表1を見ていただくと、その最中の2月、出国率は女性旅行者の急増、つまりレジャー性の伸びによってプラスに転化していたのです。ご参考までに四半期別のGDPと男女別の出国率の変化を図表3に示しておきます。

 <図表3>
図表3

◆これを単なるリバウンドと片付けてよいか

 もちろん海外旅行だけをみて個人消費全体を論じることはできません。旦那と女房の話はものの喩えとご理解ください。また、女性を中心としたレジャー性の需要が上向いている背景には明確な要因が存在していることも、改めてお断りしておかなくてはなりません。レジャー需要を上向かせた最大の要因、それは、リーマンショックによって起きた急速な円高と、石油価格が急落し、国際航空券に上乗せされていた燃油サーチャージという追加料金が実質的になくなったことです。これらは海外旅行に特異的な要素であり、厳しい景況の中でレジャー性の海外旅行を反転させた立役者はこの2つと考えられます。また、海外旅行というと大枚はたいて行く旅行を連想しがちですが、今年前半のレジャーマーケットで圧倒的な存在感があったのは韓国などの近場で、マイル航空券を利用した人も多く、旅費は総じて低めに抑制されていたものとみられます。
 しかし私は、こうした事実を踏まえた上でもなお、イマイチしっくり来ない感じがするのです。GDPに代表される景気動向とこれだけ乖離した動きが起きているのに、それを円高、サーチャーという一過性の外的要因だけに帰していいのだろうか、とこだわってしまうのです。
 私がどうしてもひっかかってしまう理由のひとつが、今年(2009年)1~7月の性年代別の海外旅行動向を示した図表2のデータの中にあります。それは20代女性の出国率の伸びが全年代の中で最も高い、という事実です。なぜそれがひっかかるか、といいますと、実は、過去10年間以上にわたって海外旅行マーケットの足を引っ張ってきた主犯こそ、他ならぬこの20代女性だったからです。
 20代女性は90年代半ばまで海外旅行市場を華々しくリードしていました。その勢いの強さ故に、彼女らの代名詞であった「OL」という和製英語が海外でも広く認知されるようになったほどです。その20代女性の海外旅行が90年代後半から長期的に落ち込んだのは、一過性の景気の問題だけでなく、雇用体系の変化など、社会的変化が大きく影響している、と、これまではそのように考えて来ました。ところがです。今年(2009年)の春といえば、世界同時不況で20代の失業率が最悪だった2003年のレベルまで一気に上昇した時期だったのに、まさしくその瞬間、20代女性の出国率は急上昇していたのです。この時期、ニュースは繰り返し「派遣切り」などの雇用調整が広がっていることを伝えていました。不況の波が雇用に及びつつあるという状況に、彼女たちが気付かなかった筈はありません。これをどう理解すればいいのでしょうか。
 実は、20代女性が海外旅行市場の旗手だった90年代初頭から半ばまで、特にバブル崩壊後の94年から96年にかけての状況が、現在にやや似ています。この時期、景気の勢いはバブル期とは比較にならないほど減速し、輸出産業は激しい円高に苦しめられていました(1995年半ばには1ドル90円台を大きく割り込んでいる)。ところが海外旅行は円高に加え格安航空券の利用が一般化するなどの変化でお得感が一気に高まり、旅行者数は毎年10%前後の伸びを見せていたのです。この時も成長力の源泉はレジャー性の需要から来ていました。景気との相対関係でいうと、この時期の海外旅行の成長率は、バブル期をも凌ぐ勢いだったと考えられます。

◆クライシスの下で将来への希望が垣間見えたか!?

 こうしたことを総合して、私は、今後の旅行マーケット動向をうらなう上で、二つの点に着目する必要があると考えます。
 まず一点目は、レジャー性の旅行マーケット、特に女性マーケットは、今般の世界同時不況のもとにあってもそれほど悲観する必要はない、特にマインドは極めてしっかりしているということです。個人消費の「特定の部分」は景気とまるで無関係な風に見える時があるようです。それから、今回の議論は海外旅行マーケットの指標をもとに進めてきましたが、これは国内旅行マーケットにもある程度あてはまるものだと思います。ただ、海外旅行の実質的マーケット規模が2千数百万人程度と見積もられる一方で、レジャー性の国内旅行マーケットはそれを遙かに上回る規模を持ち、マーケットの裾野が広いため、景気の影響をより大きく受けるものと思われます。
 二つ目は、今、起きている変化が、「旅行はお金がかかる」という固定観点を少しずつ覆しながら進んでいるのではないか、ということです。これはまだ全く仮説の域を出ていない論なのですが、このように考えれば、「派遣切り」ニュースが相次ぐ中で韓国ブームが起きた理由が説明できるように思います。昨年(2008年)、JATA・VWC(ビジットワールドキャンペーン)推進室という旅行業の業界団体が実施した20代などの若年層を対象としたウェブ調査で、彼らが海外旅行に行かない理由の筆頭に挙がったのが「海外旅行は高すぎる」ということでした。実際には国内旅行より安い海外ツアーがいくらでもあるのに、世の中には「海外旅行はお金がかかるもの」というステレオタイプなイメージが定着していることが分かります。この春、雇用不安が拡大する中でレジャー性の需要が動き出したのは、韓国などが「もの凄くお得だ」という情報に、この固定観念を打ち砕く力があったからではないでしょうか。そう考えると、このような旅行経験をしたことが、近距離圏における海外旅行のイメージを変え、ひいては停滞続くマーケットを動かす力になるかもしれない、と感じるのです。
 そして、この話もまた海外旅行だけのことではない、と思います。「旅行はお金がかかるもの」という先入観は国内旅行に対しても根強いものがあるはずです。「国内旅行の方が海外より高くつく」と思われたことはないでしょうか?奇しくも、国内ではこの春から高速道路の大幅な割引がスタートしていますが、私はこうした制度変更が、後から長い目で振り返った時の変わり目になっていく可能性がある、と考えています。

 旅行のマインドは決して冷え込んではいません。景況にまどわされず、変化するマーケットを捉える手だてを冷静に考えていくことが、この先、生き残っていくために必要なことだと思います。

 私どもでは皆様が日頃感じている旅行市場への疑問や関心のあるテーマなどについてお便りを募集しておりますので宜しくお願いします。

< 黒須 >