先読み!マーケット 第十八話

2011.03.30

第十八話 大災害がインバウンド市場へもたらす影響

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 3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震、およびそれに伴う原発事故によって、日本の旅行市場には既に深刻な影響が及んでいます。インバウンド市場は、2010年は円高や中国漁船衝突事件の影響などの逆風の中、過去最高の861万2千人を記録、11年に入ってからも1月は前年同月比11.6%増の71万4千人、2月も同2.2%増の68万人(いずれも推計値)と、順調な滑り出しを見せていました。また、春の桜のシーズンは夏期に次ぐピークシーズンでもあり、多くの外国人旅行者で賑わうことが期待されていた矢先、今回の災害が発生しました。
 海外メディアなどの報道によると、4月末までの日本向けのツアーについては、ほとんどが既にキャンセルとなっており、個人旅行者についても旅行を見合わせる状況が続いていると伝えられています。
 いつ、どのように今回の災害からインバウンド市場は回復へ向かうのでしょうか。今回は過去に世界で起こった様々な事件や災害によって各国のインバウンド市場がどのような動きを見せたかを各種の観光統計を用いて振り返ることで、今後の日本のインバウンド市場の回復について考察してまいります。

◇ 過去に起きた事件・災害がインバウンドに与えた影響 ◇

 下記の表では過去に起きた事件や災害がインバウンド市場に与えた影響と発生以前の水準への回復時期を整理して示しています。
 旅行者数の減少率が高かった事例としてはスマトラ島沖地震発生時のプーケット島が挙げられます。プーケット島は津波によりビーチや宿泊施設が壊滅的な被害を受けました。外国人宿泊客到着数を見ると、地震発生翌年の2005年は1年間で62.2%のマイナスを記録していることからも被害の深刻さが窺えます。プーケット島については2006年の統計データがないため、正確な回復時期については不明ですが07年にはある程度回復したものと見られます。
 発生以前の水準まで回復時期が最も長期化したのは01年9月に発生したアメリカ同時多発テロのケースでした。減少率自体は事件発生直後の10-12月期が前年同期比33.3%減と他のケースと比べると比較的小さかったものの、その後のアフガニスタン侵攻、イラク戦争、SARSによるアジアからの旅行者数の減少など事件発生後も様々な要因が旅行者数の回復を妨げ、事件以前の水準に完全に戻るまでには5年半もの月日を要しました。
 03年3月に深刻化したSARSについては、アジア全体に大きな影響を及ぼしましたが、中でも発症者数が多かった香港、台湾、中国への影響が特に顕著でした。香港では4月は対前年同月比80.5%減、5月85.4%減、台湾では4月55.0%減、5月83.5%減、6月76.3%減と、いずれも著しい減少となりました。幸い03年7月に感染指定が全地域で解除され、事態は約4カ月という短期間で沈静化しましたが、それでも旅行者数が被害拡大以前の水準にまで回復するには1年3ヶ月を要しました。

表1
※JNTO、各国・地域政府観光局資料等より作成

◇ 国・エリア別に見た回復のスピード ◇

 過去の事例を見ると、近隣諸国から回復するという特徴がいくつかのケースで共通して見られます。
 図1のグラフは01年アメリカ同時多発テロ発生後の国・エリア別の訪米外客数の推移を示したグラフです。事件発生後、一番早く回復したのは隣接国であるカナダとメキシコでした。一方で遠距離のヨーロッパやアジアは回復にかなりの時間を要しました。アジアの中での例外は韓国で、回復スピードは他のアジア諸国と比べて突出しており、カナダやメキシコとほぼ同じ早さで事件前の水準まで戻しました。
 同様の傾向は05年10月に起こったバリ島爆弾テロ事件発生後の回復期にも見られます(図 2)。近隣のASEAN諸国から回復が進み、他のエリアがそれに続くというパターンが見てとれます。また、ここでも特徴的なのは韓国の回復スピードで、近隣諸国であるASEANを抜いていち早く事件前の水準にまで戻っています。

図1 9.11後の国・エリア別訪米外客数の推移
【01年8月を100とした訪米外客数(12ヶ月移動平均)指数】
図1
OTTI (Office of Travel & Tourism Industries)公表データを元に財団法人日本交通公社作成
図2 バリ島爆弾テロ事件後の国・エリア別訪バリ島外客数の推移
【05年9月を100とした訪バリ島外客数(12ヶ月移動平均)指数】
図2
Bali Tourism Board公表データを元に財団法人日本交通公社作成

◇ 日本のインバウンド市場はいつ回復に向かうのか? ◇

 では、日本のインバウンド市場は今回の災害の影響を受けて今後どの程度減少し、いつから回復の兆しを見せ始めるのでしょうか。ここでは、一例としてSARS拡大により外国人旅行者数が大きく落ち込んだ香港・台湾と同じ割合で旅行者数が減少すると仮定して訪日外客数を試算しました(図1)。
 香港および台湾を訪れた外国人数は03年4-6月期には前年同期比約7~8割減にまで落ち込みました。これを日本市場にそのまま適用した場合、4-6月期の訪日外客数は50~60万人程度まで落ち込む計算になります。同様に12月までの香港・台湾の減少率を用いて11年の訪日外客数を試算すると620~630万人程度となります。
 SARSの場合は03年7月に感染指定が全地域で解除となり、それ以降減少率は鈍化したことから、下半期の旅行者数は前年同期比12.9%の減少にとどまりました。しかし、原発事故の状況が長期化して回復が遅れた場合は、下半期の回復はSARSの場合よりも鈍ることが懸念されます。
 一方で、日本はSARSで被害を受けた台湾や香港と比較すると国土が広く、西日本や北海道は今回の災害の影響は限定的であることから、現在の混乱した状況が一段落すれば、西日本を中心に観光目的の旅行者は徐々に回復することが見込まれます。その場合は、SARS発生時の香港や台湾以上のリカバリーが期待できます。

図3 月別訪日外客数を試算(SARS発生時の香港・台湾への外国人訪問者数の減少率を適用)
図3

7月以降の回復を占う上でポイントを5つほど並べてみました。
 1. 原発事故の状況が一段落する時期
    (解決までの道のりの目処が立つ、放射性物質の飛散が収まる等)
 2. 西日本への旅行者数の回復
 3. 為替の変動(円高基調の反転)
 4. 夏の計画停電の規模、範囲
 5. 近隣諸国および韓国からの旅行者数のリカバリー

 原発事故の状況が早期に沈静化した場合、7月以降旅行者数は徐々に回復が期待できます。しかし夏には現在関東や東北で行われている計画停電の範囲が拡大するとも言われており、ホテルや交通機関への影響を考慮すると早期の回復を見込むのは難しくなります。
 一方で、西日本は先に述べたように今回の災害の影響はほとんど見られません。さらに、先日発表された関西国際空港の夏ダイヤは開港以来過去2番目に多い旅客便数の運航が予定されています(ただし震災発生前の航空各社の計画に基づく数値であるため今後変更の可能性あり)。
 西日本において旅行者が回復する際、最も期待が持てるのは韓国人旅行者です。「訪日外客訪問地調査2009」(JNTO)によると、韓国からの旅行者の訪問地域を見ると、関西(24.5%)、九州(21.9%)と西日本の訪問率が高いという特徴があります。また、先に示したアメリカ同時多発テロやSARSのケースで述べたように、韓国人旅行者は事件や事故発生後、他の国よりも回復力が早いという傾向があることから、今回のケースでもプラスに働くことが期待されます。

図4 訪日外客数国籍別シェア(2010年)
図4
出典:日本政府観光局(JNTO)
図5 地方別の訪問率(2009年)
図5
出典:「JNTO訪日外客訪問地調査2009

 日々状況が変化しており、それに伴い今後の市場の回復は大きく左右されることが予想されます。引き続き今回の震災の影響による市場の変化を注視し、都度この場で情報発信を行ってまいります。

(相澤美穂子・塩谷英生)