Vol.5 福岡式アジア戦略にみる“地の利”の活かし方(福岡県福岡市)

概要

Vol.5 福岡式アジア戦略にみる“地の利”の活かし方(福岡県福岡市)
▲キャナルシティ博多を訪れる中国人旅行者の様 子(2010年11月撮影)。 韓国には及ばないものの、中国からの旅行者も近 年着実に増加しており、2009年、国籍別入国者数 では台湾を抜いて2位となった。

<“東アジアに強い”福岡市>

マスコミ各社の報道にもあるように、東日本大震災と福島第一原子力発電所の放射能漏れ事故は、訪日旅行ツアーのキャンセルや日本への直行便の運休、各国・地域の政府による日本への渡航自粛勧告等の発令という形で、多くの外国人旅行者の足を日本から遠ざけることになりました。

しかし、震災発生から1ヶ月半が経過し、西日本を中心に、徐々にではありますが、訪日旅行ツアーを再開する動きが出始めています。特に九州は、被災地から約1,000キロ離れている上、日本の最重点市場である東アジアの4大市場(韓国、中国、台湾、香港)に比較的近いことから、他地域に先駆けて外国人旅行者が戻ってくることが期待される地域の一つです。

その九州の玄関口である福岡市は、外国人旅行者の大半が東アジアからの旅行者で占められています。2009年、同市の外国人延宿泊客数はおよそ38万人。その66%が東アジア4大市場からの旅行者です。東アジアからの旅行者が戻ってくることが日本のインバウンド復調に大きな役割を果たすとすれば、“東アジアに強い”九州、特にその玄関口である福岡市の存在は非常に重要だと言えそうです。

<“アジアのFUKUOKA”にあれど“日本の福岡”にあらず?!>

韓国人ツアー客

▲博多港に到着した韓国人ツアー客の様子
(2010年6月撮影)。
釜山-博多間を3時間弱で結ぶ高速船やフェリー
が毎日4~9便就航している。金曜日から週末に
かけては特に韓国人旅行者の利用が多い。

東アジアに地理的に近く、国際空港、国際港という窓口を自ら持つ福岡市が、インバウンド推進を図る他の地域に比べて恵まれた条件下にあることは明確な事実です。同市のインバウンドにおける最大の市場は、外国人延宿泊客数の37.5%(2009年)、入国客数の56.6%(同)を占める韓国ですが、福岡から釜山までは海路で3時間、空路で1時間という近さ。こうした環境は、他の都市にはなかなか真似できるものではありません。

ただし、ここで留意すべきは、韓国を含めた東アジア市場への同市の誘客力が、単なる地の利や都市としての規模によるものではないという点です。

実は、福岡市によるアジアとの交流は、1980年代後半にまで遡ります。きっかけは1987年に策定された福岡市のマスタープラン。ここに「アジアとの交流」が市政の核として盛り込まれたことで、1989年のアジア太平洋博覧会の開催など、アジアを意識したまちづくりが展開されました。

こうして“アジアの中の福岡”という認識が広く共有されていることで、福岡市では観光交流に限らず、貿易、ビジネス、スポーツ、文化、学術研究など幅広い分野におけるアジアとの交流が、行政、民間企業、大学、市民など、あらゆる主体によって盛んに行われています。後に紹介するように、官民が連携してアジア市場をターゲットとした外客誘致の取組を推進できるのもこのためです。

インバウンド政策としてではなく、まちづくりのコンセプトとしてあらゆる角度でアジアとの交流を進め、物理的な距離だけでなく、心理的な距離を縮める。福岡市の東アジアへの強さの裏にはこうした戦略があるのです。

<官民タッグでクルーズ船の経済効果を最大化>

クルーズ船

▲博多港に到着したクルーズ船
(写真提供:(株)JTB九州)。
吹奏楽の演奏など、来港時には歓迎イベント等
を行うこともある。

同市の高い戦略性が見て取れる具体的な取組事例として、中国からのクルーズ船の誘致があげられます。

一般的にクルーズの旅行者は寄港地での滞在時間が短く、域内の周遊も望めません。また、日本では豪華なイメージがありますが、中国発のクルーズ船の多くは、旅行形態としては比較的安価な部類。「クルーズを利用する中国人旅行者のメインは中間層で、海外に行ったことのない人も多い(福岡市担当者)」ため、富裕層の旅行者に比べ経済効果も限定的です。ところが、福岡市はこうしたクルーズの特徴を逆手にとって、戦略的に誘致、受入に取組んでいます。

「福岡の場合、午前9時に博多港に来航し、同日の午後6時に出港するまで、乗客の市内滞在は半日で、買物時間もせいぜい2時間から3時間。しかし一方で、1,000人規模の旅行者が定期的、安定的に来訪する上、旅行者の規模、国籍、来訪時期が事前に把握できるため、考え方によっては受入側のメリットも大きいんです」。同市の担当者はそう語ります。

なるほど、福岡市ほどの規模で外国人旅行者の受入環境を恒常的に改善しようとすれば、莫大なコストと長い時間が必要ですが、クルーズのように旅行者の情報が事前に分かれば、期間や場所を絞り込んで受入体制を整えることが可能になります。実際、市内の商業施設では、クルーズ船の来航にあわせて期間限定の「中国人旅行者専用コーナー」がオープンし中国人スタッフが配置されるなど、いわゆる“クルーズ・シフト”が敷かれます。また、行政としても、入港料や岸壁使用料の値下げ、博多港から街中までのシャトルバスの無料化などを通じてクルーズの更なる誘致に取組むほか、滞在時間を少しでも長くするために、出入国の手続等の迅速化にも注力。クルーズという来訪形態の特徴に着目し、そのメリットを最大化するために行政と民間が強力なタッグを組んでいるのです。

特設コーナー1 特設コーナー2

▲商業施設内の中国人旅行者専用の特設コーナー。
通常は仕切り等で目立たないようになっており(左)、
クルーズ来港時のみオープンする。
短い買物時間の中で効率的に買物が楽しめるよう、
焼酎から置物、化粧品までが一つの棚に置かれている(右)

 

位置関係

▲福岡と東アジアの各都市との位置関係
(空路の所要時間と距離)。
視点を変えると、いかに福岡が東アジアに近接
しているかがよく分かる。

<アジアと組んでアジアを攻める!>


九州を中心に東アジア全体を俯瞰すると、福岡と東アジアの各都市の近接性がより明確になります。空路では釜山まではわずか55分、上海も1時間30分です。実際の距離においても、釜山は広島と、ソウルは大阪と、上海は東京とそれぞれほぼ同じ距離に位置しています。

福岡市では、こうした地理的特徴を活かしてアジアとの交流を進める中で、特に釜山との連携を強化しています。

その一環として2008年から始まったのが、「釜山・福岡アジアゲートウェイ2011」。福岡と釜山を一つの観光交流圏と捉え、相互交流と圏外からの誘客拡大に両市が一体となって取組むこのプロジェクトでは、大連、広州、上海など中国市場向けのプロモーション事業も両市共同で実施されています。

「最重点市場の一つである中国からの誘客を考える上で東京や名古屋はライバル。福岡市の置かれた状況では、国内ではなく釜山とタッグを組む方が戦略上、有効だったんです」。福岡市の担当者はこう話します。福岡市にとって釜山は最重点市場である韓国の一大発地。その釜山との近接性を韓国からの誘客拡大ではなく中国からの誘客拡大に結びつける発想は、そう簡単に生まれるものではありません。

東アジアとの近接性や、国際空港、国際港を有しているという恵まれた環境に甘んじることなく、独自の戦略性に基づいてインバウンド推進に取組む福岡市。裏を返せば、インバウンド推進が全国的に取組まれる今日にあっては、訪日外国人旅行者の6割を占める東アジア市場といえども、地の利や都市の規模だけでは十分に誘致できないということかもしれません。インバウンドの推進に取組む地域が全国に拡大し、今後ますます厳しくなる競争環境の中で、地域として、いかに競争力を獲得していくか。福岡市の取組をヒントに、地域特性を“強さ”に変える戦略の重要性について再考してみるのも一つかもしれません。

「釜山・福岡アジアゲートウェイ」のHP
▲釜山日報と西日本新聞による「釜山・福岡アジアゲートウェイ」のHP。
釜山・福岡観光交流圏外からの誘客拡大だけでなく、両市の相互交流拡大による圏内交流の
促進も「釜山・福岡アジアゲートウェイ」の目的の一つとなっており、同HPでは福岡の情報が
韓国語(左)で、釜山の情報が日本語(右)で、それぞれ紹介されている。

(守屋邦彦、石黒侑介 2011.5.18 UP)