Vol.3 インバウンドから地域が学ぶ!~地元を繋ぐ“新しい目”~(群馬県みなかみ町)

概要

Vol.3 インバウンドから地域が学ぶ!~地元を繋ぐ“新しい目”~(群馬県みなかみ町)
▲宝台樹スキー場でスキーを楽しむ北京のインター ナショナル・スクールの子供達。9歳から15歳の 児童・生徒と教員、総勢25名で6日間滞在する予 定とのこと。

<英語が飛び交う平日のゲレンデ>

群馬県みなかみ町水上温泉。北関東でも指折りの温泉地として90年代後半に年間170万人近い宿泊客を集めたこの温泉地も、この20年で宿泊客数を大きく減らし、2009年は全盛期のおよそ半数の約86 万人にまで落ち込みました。また、温泉と共に集客の柱だったスキー客もここ15年で半減。歯止めの効かない旅行者の減少傾向に地元は頭を痛めています。

しかし、そんなみなかみ町に、ここ数年、新しい旅行者の風が吹きつつあります。

2月の平日、同町藤原地区の宝台樹スキー場を訪れると、そこには多くの外国人の子供達の姿。ゲレンデは英語が飛び交うインターナショナルな雰囲気に包まれていました。

実は今、スキーや大型のゴムボートで急流を下るラフティングといったアウトドアスポーツを目的に、みなかみ町を訪れる外国人旅行者が増えているのです。

<1人のニュージーランド人が見出した水上の新しい魅力>

マイク・ハリス氏

▲マイク・ハリス氏。
「勿論ビジネスとして成功さ
せることが重要ですが、地元
地域と利用者の満足、そして
自然環境をサステイナブルな
形で利用することが前提です。」

みなかみ町を訪れる外国人旅行者は年間5,000人弱。増えてきたと言ってもまだまだ規模としては大きくありませんが、世界的な知名度も高くない人口2万2,000人のこの町に、数千人規模の外国人旅行者が訪れているというのは驚くべきことです。

みなかみ町を訪れる外国人旅行者が増えるきっかけを作ったのは、ニュージーランド出身で同町のアウトドアスポーツ会社「キャニオンズ」の代表を務めるマイク・ハリス氏。母国ニュージーランドの高校、大学で日本語を学んだ後に来日し、長野県の白馬スキー場で働いていたハリス氏は、同じニュージーランド出身の知人の紹介で1995年に旧水上町を訪れました。「春の雪解けの利根川はワールドクラス。この激流は必ず資源になる」と確信したハリス氏は、知人とともにラフティング会社を設立。「現在10を超えるラフティング会社も当時は2つしかなかった」という水上を舞台にラフティングの魅力を伝え続け、同町は2007年の世界選手権の開催地最終候補になるなど、「知る人ぞ知る」ラフティングスポットとして国内外に広く知れ渡るまでになりました。

また、ラフティングスポットとしての普及に取り組む一方で「利根川の魅力を生かしながら水量が少ない夏でもスリルを味わえるスポーツは何かを考えた」というハリス氏。クライミング用具を使って身一つで沢を滑り降りるキャニオニングを、水上と同じく大河、急流の多いネパールから持ち込みました(もともとの発祥はフランス)。「とにかく水上の自然をダイナミックに感じて欲しい。だからラフティングも楽しいけど、自分の身体で直接自然を感じられるキャニオニングはもっと面白いですよ」。そう話すハリス氏の地道な取組の結果、「水上=キャニオニング」のイメージも徐々に拡がり始めています。

2002年に独立して「キャニオンズ」を設立したハリス氏。今では宿泊施設を兼ね備えた拠点を町内に構え、アウトドアから宿泊まで水上での滞在を楽しむためのサービスをトータルで提供できるようになりました。現在、キャニオンズの年間の利用者数は約15,000人。その三分の一にあたるおよそ4,500人が外国人です。みなかみ町全体の年間の外国人旅行者5,000人の殆どがキャニオンズを利用している計算になります。

<「絶対地元主義」の経営方針>

そんなキャニオンズが経営方針の柱として掲げるのが、地元地域への貢献です。スキー客や温泉客が減少して元気のない地域をどうやって盛り上げられるのかを考える過程で、ハリス氏は「水上の自然の素晴らしさを地元の人が認識していないこと」、そして「その魅力を旅行者に伝えていくために最も大切な“地元のまとまり”が欠けていること」を認識したと話します。ハリス氏はまず、自らキャニオンズのスタッフとともに地元消防団やゴミ拾いなどの地域のボランティア活動に積極的に参加。アウトドアや観光関連事業者の集まりにも頻繁に顔を出し、地元の仲間づくりに取組むとともに、いかに水上の自然が素晴らしいかを地元の人に訴えました。

みなかみ町の担当者はこう話します。「“外国人”と聞いて最初は遠巻きに見ている地元の人も多かったが、とにかく『水上のため』と言っていろいろな取組に積極的に参加し、気が付けば“地元の人以上に地元のことを考えている人”になっていた。本当に地元の人から慕われて『マイクさん、マイクさん』と言われています」。

キャニオンズは、ハリス氏をはじめスタッフの半数がニュージーランドやオーストラリア、ブラジルなどの国々の出身者で占められており、宿泊からアクティビティまで一貫した英語の受入が可能。そうした特徴を活かすべく、近年はインターナショナル・スクールなど、“アジアの英語圏”の学校によるスキースクールの取込に力を入れていますが、その理由についても「キャニオンズが英語圏マーケットをターゲットにし、スキーの指導も英語で行うことで、地元のインストラクターやアウトドア業者とのバッティングを避けることができるから」と語っていました。

勿論そこには、「水上には富裕層を呼び込める施設はないが教育旅行なら呼び込める」、「経済発展著しいアジア諸国で富裕層が拡大し、多国籍企業が増えればインターナショナル・スクールの数も自然と増える」という経営者としてのハリス氏の確かな“読み”もある訳ですが、域外から参入する事業者と地元が対立することで結果的に地域の魅力が失われる事例が少なくない中で、ハリス氏が自らのビジネスだけでなく地元との共存という視点を持った上で、文字通り地域の内側から住民と共に魅力づくりに取組んでいるというのは非常に興味深い点です。

「“外”から来て、水上の自然を使ってビジネスをする以上、地元との関係以上に大切なことはないんですよ。とにかく私の事業が成功しているのは地元の皆さんのおかげです。」ハリス氏はそう話していました。

インターナショナル・スクールの受入1 インターナショナル・スクールの受入2

▲キャニオンズが力を入れているアジアのインターナショナル・スクールの受入。
みなかみ町を選んだ理由は「とにかく手配から送迎、宿泊、スキー指導まで一貫して英語で対応してくれるキャニオンズがいたから。
それにスキー以外にも子供達を楽しませるイベントや工夫が多く、このとおりみんな大満足よ」とのこと(引率の教員)。

<“プライスバトル”ではなく、質にこだわった持続可能な観光を>

キャニオンズの事務所

▲みなかみ町内のキャニオンズの事務所。
宿泊施設が併設されているほか、ビリヤード
サッカーゲーム、バーベキュースペースなど
利用者を楽しませる工夫が満載。

話を伺う中でハリス氏がとにかく強調していたのが、地元の事業者同士が“プライスバトル”(=値下げ合戦)によって足を引っ張り合うのは絶対に避けるべきであるということです。一人でも多くの利用者を集めようと、「数を追う」観光になれば、質が下がり、利用者の満足度も下がる。キャニオニングもラフティングも、とにかく「質にこだわること」が長期的には地元みなかみ町のためになると訴えます。

ハリス氏は、自ら先導して町内のアウトドア会社同士が水上の自然環境の活用のあり方について定期的に意見交換する場を設け、環境への影響に配慮した適正なキャパシティや利用者の安全基準などに関する話し合いを重ねています。最近は、事業者だけでなく行政も含めた一体的な取組も増えてきました。

「みなかみ町の何が大切なのか。ただ観光客の数を増やすことなのか、それとも自然環境の素晴らしさを保ちながら地元が潤っていくことなのか。アウトドア業者や行政が一緒になって、『みなかみ町のどういった価値観を保つべきなのか』を考えていくことが、持続可能な、サステイナブルな観光に繋がると思います。その価値観の見極めを間違えば、みなかみ町の価値は失われてしまうんです」。

ハリス氏率いるキャニオンズをきっかけに、みなかみ町が文字通り一体となってサステイナブルなインバウンド推進に取組む姿は、インバウンドの受入推進に伴って域外から参入する事業者が増えつつある地域に、多くの示唆を与えてくれるのではないでしょうか。

(守屋邦彦、石黒侑介 2011.3.3 UP)