Vol.8 世界が注目する“徹底的にアート”な島(香川県直島町)

2011.10.20

<世界的な旅行雑誌が「世界で訪れるべき7つの場所」に選んだ島>

橋1 ◆草間彌生「南瓜」の写真を撮影する韓国人旅行者。
「震災や原子力発電所事故のことを心配する友人もいました
が、直島を訪れるのが夢だったので私自身はあまり気にして
いません」とのこと。
 香川県高松市から北上することおよそ13キロ。瀬戸内海に浮かぶ人口わずか3,000人の島が、近年、世界的な注目を集めています。
 島の名前は「直島」。古くは製塩業や海運業、大正時代以降は銅の精錬所を中心に発展しましたが、現在は世界で最も注目されるアートサイトの一つとなりました。面積約8k㎡、周囲約16キロの島内に多数の美術館や芸術作品があり、ここ数年はアートサイトとして芸術や建築の専門誌で取り上げられるばかりでなく、注目の旅先として旅行雑誌でも目にする機会が増えました。
 同島の人気は国内だけにとどまりません。直島を訪れるには、岡山県の宇野港か香川県の高松港からフェリーを利用しなければならず決してアクセスが良いわけではありませんが、それでも直島を訪れる外国人旅行者は「確実に増加している」(直島町観光協会)と言います。日本国内ではあまり知られていませんが、2000年には世界的な旅行雑誌「Conde Nast Traveler」で「世界で訪れるべき7つの場所」に選ばれるなど、世界でも知る人ぞ知る、日本の代表的な旅先となっています。
 直島町観光客等入込数動態調査によれば、2010年の同島の入込客数は、およそ63.7万人。同年7月から10月に開催された瀬戸内国際芸術祭の影響もあり、前年比180%増を記録しましたが、直島町観光協会によれば、その約2~3割が外国人旅行者です。また、(株)ベネッセコーポレーションが運営する宿泊施設「ベネッセハウス」も、同社担当者によればやはり延宿泊者数の15%が外国人。国際都市でも観光地でもない同島が、これほどの外国人旅行者を集めているというのは特筆すべき事です。

<観光地ではなく「Bennese(=よく生きる)」ための場所>

 アートサイトとして国内外から多くの旅行者を引き付ける現在の直島の姿が生まれるきっかけとなったのは、1985年、当時の直島町長であった三宅親連氏と、(株)福武書店(現(株)ベネッセコーポレーション)の創業者、福武哲彦氏の出会いでした。現在は進研ゼミなどの通信教育事業で知られる同社ですが、もともと岡山市で中学生向けの図書や生徒手帳等の発行を行う会社として誕生。偶然、三宅氏の従兄弟が同社に勤務していたという縁から、三宅氏と福武氏の出会いが実現しました。
橋1 ◆直島町観光協会会長の奥田氏。
「ベネッセさん、福武さんが、いかに利益を生み出すかでは
なく、直島をこういう場所にしたいという思いを大切にして
いるから、島民も一緒にやろうと思う。島民の中にはベネッ
セさんや福武さんのファンが沢山いますよ」
背後は、草間彌生「赤かぼちゃ」
「福武哲彦さんの持論は『子供にとって勉強は大切だが、夏休みや週末は無人島のようなところで思いっきり遊ぶこと』であり、直島はそんな福武さんの夢を実現するにはぴったりの場所だったんです」。
 そう語るのは、直島町観光協会会長の奥田氏。同島出身の奥田氏は、アートサイト直島の誕生からこれまでを、文字通り目の当たりにしてきました。
 元々、1960年代に風光明媚な島の南部を開発する構想が持ち上がり、一度は東京のリゾート開発会社が進出。ところが、国立公園内ということもあり大規模な開発ができず、このリゾート開発会社も数年で撤退しました。その後10年近く手つかずになっていたこの土地に注目したのが福武氏だったのです。
 直接会談によって意気投合した三宅町長と福武氏は、直島の南部を教育・文化エリアとして開発することで一致。福武哲彦氏はその直後に急逝してしまいますが、遺志を継いだ息子の福武總一郎氏が、親交のあった建築家安藤忠雄とともに1988年に「直島文化村構想」をスタートさせ、キャンプ場や美術館、ホテルの建設に着手していきました。
 ここで注目すべきは、同社が直島で行っているのは「観光開発」ではない、という点です。同島には、美術館や芸術作品のほか、(株)ベネッセコーポレーションが運営する宿泊施設「ベネッセハウス」がありますが、同社の担当者は「直島は観光地ではない」と明言します。
 「もちろん多くの方に来てもらいたいですが、『誰でもいいからとにかく一人でも多く』とは思っていません。直島に来て、アートを見て、感じて欲しい。ベネッセ(Benesse)はラテン語の造語で“よく生きる”という意味ですが、『年を取るほど幸せになれるような社会、空間を創る』という、まさにベネッセの企業理念を具現化する場所が直島であって、観光地とは違うんです。」
 こうしたコンセプトは、同社だけでなく地元住民の間でもしっかりと共有されています。前出の観光協会会長、奥田氏はにこやかにこう話してくれました。
 「“観光”協会の私が言うのもなんですが、直島は観光地じゃないですし、今後も観光地になりたいとは思っていません。地元の人はみんなそう思ってますよ。」

<「超一流を極める」ことでニッチ層の心をくすぐる>

 「私たちもよく議論するんですが、個人的には『一流のコンテンツにこだわっているから』だと思っています」 毎年、直島を訪れる外国人旅行者が増えている理由を率直に伺ったところ、(株)ベネッセコーポレーションの担当者からはこんな答えが返ってきました。

橋1 ◆カレル・アペル「かえると猫」とベネッセハウスパーク棟
「自然・建築・アートの共生」をコンセプトに、美術館と
ホテルが一体となった施設として、1992年に開館した
「ベネッセハウス」。全て安藤忠雄の設計。敷地内には
様々な作品が展示されている。
 実は同社が「ベネッセアートサイト直島」として展開する美術館やそこに展示されている芸術作品は、どれも超一流の建築家、芸術家のものばかり。「直島文化村構想」の第一弾として1989年にオープンした「直島国際キャンプ場」の監修から地中美術館の設計まで、「ベネッセアートサイト直島」そのものの全体設計を安藤忠雄が行っていることは有名ですが、その他にも、草間彌生、建築家ユニットSANAA、李禹煥など、世界的な建築家、芸術家の作品が島内に点在しているほか、地中美術館にはクロード・モネの睡蓮シリーズが5点恒久設置され、美術館の周囲にはモネの庭園が再現されています。同社の担当者によれば「安藤忠雄やSANAAは韓国で、草間彌生はアメリカで特に人気が高く、実際に直島を訪れる外国人旅行者も、これらの国からの旅行者が突出しています。一つの作品を一日中ずっと眺めている外国人旅行者も目にしますし、日本に行きたい、直島に行きたいというよりは、この人の作品を見たい。そういう感覚なんではないでしょうか。」(同社担当者)
 では、同社はそんな直島の魅力をどのように発信しているのでしょうか。そんな質問をすると予想外の答えが返ってきました。 「そもそも会社の理念を表現したのが直島ですから、会社は事業だと捉えていません。つまり、広告・宣伝費がないんです。評判が評判を呼び、雑誌が雑誌を呼ぶ。20年間の地道な活動が今の成果に繋がっているんです。」
 大々的にプロモーションを行い観光客の取り込みを図るわけではなく、とにかく自らの理念を形にするために超一流のコンテンツを徹底的に揃える。それが、万人受けはしなくとも、国内外の芸術への感度の高い人々の心をくすぐり、結果的に彼らにとって代え難い、魅力的な旅先を生み出しているのです。

<あるものを活かして、ないものを創る>

  では、なぜ(株)ベネッセコーポレーションには、こうした取り組みが可能だったのでしょうか。島外からやってきた同社が、直島を舞台に“ベネッセ”の実現を目指すことができたのには何か理由があるのでしょうか。
 その答えを導き出す上で、大きなヒントとなるエピソードを観光協会長の奥田氏が教えてくれました。
 「ベネッセさんが開発を始めた際、殆どの島民は『岡山の本屋さんが何か始めたな』というくらいにしか見ていなかったんです。その前に進出してきて撤退してしまった会社のように、いつかは出て行くのかなと。ところが、キャンプ場だけでなくて、美術館やホテル、本格的なレストランができて、芸術作品ができて。中には島民が参加して一緒に作る作品もありましたし、これは何か今までとは違うな、と思いました。」
 奥田氏は同社と島民の距離が近づいていくのを感じたと言います。
「何より島民には施設が無料で開放されたんです。みんな現代アートなんて見るのは初めてでしたから、こぞって見に行きましたよ。そして気がついたら、遠巻きに見ていた島民もいつの間にかベネッセさんと同じ輪の中にいました。」
 このように、同社が単に直島というフィールドに現代アートを展開するだけでなく、そこにある住民との融合、協働を目指したのには、福武總一郎氏の方針があると同社の担当者は話します。
 「ベネッセアートサイト直島を展開するにあたっては、『あるものを生かして、ないものを創る』が合言葉でした。島全体が良くならないと“ベネッセ”ではない。だから島民の皆さん、島の自然環境を第一に考え、その上で芸術との融合を志しました。」 同社のこうした方針は、もともと島民の生活圏であった島中部の古民家を活用した「家プロジェクト」や、周囲の景観を損なうことのないように美術館を文字通り地中に埋めた地中美術館の設計にも良く表れています。
 あるものを活かして、ないものをつくる。
 多くの自治体や民間企業が、いかに効果的なプロモーションを行い、訪日外国人旅行者のトレンドを掴むかに注力する今日にあって、超一流の現代アートと島民、自然環境の融合を通じて「“ベネッセ”という精神をいかに形にするか」を徹底的に追求し、それが結果的に多くの外国人旅行者を惹きつけることになった直島の事例は、インバウンド振興に取り組む地域にとって多くの示唆を与えてくれます。

サイクリングマップ

サイクリングマップ
◆家プロジェクトの「角屋」。
築200年の古民家の中に瀬戸内海に見立てられた水面が拡がり、125個のデジタルカウンターが違った速度で点滅している。カウンターのスピードは作家の呼びかけに集まった125人の地元住民がそれぞれ自分で設定。ベネッセアートサイト直島と島民の協働の象徴的作品。
(出所:ベネッセアートサイト直島HP
http://www.benesse-artsite.jp/arthouse/kadoya.html)

(守屋邦彦、石黒侑介 2011.10.20 UP)

 

インバウンド見聞録 バックナンバー