Vol.7 本州と四国を結ぶ スローなインバウンド振興の架け橋(しまなみ海道)

2011.07.08

<外国人旅行者の間に広まる「瀬戸内海=自転車」>

 NHK連続テレビ小説「てっぱん」の舞台としても知られる広島県尾道市。強い日差しが夏の到来を感じさせる7月のとある平日、瀬戸内海に面した同市を訪れると、そこには海沿いを自転車で走る外国人の姿がありました。
イギリス人カップル ◆尾道駅前の港湾駐車場で自転車をレンタルしてい
たイギリス人カップル「自転車で瀬戸内海を巡れる
と聞いて楽しみにしてきたんだ。今日は尾道市内に
宿泊して、明日は広島に行くつもり」。
 「3週間の予定で日本を旅行しているんだけど、今日は海峡を自転車で渡れる場所があると聞いて尾道に来たんだ。天気も良いし、最高だね」
話を聞いたイギリス人カップルは興奮した様子でこう話してくれました。
 レンタサイクルのサービスを行っている尾道駅前の港湾駐車場の係員の方によれば「今日の午前だけで外国人は2組来たよ。台湾の人も多いけど、今日はドイツ人とイギリス人だったかな。最近は外国人のお客さんが本当に増えてきたよ」とのこと。実は今、尾道市と愛媛県今治市を結ぶ「しまなみ海道」への人気が欧米や台湾からの旅行者の間でじわじわと高まりつつあります。

<“粘り”と“口コミ”が世界を惹きつける>

 しまなみ海道は、瀬戸大橋としても知られる瀬戸中央自動車道、神戸淡路鳴門自動車道に続く3本目の本州、四国を結ぶ橋として、1999年5月1日、開通しました。
 その最大の特徴は、何と言っても自転車で渡れるということ。自動車や電車の車窓からではなく、自転車でゆっくりと橋を渡りながら瀬戸内海の絶景を眼下に眺められるということで自転車愛好家の間では名の知れた存在になっている上、世界で唯一、自転車で横断できる海峡ということもあり、ここ数年は、国内だけでなく、国外から利用者も増えつつあります。
 尾道市のデータによれば、2008年に同市を訪れた外国人旅行者数は年間2万5,317人でしたが、2010年には3万7,611人にまで増加。勿論、全ての旅行者がしまなみ海道を自転車で渡っている訳ではありませんが、尾道市の担当者によれば、しまなみ海道を自転車で渡る外国人の数は確実に増えており、それが市全体の外国人旅行者数の増加にも繋がっていると言います。また、四国側の起点である、愛媛県今治市のサイクリングターミナル「サンライズ糸山」では、2010年度の外国人レンタサイクル利用者数が585人を記録。同施設の担当者は「自転車は自分のものを持ち込んで、着替えやシャワー、休憩等で利用する外国人も多いので、しまなみ海道を自転車で渡る外国人の数という意味では、実際はもっと多いと思いますよ」と話してくれました。
 このように、近年外国人旅行者が増加しているしまなみ海道ですが、実は、開通当初こそレンタサイクルだけで年間7万人を超える利用があったものの、その後は年を追うごとに減少傾向が顕著になり、平成17年には3万人を切るなど、数年前までは、外国人はおろか、国内からの旅行者の誘致にも苦慮していました。
 「それがどういう訳か、平成17年を境に再び増加に転じ、いつの間にか国内だけでなく海外からの利用者まで増えてきたんです」
尾道市観光協会の担当者はこう語ります。
 「私たちも確信がある訳ではありませんが、とにかく“粘り”と“口コミ”の成果だと思います。しまなみ海道が開通した際に、開通イベントとしてレンタサイクルを1,000台準備してサイクリングイベントを開催したのですが、その後、どれだけ参加者が減ろうとも、『しまなみ海道=自転車』のイメージ作りのために、諦めずにイベントを開催し続けたんです。それが少しずつ国内の自転車ファンの中で口コミとして拡がり、やがては国外にまで波及した。その成果が見えてきたのがここ数年なんだと考えています」
 観光振興に取り組む上で、自転車という特定のコンテンツへのこだわりは、一方で「自転車に全く興味のない旅行者」の足を遠ざけることにも繋がりかねません。ホテルの稼働率や観光施設の入場者数アップを目指す地域としては、この“絞り込み”は諸刃の刃。そう簡単な決断ではありません。しかし、尾道市や今治市では、「自転車で橋を渡るためにわざわざここまで来てくれる人はそう多くありませんが、逆に言えば、“来てくれる”くらいの自転車愛好家の口コミ力は、同じ自転車愛好家の間で“濃く”響くはず」と考え、「しまなみ海道=自転車」イメージの定着に注力しました。
 「欧米の方も多いですが、最近は特に台湾の方が目立ちます。実は台湾には、生産量世界1の自転車メーカーGiant社がありますし、今、自転車ブームなんだそうです」
サンライズ糸山の担当者はそう話します。
 「中には、しまなみ海道を走りたいと、わざわざ南米から自分の自転車を持って来た人もいましたよ」
 今日では、国際的な観光地でなくとも、外国人旅行者数を目にする機会が増えてきました。しかし「あそこに行ってみたい」とピンポイントで外国人旅行者を誘致できる地域が日本にはいくつあるでしょうか。

<ノウハウの相互交流がハードの魅力を高める>

 しまなみ海道は、同じく本州と四国を結ぶ他の橋との差別化や地域振興への活用といった視点から、比較的早い段階からその構想に自転車歩行者道の併設が盛り込まれました。
 尾道市、今治市で話を伺っていて、とにかく印象深いのが、「自治体間の連携がスムーズにできている」ということ。自治体間の連携では「表向きは上手く連携しているように見えても実態はそれほどではない」こともありますが、両市を含め、しまなみ海道に関わる自治体間からはそういった空気が全く伝わってきません。今治市の担当者は話します。
「もちろん本州と四国という違いもあれば、広島と愛媛という県の違いもある。でも行政だけでなく住民や企業を含め、本当にこの地域は昔から交流レベルが高いんです。だから、西瀬戸自動車道(のちに愛称が公募され『しまなみ海道』に)に自転車歩行者道を併設しようとなった時も、当時は市町村合併前で21市町村も自治体がありましたが、連携はそれほど難しくなかったんです」
 そういった周辺自治体間の密な連携の結果、現在では、尾道-今治間での相互連携レンタサイクルシステムが構築され、利用者はどこでもレンタサイクルを乗り捨てることが可能になっています。
橋1 橋2 ◆しまなみ海道を構成する橋の1つ、来島海峡大橋。
眼下には瀬戸内海の絶景が広がり、自転車愛好者でなくとも、サイクリングの
醍醐味を味わえる。尾道・今治間で全長およそ70kmあるが、レンタサイクル
利用者のおよそ半数が1日で完走するとのこと。
 尾道市の担当者は、こういった自治体間連携の緊密さを物語る興味深いエピソードを教えてくれました。
「もともと、“しまなみ海道”と“自転車”が結びついた背景には、今治市の存在が大きいんです。当時、尾道市にはサイクリング協会がなかったんですが、今治サイクリング協会の会長さんが現日本サイクリング協会の副会長を兼職されていることからも分かるように、今治市は当時の市長以下、サイクリングの推進に積極的だったんです。そこで、ぜひ尾道市もサイクリングに一緒に取り組みましょうということでお声がけいただき、尾道にもサイクリング協会ができたんです」
 今でこそ、市内のホテルや旅館が自転車を部屋まで持ち込めるサービスを開始するなど、市全体で自転車愛好者の受入環境整備に取り組む尾道市ですが、やはり最初からノウハウがあったわけではないようです。
「一方で、尾道市はもともと観光が主要産業として根ざしていた。しまなみ海道に自転車歩行者道を併設するという話が出たときに、今治市からは自転車のノウハウを、尾道市からは観光のノウハウを提供し、互いに連携・協調してやっていきましょう、ということになったんです。いわば、ノウハウの交換ですね」
 しまなみ海道という橋は、文字通り本州と四国の架け橋となっているわけですが、そこには「物理的なつながり」以上の、ソフト面での結びつきがあるようです。ハードを通じてソフト面でも通じ合う。それこそが旅先としてのしまなみ海道の一体感を強め、その魅力をより一層高いものにしている秘訣のようです。

<「しまなみらしさ」=スローなインバウンド>

 少しずつではありますが、着実に外国旅行者の間でも知名度を高めつつあるしまなみ海道。しかし意外なことに、尾道市、今治市の担当者とも「インバウンドに特に力を入れた覚えはない」と話します。
道路上のサイクリングルート表記 ◆道路上のサイクリングルート表記。尾道から今治まで全長
70km超にわたって路面に表記されており、ルートだけでな
く走行距離も一目で分かるようになっている。
「おかげさまでビジット・ジャパン事業などにも参加させていただいていますが、市単独で何か特別なプロモーションを行ったり、どこかの旅行博に出展して積極的にPRしたわけではありません。ただただ、じわじわと外国人が増えてきた。京都や広島じゃなくても、温泉がなくても外国人のお客様は来てくれるんだな。ようやくしまなみ海道の魅力が伝わってきたかな。そういう感じです」 外国人旅行者増加の背景をこう控えめに話す一方で、今治市の担当者は、最後にこう力強く語ってくれました。
「今治にはいろいろな魅力がありますが、何と言っても、この『しまなみ海道』にはこだわりがあるんです。ここにしかない橋、ここにしかない風景、ここでしか味わえない醍醐味。そういったどこにも負けない魅力がある以上、古い町並みや寺社仏閣といった、“いわゆる日本的な”魅力にとらわれる必要はないと思っています。瀬戸内海の最大の魅力である多島美と“自転車”という世界共通の乗り物を組み合わせれば、“日本一の国際観光地”にはなれなくても、“世界一のサイクリングロード”にはなれる。自動車で一瞬で駆け抜けてしまうんじゃなくて、自転車で島々をゆっくり、スローに楽しんでもらう。それこそが『しまなみ海道』の魅力。そういう考え方なんです」
 外国人旅行者の割合は、未だ全利用者の数パーセント。数字の上では、依然として国内からの利用者が圧倒的なのが実情ですが、一方で、しっかりと地に足のついた、スローなインバウンド推進、言い換えれば「しまなみスタイル」のインバウンド推進が着実に実を結びつつあります。来年には、台湾から自転車愛好者のみのチャーター便ツアーの受け入れの話も出ています。
 瀬戸内海に芽生えつつある、スローなインバウンド推進地域、しまなみ海道。今後の展開から目が離せません。

サイクリングマップ
◆サイクリングマップ(英語・中国語(繁体字・簡体字)・韓国語)。外国人利用者の増加に合わせ、
着々と環境整備が進んでいる。

(守屋邦彦、石黒侑介 2011.8.31 UP)

 

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