Vol.10 地域のつながりを生み出す 世界が知る”Snow Monkey”(長野県山ノ内町湯田中渋温泉郷)

2011.12.16

<外国人旅行者、日本の秘境を訪ねる>

 紅葉真っ盛りの10月下旬。長野市から長野電鉄で1時間かけて湯田中温泉駅に降り立つと、そこにはインドネシアからの外国人観光客のグループと、ごく日常のことのように彼らに流ちょうな英語でバスを案内するボランティアガイドの姿がありました。彼らの後を追いかけるように急いで同じバスに乗り15分、さらに山道を歩くこと40分。まさに”秘境”とも言うべきそこに、彼らの目的地がありました。
 その目的地とは地獄谷野猿公苑。猿が温泉に入ることで知られるこの公苑は、海外のインターネットでは”Snow Monkey Mountain”と呼ばれ、近年外国人の人気が高まっています。まだ”Snow Monkey”を見るには早い時期でしたが、この日もわずか数時間の間にバスで一緒だったインドネシアの方々をはじめ、オランダ、香港、インドなど実に多様な国籍の個人観光客が訪れ、猿の間近でカメラを構えたり、猿と一緒に写真を撮ったりして楽しんでいました。
 地獄谷野猿公苑を訪れる外国人観光客数は、2006年は約14,000人、2010年は約25,000人と急激な伸びを見せており、その麓にある湯田中温泉も近年外国人の宿泊客が増加しています。外国人はおろか日本人にとっても行きやすい場所とは言い難いこの地域に、様々な国籍の外国人が多数訪れているという事実。その背景には何があるのでしょうか。

ボランティアガイド
▲慣れた様子で外国人観光客を案内するボラン
ティアガイド(左)。 2010年に山ノ内町観光
連盟が公式のガイド認定証を発行した。
フランスからの観光客
▲猿が好きで野猿公苑に訪れたというフランス
からの観光客。”Snow Monkey”のことは
インターネットで知ったと言う。

<「猿が人間を相手にしない」ことへの徹底的な努力>

 地獄谷野猿公苑長の竹節氏は「外国人観光客を惹き付けるのは、間近で猿の写真を撮ることができることでしょうね」と話します。この魅力が生まれた背景には、野猿公苑による絶え間ない努力がありました。
 そもそも地獄谷野猿公苑のオープンは1960年代半ばまで遡ります。当時は湯田中温泉で田畑の猿害被害が続いており、猿と人間との共生を目指して現在の後楽館*1の付近で猿の餌付けを始めたのがきっかけです。
 また、地獄谷野猿公苑は開苑以来“猿と人間の共生”を目指しており、全国に数ある野猿公苑は、観光客による餌付けを売りにし、餌の販売で収益を確保していますが、観光客が餌付けをすると猿が観光客を襲うようになってしまうため、地獄谷野猿公苑では観光客が猿に餌付けをすることはできません。
韓国人研修参加者 ▲猿の間近で写真撮影を楽しむ香港からの観光客。
猿からわずか1mの距離でも写真を撮ることができ
るのが最大の魅力。
 地獄谷野猿公苑では、猿への餌付けを定時に職員が行うのみとすることで、この習慣を猿に植え付け、猿にとって観光客は餌をくれないが、危害もくわえない、すなわち「相手にする意味のないもの」と意識させています。こうした野猿公苑の開苑当初からの「猿と人間の共生を観光客に見せること」を徹底してきた結果が、日本のみならず海外からも猿を見に来るお客さんを呼ぶ秘訣「間近で猿の写真を撮ることができること」を作り出したのです。
 これが外国人観光客に知れ渡ったのは、まさにこの秘訣を活かした2枚の写真がきっかけでした。2005年に冬の野猿公苑の猿を撮った写真家の福田幸弘氏がイギリスのBBCの「Wild life photography 2005 動物部門入賞」を受賞、翌年には、野猿公苑の職員である萩原敏夫氏がアメリカの「米国ネイチャーズ・ベスト国際写真コンクール」で受賞します。2年連続で国際的に権威ある写真コンテストで野猿公苑の猿の写真が受賞したことで、海外での注目が高まります。そして、この2枚の写真が共に冬の猿だったことから、2007年頃から欧米を中心に、特に冬期に外国人観光客が多く訪れるようになりました。当時は、オーストラリアから白馬へのスキー客が増加していた頃で、白馬から地獄谷野猿公苑に立ち寄る外国人も多くいたことから、野猿公苑を訪れる外国人の個人観光客の数が急に増加し始めたのです。

<インターネット宿泊予約サイトで「地域の」登録旅館数を増やす>

 こうした突出した魅力を持つ地獄谷野猿公苑ですが、地域としては近くに宿泊環境が整っていないと、外国人旅行者はただ通り過ぎていくだけです。そこで、野猿公苑の麓にある湯田中温泉では中小旅館を中心にインターネットを活用して外国人旅行者の宿泊を徐々に拡大してきました。
 「Snow Monkeyに行くためには白馬に宿泊するのが良い、と考える外国人旅行者の方もまだまだ多いんですよ」とインバウンド受け入れに積極的な旅館の一つである清風荘の大関氏は言います。これは、湯田中温泉の外資のインターネット宿泊予約サイトへの旅館登録数が白馬に比べて圧倒的に少なく、「湯田中には泊まる所が無いんだ」と思われてしまうことが大きな要因でした。そこで大関氏は、比較的登録が容易な宿泊予約サイトへの登録を他の旅館にも勧め、その結果、湯田中温泉の旅館登録数は現在までに白馬と同等の16程度にまで増加しました。
 「地域がインバウンドを進めるためには、1つの旅館のみが努力しても難しい。特にインターネット宿泊予約サイトでは地域の旅館登録数が少ないと話にならないんですよ」と大関氏は言います。他旅館にインターネット宿泊予約サイトへの登録を勧めるのは、一見すると同地域内に競合相手を作ってしまうように感じられますが、こうした「地域一体」の取り組みが宿泊者数を増やす秘訣のようです。

<「旅の目的を叶える」ことで外国人の満足度ランキング全国第2位!>

 「大規模な旅館は海外のエージェントへの営業力があるため、海外から団体客の誘致をすることができます。しかし、我々のような中小規模の旅館はそのような営業力はない。だからこそ外国人の個人旅行者がターゲットになりますし、そういった個人旅行者が発信する口コミが最大の営業ツールになるんですよ」と島屋旅館の湯本氏は言います、
 いち早く外資のインターネット宿泊予約サイトの活用を始めた島屋旅館は、2009年に世界最大級の旅行口コミサイトであるトリップアドバイザーの「外国人観光客に支持される日本の宿」で、東京や京都、大阪の数多くの有名ホテルを抑え堂々の第2位にランクインしました。

表 外国人観光客に支持される日本の宿(2009年)
表
(出典:トリップアドバイザー*2

 島屋旅館が外国人から非常に高い満足度を得ているのは、その独特なサービスにあります。
 「外国人旅行者は自分の訪れたい場所を廻ることを大きな目的としているんですよ」とは島屋旅館代表の湯本氏の、日本人旅行者とは異なる外国人旅行者の旅行スタイルの捉え方。そこで湯本氏は、日本での旅行の時間が限られている外国人旅行者に、その目的を達成できるような“情報を提供”することに力を入れています。具体的には、彼らの旅の目的である“行きたい場所にきちんと着くこと”が達成できるよう、宿泊する外国人旅行者には必ず翌朝の出発時間や日本での旅行行程を聞き、旅行の具体的なアドバイスをしています。
 「それならこうした方がもっと良いよ」と、時には彼らのプランを変更してしまうこともあるようで、それを湯本氏は「押しつけ」と表現していますが、そうした気持ちが外国人旅行者にとっては非常に好評を得ているようです。
 島屋旅館には日本人の旅行者にとっては当たり前である、荷物を部屋まで運ぶサービスは一切ありませんし、豪華な食事を食べられるわけではありません。しかし、「うちに宿泊する外国人旅行者の皆さんはそういったサービスは求めていないですよ」と湯本氏は言います。一方、トリップアドバイザーに寄せられたコメントには、「Snow Monkeyを見るためにこの宿に泊まったが、ご主人に会えたことが良かった」などのコメントが多く、“外国人旅行者の旅行スタイル”にあった対応が彼らの満足度を高めていることが伺えます。今では、こうした同旅館のおもてなしが他の旅館に導入されている部分もあり、先行して外国人旅行者の心を掴んだ島屋旅館の存在が他の旅館にも良い影響を与えているようです。

パソコンを完備
▲島屋旅館では、宿泊客が自由にインターネット
を使えるようパソコンを完備したほか、
部屋では無料のWi-Fi環境も整えた。
外国人観光客を受け入れるために行った整備は
インターネット環境のみだという。
島屋旅館のロビー
▲島屋旅館のロビーには各国からの宿泊者が
持ってきたお土産が飾られている。
特にオー ストラリアからと思われる
コアラの人形が多い。

<「点」で引きつけた外国人旅行者を「面」で受けとめる>

 猿と人間の共生を目指して、“間近で猿の写真を撮ることができる”ことを維持するための徹底的な努力を続ける地獄谷野猿公苑という魅力の高い“点”の存在もさることながら、外国人の個人旅行者の訪問を増やす方法として有効なインターネット宿泊予約サイトで、地域の宿泊施設の登録数を増やしたり、外国人旅行者の“旅の目的”を達成してもらうために必要なおもてなしを皆が行ったりするなど、地域が一丸となって外国人旅行者の受け入れを図る湯田中温泉の例からは、“点”で引き付けた外国人をしっかり“面”、すなわち地域で受けとめる方法の一つの答えを見出すことができます。
 こうした地獄谷野猿公苑と湯田中温泉の例は、ある魅力の高い観光資源を訪れる外国人旅行者は多いものの宿泊せずに通過してしまう、という悩みを抱える地域はもちろんのこと、そうした観光資源を使ってどうしたら外国人旅行者がもっと多く訪れてくれるようになるのだろうかと苦心している地域にとっても、おおいに参考になるのではないでしょうか。


*1 現在の野猿公苑から少し山を降りたところにある民宿
*2 トリップアドバイザーとは、ユーザーによる口コミや旅行情報を集約させた旅行サイトのこと

(守屋邦彦、西川亮 2011.12.10 UP)

 

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