観光地づくりオーラルヒストリー<第1回>三田 育雄氏
5.これからの「観光」・「観光地づくり」・「観光計画」への提言

概要

観光地づくりオーラルヒストリー<第1回>三田 育雄氏<br />5.これからの「観光」・「観光地づくり」・「観光計画」への提言
<写真>地域の子供たちと案内板づくり(山形県八幡町)

-元(株)ラック計画研究所 代表取締役社長 三田 育雄氏

1939(昭和14)年東京生まれ。造園学をベースに実践から学術の領域まで幅広く活躍。造園から観光計画、そして地域計画へ。

(1) 「よい観光地」とは

●「暮らし」と一体化した観光地

ひと言で言えば、地域に根差している観光地ですね。地域の人々の暮らしや生業と一体化している観光地が非常に良い観光地だと思います。

その反対の例の一つがバリのヌサドゥア・ビーチリゾートだと思います。2カ所ゲートがあって、あとは全部フェンスで仕切ってあるので近所の子どもが入ってきたりできないわけです。理想のリゾートと言われながら、全く租界地になっている。途上国にはそういう租界型が多いのではないでしょうか。外国人が来るところはここ、地元の貧しい人はこっちという形で。

地域の成熟度と望ましい観光地はオーバーラップする部分があり、ヨーロッパへ行くと暮らしの場も観光する場も全部一緒じゃないですか。僕自身はああいう形が良いなと思っているのです。一般の人が、「観光地らしくなくて良いね」とか、「観光地らしくていやだね」という言い方と通じているのじゃないかな。

そういう意味でヌサドゥアは反面教師でしょうね。それに対して、フランスのエクス・アン・プロバンス、イギリスのコッツウォルズなどは僕は好きなところですね。あまり観光地、観光地しておらず、地域の生業や暮らしと密接な関係にあるところですね。旅慣れた人たちはそういうところを求めているのではないかと思います。

日本では、由布院の湯の坪街道などはひと昔前の観光地でしょうね。清里は今は見る影もないですね。これからますます人々の旅の経験が豊かになってくるので、そういう人たちにきちんと対応しないといけない。彼らは観光地らしくない観光地を求めていると思います。

●持続可能な観光地

今、非常に観光地の消長が激しいですね。かつてすごく隆盛を誇っていたところがどんどん下火になっている。水上温泉や斑尾高原もそうだし、聖高原は教科書的なモデル開発地域でしたが、今は見る影もありません。一時よくてもやがて淘汰されるのを目の当たりにしているので、持続可能というのは非常に大事な要素じゃないかと思います。

水上は、ずっと団体客に照準を合わせていて、個人旅行に対してのアメニティをいかに高めることを全然やってなかったですね。聖高原の別荘は、借地権分譲で昔は定常的な収入を確保する手法として非常に評価されました。ところがこれが足かせになって、更新期を迎えても、世帯交代すると子どもが更新しないと言い出すのです。俺の時代はもう別荘なんかいらないよといえばそれでおしまいになってしまうと、別荘収入はゼロになり、家屋は廃屋になってしまいます。後続性ということは大きな要素かなと。難しいですけどね。

もう一つ持続可能という点で私が問題提起しているのは歴史的町並みです。妻籠、馬籠は今かなり厳しいです。ここも世帯交代が起きていて、息子はやらないといった場合、売らない、貸さない、壊さないという「三ない原則」は、かつては非常に機能したが、今では逆に足かせになって、外のマンパワー発掘や活用に対して門戸を閉ざしてしまっているわけです。新陳代謝ができないですね。妻籠は一時、交流人口100万人ぐらいだったのが、今では50万人ぐらいじゃないですか。

それに対して、隣の奈良井は景観を壊さなければ外部の人でも良いよというスタンスなので、外から人が少しずつ入ってきています。妻籠は同じような店が多くてお客さんも少ないけど、奈良井は古着を再生して自分で売ったりする工房などあって、むしろ活性化していますね。

ワインもかつては北海道池田町が有名だったけど、今はいろんなところで作っていて、池田町たる必然性があまりなくなって、むしろ今は長野のサンクゼールなどのほうがよほど元気です。

サンクゼールは斑尾で夫婦がペンションをやっていて、片手間でジャムを作っていたのですが、独立して飯綱町に会社を作りました。今では、会社こそ小さいですが、全国的な規模でジャムとか農産物、ワインとかを流通させています。小さくて非常にローカリティがあり、全国的な展開をしている店が出てきているのです。本社はワイン畑の中にあって、しゃれたレストランなども付帯し、ちょっと日本離れしていて、なかなか素晴らしいですよ。

(2) どうすれば「よい観光地」が出来るか

●外部パワーの活用

地域が主体的に取り組むのはもちろんですが、やはり外部のパワーを適切に使うこと、「三ない主義」を反面教師とすることですね。川場村は後発だったために村内のマンパワーが弱く、外のマンパワーを活かしたことが逆にプラスになりました。地方ってそんなにいろいろな情報やマンパワーがない場合が多いので、全て地域主義や自立自走を考えてもプラスにならないと思います。

●PDCAの重要性

もう一つは長期間に渡ってPDCAサイクルを行い、計画をチェックし、見直しを行うことが肝要です。

川場村の経験から、とにかく取り組みながら見直して、また軌道修正をしてという繰り返しが非常に大事だと思いました。一気にものを作ってしまうのではなく、見直しながらやることが最初の至らないところを適確に軌道修正する唯一の方法じゃないかなと思っています。最初に、全て見通すのは不可能ですから。

例えば、最近あちこちにできている農産物の直売所なども、普通の行政だと予算つけて最初からしっかり作ってしまうけれども、最初はテントや軽トラ市でいろいろ実験的にやって見通しをつけてから本格的に取り組むとか、方法はいくらでもあると思います。既存の施設を使って実験的にやりながら確信を得るというやり方をもっと考えても良いのかなと思いますね。その辺のマネジメントができるようになると、計画の実現という面で非常に大きなプラスになる。立派な計画、完全な計画を作ろうなんてゆめゆめ思わない方が良いと思います。

●完璧な「計画」をつくるのは至難である

完璧に見える計画をつくって満足してしまうところにひとつの落とし穴があります。「計画は完璧じゃない」ということを織り込み済みの上で、ことの進み方を見守りながら、見直し、軌道修正することが肝要です。 行政の仕事では、しばしば、「その根拠は?」と聞かれ、根拠を出すと相手も安心するが、でもそれはとりあえずの気休めにしかならず、何の保証にもならないですね。実際の運用上でフレキシブルでないと、根拠だけを並べてもだめだと思いますよ。

●実践経験を積むこと

今の観光コンサルタントは玉石混交だと思います。観光は自己体験の世界だから誰でもいろいろなことを言いやすいのです。しかも、一口に観光といっても様々な専門領域があって、頼むほうはそれがわからないので、とんでもない人にとんでもない案件を依頼するケースも少なくない。だからコンサルタントを選ぶためのコンサルタントがいるのではないかなと思います。

ともかく、よい観光地をつくるためにはよい実践経験のあるプランナーが必要です。僕のいた長野大学の社会福祉学部では、教員の大部分が福祉の現場に入ったり、また大学に戻ったりしているのですが、観光もそういう現場との往復ができるともっといいのかなと思います。

普通は、一度コンサルタントになってしまうと、現場に戻る事はないじゃないですか。それがある意味では大きなアキレス腱かもしれない。以前、林清*8さんが北海道のスキー場に勤めたように、現場を一度体験してまた戻ってくるとずいぶん成長するのかなと。そうすると、より成長したプランナーが育つと思います。

例えば教員の場合でも、今の時代は、卒業してからずっと大学の教員でいる人よりも外から来た人のほうがよっぽど先取的で、地域貢献できる力を持っているケースが多いようです。行政では県と市町村などの間ではよくやっているのだから、我々の分野でもやろうと思えばできますよね。

<写真>長野大学時代のゼミにて

<写真>長野大学時代のゼミにて

●賢く地域資源を活用すること

あとは、地域の資源を賢く活用すること、時間をかけて息長く取り組みを続けることも必要ですよね。

一時だけしか効果を発揮しないのではなく、サステイナブルな活用が必要というのは当たり前の話ですが、今まではずいぶん失敗しています。川場村の存在する群馬県北部の先進的だと言われていたところの多くが落ち込み、景観や環境を損ねている例があちこちで見られます。

その点、小布施はすごく賢明だと思います。町の真ん中まで貸切バスが入ってくるのはどうかと思うけれども、それを除けば、ずいぶん先々と投資して、町並み整備、産業育成(六次産業化)をしっかりやってきています。こうした取り組み方は後で、必ず開花すると思いますね。

<写真>地域の子供たちと案内板づくり(山形県八幡町)

<写真>地域の子供たちと案内板づくり(山形県八幡町)

(3) これから「観光計画」が果たすべき役割は何か

●地域ビジネスをどう立ち上げて行くか

農商工連携とか、六次産業化とか最近いろいろ言われているけれど、農業、商工業などの他産業と連動した地域ビジネスが成立する観光地づくりが必要だと思います。「観光開発をやっても儲かるのは酒屋と旅館だけ」と以前はよく批判を受けたけれど、それじゃやっぱりだめです。

今地方の人口減少とか地方の経済が停滞している中で、地方の商業はジリ貧です。そういう中で唯一の活路は観光者、地域の商圏外の購買力をいかに上乗せできるかが発展の大きな鍵になっていて、そういう視野で見ると単に観光消費を上げるというだけでなく、地域のビジネスをどうやって構築するかというもう一歩根本的な所から発想して行く必要があるだろうと思います。

それにたくさん人が来てくれ、評価してもらうということは地域の住民にとって誇りになります。川場の人たちもたくさんの人が来て「良いところだ」と言ってくれることが彼らの意識を変えていったのです。中だけで良いの悪いのと言っていても発展性がないけれど、外部評価は地域を大きく変えると思います。

●プランナーの役割

繰り返しになりますが、これからの観光計画についてのアドバイスとしてはともかくプランナー自体がまず腹を据えてかからないといけない。逃げ腰で関わっていてはいけないと思います。どこまで踏み込めるかは、いろいろ条件があると思うけど、心中するぐらいでやらないとやっぱり本物にならないと思う。

とは言え、ただ気持ちだけ高ぶっていてもだめで、さっき言った現場へ出るというのも含めて、公私を超えて現場体験をすることが大事です。自己を高めるためには多様な体験が必要です。僕は勤めを転々とした人間ですが、非常にマイナスが多い半面、ある意味では財産になっていると思います。プランナーというのは頭脳明晰だけではだめで、職場経験や旅行体験、いろいろな面で豊かな経験を重ねていかないと、部屋の中で一生懸命考えているだけではだめだと思う。日々自己研鑽だと思いますね。

現在、私の関心は観光地計画というよりも、むしろ地域計画のほうへ移っています。その中に観光も入っているという感じですね。目的としての観光ではなくて、手段としての観光という形で、たとえば地場産業が農業なら、その活性化のために観光をどうからませるかなど、そういうことに興味が移っています。

小布施や川場の例を見ていると、農業と観光の結びつきが強くなって地域の経済を変えているような状況が出てきていて、観光が六次産業化の上で大きな役割を果たすようになっています。ですから、プランナーは単に集客や消費の促進に腐心するだけでなく、地域の経済の質や形を変えて行く問題にも取り組んで行くことが求められているので、地域の中の多様な領域での体験や学習が必要だと思います。

<写真>東北芸術工科大学での最終講義

<写真>東北芸術工科大学での最終講義

<注>

*8:林 清氏-元財団法人日本交通公社常務理事

2013年10月18日

会場:日本交通公社ライブラリー会議室

取材者:公益財団法人日本交通公社観光政策研究部

堀木美告、後藤健太郎、梅川智也

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