Vol.2 世界遺産を知らない外国人が“ヒロシマ”を訪れる理由(広島県広島市・廿日市(はつかいち)市

2011.02.17

<“ヒロシマ”は知ってるけど“世界遺産”は知らない?!>

厳島神社を訪れるフランス人旅行者 ▲厳島神社を訪れるフランス人旅行者。
廿日市市のプロモーションの成果もあり、フランス
人旅行者の姿が目立つ
 昨年11月、日本三景の一つ、安芸の宮島を訪れた際、あることに気がつきました。
 海にそびえる朱の鳥居で知られる宮島の顔、厳島神社が世界遺産に登録されているのは周知の事実。にもかかわらず、ここを訪れている外国人旅行者の多くが、それを知らないのです。「厳島神社や原爆ドームが世界遺産だとは知らなかったけど、ヒロシマは世界的に有名。被爆地としての歴史を考えれば、世界遺産があろうとなかろうと、多くの外国人が訪れたいと思うはずだよ」。境内で出会ったデンマーク人男性はそう話します。「それにきっと僕らのグループの中には世界遺産が何かということすら知らない人だっているよ」。
 世界遺産への登録を一流の観光資源であることの“お墨付き”として捉え、「世界遺産=一度は訪れてみたい場所」と考える旅行者が少なくない日本とは異なる感覚です。
 2009年、厳島神社のある宮島を訪れた外国人旅行者は約11万人。その半数を欧米からの旅行者が占め、国籍別ではフランスが最多の1万8,000人、以下、アメリカ1万4,000人、イギリス1万人と続きます。また、広島市の原爆ドームも、隣接する平和記念資料館の外国人入館者数が年間約16万人であることを考えれば、厳島神社と同等かそれ以上の外国人旅行者を集めていると推定されます。
 では、広島がこれほどまでに外国人旅行者を惹きつけるのはなぜでしょうか。

<“攻め”の外国人登用で外国人旅行者を惹きつける!>

アンソニー・オズモンド氏 ▲アンソニー・オズモンド氏。
パンフレットやHPの多言語化
のほか、フランス、モン・サン
=ミシェルとの各種調整等も
担当する。

 世界遺産への関心が低い外国人旅行者が宮島や原爆ドームを訪れる理由について、廿日市市の観光プロモーション担当、アンソニー・オズモンド氏はこう話します。「外国人旅行者にとっては、世界遺産であるか否かよりも、広島の歴史、厳島神社の世界観、原爆ドームが持つ恒久平和というメッセージの方がより重要なんです。そういったものを感じたい、自らの目で見たいから、広島を訪れるんです」。
 なるほど、確かに欧米人旅行者が多用するLonely Planetには被爆地ヒロシマや厳島神社の歴史についての記載はありますが、「世界遺産」の表記は見あたりません。
 前出のアンソニー・オズモンド氏、廿日市市が海外向けプロモーション事業を委託した広島YMCAから派遣され、同市の専属スタッフとして主にプロモーション事業の企画等にあたっています。
 フランスとチリにルーツを持ち、英語、フランス語、スペイン語がネイティブ。勿論、日本語も堪能です。  インバウンドを推進する際の外国人人材の活用と言えば、観光案内所や宿泊施設等での外国人スタッフの登用がまず思い浮かびますが、これは外国人旅行者が「到着してから」の話。そもそも外国人旅行者を惹きつけるためには、オズモンド氏が言う「広島の歴史、厳島神社の世界観、原爆ドームが持つ恒久平和というメッセージ」の魅力を旅行者に届けなければなりません。
 ここで留意すべきはその届け方。外国のTV番組やCMの演出にどことなく“外国らしさ”を感じることからも分かるように、国や文化が異なれば、人が面白いと感じるツボも異なります。HPを通じてフランス人に地域の魅力を届けるには、単に日本語をフランス語に翻訳するのではなく、フランス人のツボを抑えたHPにすることが必要不可欠です。オズモンド氏は、「日本の観光地のパンフレットやHPは外国人のツボを抑えていないものが多い」と言います。
 例えば宮島のパンフレット。以前は、宮島の見どころを全て紹介しようとするあまり説明文が多く、“読み物”になってしまっていましたが、オズモンド氏の指摘を受けて、宮島のイメージが浮かび易い、シンプルなデザインに変更しました。「今はインターネットが普及しているし、小さなパンフレットで宮島の全てを伝える必要はありません。旅行者に『興味を持たせる』ためのアウトラインだけを提供してあげれば、後は彼ら自身が自分の興味に従ってgoogleで調べますよ」。
 外国人旅行者の受入対応策という待ちの外国人登用ではなく、地域の魅力発信に文字通り“外国人の視点”を取り入れる、“攻め”の外国人登用術。これも広島が外国人旅行者を魅了する一つの理由かもしれません。

以前のパンフレット 新しいパンフレット
▲以前のパンフレット。表紙には宮島の全景と“World Cultural Heritage”(=世界遺産)、
“One of Japan’s Three Most Scenic Spots”(=日本三景)の文字。中身も説明文が多い。
▲新しいパンフレット。表紙には鳥居が全面に配され、漢字の「宮島」が目を引く。
紹介する見どころを絞り込むなど、中身にも工夫が見られる。

<旅行者の心理的距離を縮める“超”広域連携>

厳島神社を訪れるフランス人旅行者 ▲モン・サン=ミシェルとの連携のきっかけとなった
 日仏交流150周年記念ポスター。海に浮かぶモン・
 サン=ミシェルと宮島の幻想的な雰囲気が印象的な
 デザイン。キャッチコピーは、「(モン・サン=
 ミシェルは)行った!(宮島には)行った?」
 (フランスの日本情報フリーペーパー
 『JIPANGO』2008年秋号より)
 被爆地ヒロシマとして世界的に知られる広島。しかし、いくら高い知名度を有しているとは言っても、ゴールデンルートから外れている広島にとって、関西以西に旅行者の足を伸ばさせることは至難の業です。そこで、広島市、廿日市市の両市が取組んでいるのが、 “超”広域連携戦略です。
 インバウンド推進における広域連携の重要性は高山市の事例でも指摘しましたが、同じような特徴を持つ地域同士が比較的狭いエリアで連携する高山市の例とは異なり、広島市と廿日市市が取組むのは、異なる特徴を持つ地域が“超”広域で連携することで新しい周遊ルートを作り出すものです。
 殆どの欧米系旅行者にとって、日本は滅多に訪れることのできない国。限られた滞在日数の中で、日本の様々な魅力を味わいたいと考えています。そんな彼らにとっては「日本国内の移動距離はそれ程重要ではない」(広島市担当者)のです。訪日外国人旅行者にとって京都は日本旅行のまさに定番。その京都から「被爆地として知られるヒロシマに1時間半で行けると聞くと、訪問を希望する旅行者は多い」(広島市担当者)ということで、京都と連携してPRしようという狙いです。
 さらに、廿日市市では、宮島を訪れるフランス人旅行者の割合の高さに着目し、モン・サン=ミシェルとの連携も進めています。捉え方によっては、これも“超”広域連携の一つ。フランス人が抱く日本や広島に対する心理的な距離感を縮める戦略として、フランスとの連携に取組んでいるのです。
 超広域連携のような、旅行者に「広島にちょっと行ってみようかな」と思わせる仕掛けも、外国人旅行者が広島に足を運ぶのに一役買っているのではないでしょうか。

<旅先としての価値は「世界遺産」という“看板”にあらず>

 年間10万人以上の外国人旅行者を惹きつける広島。様々な外客誘致策を他地域に先んじて積極的、戦略的に取組んできた広島市の担当者はこう話します。「勿論インバウンドには力を入れていますが、広島市としての最優先政策は、あくまで平和の発信。外国人旅行者の誘致が本来の目的ではなく、広島を訪れてもらうことで平和の大切さを世界に発信することを目的に据えて、外客誘致に取組んでいます」。やや逆説的な表現ですが、ここまで言い切ってしまう広島市の姿勢に、広島の強さを感じます。
 勿論、世界遺産への登録や被爆地ヒロシマとしての知名度が、外国人旅行者の誘客に全く意味をなさないという訳ではありません。しかし、ここで注目すべきは、両市が「世界遺産」という“看板”のネームバリューにおごることなく、「広島で何を感じて欲しいのか」という視点で、オズモンド氏が“世界観”や“メッセージ”と表現するような、地域の“本質的な魅力”の発信に取組んでいる点です。
 そんな両市も、国を挙げたアジア市場の取込みの流れを受けて、いよいよアジア市場からの誘客にも取組み始めました。“超”広域連携や外国人人材の活用など、様々な取組を仕掛けてきた両市が次に打つ一手とは。新しい一歩を歩み始めた広島の今後の動向にますます注目です。

(守屋邦彦、石黒侑介 2011.2.18 UP)

 

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