Vol.4 緻密な戦略と“質”へのこだわりで勝機をつかむ!(岩手県八幡平市安比(あっぴ)高原)

2011.03.18

※今回取り上げる岩手県八幡平市を含む東北地方及び関東地方の広い範囲では、先の震災により甚大な被害が発生しました。被災された皆様に対しまして、心よりお見舞い申し上げますとともに、一日も早い復興をお祈り申し上げます。(本稿執筆に係る現地視察、ヒアリング等は東北地方太平洋沖地震発生以前に行いました)

<オーストラリア人が前年比12倍増!>

安比高原スキー場 ▲安比高原スキー場でスキーを楽しむオーストラ
リア人スキーヤー。「リフトに並ぶ人の列も比較
的短く、気温もそれほど寒くない中で、上質なパ
ウダースノーを満喫できる」と評判も上々。

 日本を訪れる外国人旅行者の周遊ルートといえば、東京、京都、大阪を巡るゴールデンルートが一般的。岐阜県高山市の事例で取り上げたように、中には新しいルートを開拓する動きもありますが、一部の例外を除けば、外国人旅行者による訪日旅行の中心は、依然としてゴールデンルートのようです。
 そうなると、ゴールデンルートにない地域の外客誘致の最大のテーマは、「いかにゴールデンルートから“脱線”させて、引っ張り込むか」ということになります。温泉や桜など、多くの観光資源を有する東北地方も、そうした地域の一つ。日本人にとってはメジャーな旅先ですが、「初めて日本を訪れる外国人旅行者が『行ってみよう』とはまず思わない」(東北観光推進機構担当者)ため、これまで外客誘致に苦心してきました。
 ところが、ここ数年、広域観光推進団体である東北観光推進機構や地域によるスキーをてこにした取組が、少しずつ実を結び始めています。
 岩手県八幡平市の安比高原スキー場では、昨年度僅か67名だったオーストラリアからの旅行者が今年度は826名(2月16日現在の宿泊者及び宿泊予約者数)とおよそ12倍にまで増加。軽くて湿気の少ないパウダースノーを楽しめるとあってオーストラリア人スキーヤーの評判も上々で、今後の増加に期待が寄せられています。

<旅行者のニーズを見極める“セカンド・ランナー”戦略>

 安比高原スキー場を経営する(株)岩手ホテルアンドリゾートがオーストラリアからの誘客に本格的に力を入れ始めたのは2008年。オーストラリアで開催されたスキー旅行博への出展がきっかけでした。
 ところが、当時はオーストラリア人スキーヤー誘致の“はしり”、ニセコの全盛期。「時差が少なく、雪質の良い日本のスキー場で夏にスキーを楽しむ」というレクリエーションのスタイルが同国で急激に拡大した時期でした。当然、ニセコの活況が話題になると日本国内でも同国からの誘客競争が激化。北海道の富良野や長野県の白馬、志賀高原、野沢温泉などが次々と参入してきました。
 しかし、こうした厳しい競争環境にあって、安比高原はあえて当時絶頂期にあったニセコや白馬とは張り合わずに、「ニセコや白馬に行ったことがある旅行者が2回目、3回目に日本を訪れる際の旅先として安比高原を売りこむ」(同社担当者)戦略を採用。オーストラリアのスキー客という新規市場を最前線で開拓するのではなく、ニセコや白馬を今年訪れたスキーヤーの「来年の目的地」として、安比高原を売り出すことに力を注ぎました。
 この安比高原の戦略には、オーストラリアからのスキー客という新しい需要を第一線で取り込む、いわゆる「先行者利益」を獲得できないというデメリットがある一方、新規市場の開拓というリスクの高い事業を避け、他者が開拓した市場のニーズを十分に見極めた上でターゲットを絞り込んで参入できるというメリットがあります。駅伝やマラソンで、風を避けるためにあえて先頭ではなく二番手(=セカンド・ランナー)を維持し、先頭のランナーが疲れるのを待って勝負をかけるという場面を目にすることがありますが、安比高原スキー場の戦略は、まさにこの“セカンド・ランナー”の戦略です。
 ここで安比高原スキー場がターゲットとして着目したのが、滞在日数が比較的長く、消費も旺盛なファミリー層。頂上付近でも傾斜が緩やかで幅の広いコースが多いという安比高原スキー場の特徴がファミリー層のニーズにマッチする上、深雪の上級者向けコースが売りのニセコなどとの差別化にも繋がると考え、ゲレンデに併設されたキッズコーナーや子供を預けられるキッズルームの充実化などに取り組みました。「ニセコはオフピステ(ゲレンデの外)の圧雪されていないところを滑れるのが魅力。街中にもバーなどが多く、比較的大人のスキーリゾート。一方で安比高原は、深雪や街の魅力は少ないが、ゲレンデとホテルが近く、小さな子供を連れたファミリー層には向いている」。同社の担当者はそう話します。

パンフレット キッズコーナー
▲安比高原スキー場(左)とニセコのスキー場
のパンフレット(右)。圧雪の行き届いた広い
コースを表紙に配した安比高原に対して、
ニセコは圧雪されていない深雪のオフピステ
が表紙になっている。両スキー場の特徴の
違いがパンフレットの表紙からも見て取れる。
▲安比高原スキー場のキッズコーナー。
ゲレンデに併設されており、家族連れに重宝
されているとのこと。

<“面”と“点”を使い分ける戦術眼>

夫婦で安比高原を訪れた ▲夫婦で安比高原を訪れたというオーストラ
リア人スキーヤー。
「旅行会社に薦められて安比高原に来たけど、
東京からも比較的近いし、雪質も良い。来年も
また来るよ」と話していた。

レストランでくつろぐ ▲レストランでくつろぐオーストラリア人ス
キーヤー。
「去年は白馬に行ったけど、安比高原は、
白馬など他のスキー場よりオーストラリア
人が少ないのも魅力」とのこと。
 安比高原の高い戦略性は、実際の誘客事業にも垣間見ることができます。
 外客誘致において、安比高原スキー場がとにかく徹底しているのが岩手県や東北観光推進機構との連携です。オーストラリア人旅行者の誘客拡大の契機となった現地のスキー旅行博への出展だけでなく、現地の旅行会社を対象としたファムトリップや商談会、県の雇用対策事業を活用した外国人スキー客担当窓口の設置など、単独の事業者や地域では難しい、大規模で、多面的、多角的な取組を県や東北観光推進機構との連携によって実現してきました。
 ところがその一方で、スキー客の誘致に際して売り込むのは「東北」や「岩手」ではなく、徹底して「安比」。勿論、民間の事業者からすれば、自分の地域を宣伝するのは当然のことですが、同社の考えは違います。その理由については、「現地でのプロモーションやファムトリップなどの仕掛けは“面”で攻めた方が効率的。しかし、オーストラリアを含めた海外のスキーヤーへの訴求力、ネームバリューという面では、『東北』や『岩手』ではなく『安比』や『蔵王』というピンポイントの方が圧倒的に強い。『安比』や『蔵王』という“点”で売って東北地方に来てもらった後で、東北地方全体を周遊してもらうような仕掛けを考えた方が、取組の効果を最大化できる」と、同社の担当者は説明してくれました。
 つまり“面”で攻めて、“点”で引っ張り、“面”に波及させる戦略です。プロモーションや受入環境整備に取組む事業者や地域の中には、「連携せずに単体で実施したために十分な成果を上げられない」、「連携したものの足並みが揃わない」、「足並みを揃えることを意識し過ぎて各々の特徴やブランド力が埋没してしまう」などの課題を抱えているところも少なくありません。そんな中で、安比高原スキー場の取組は、非常に適格、かつ戦略的に“面”と“点”を使い分けた好事例と言えそうです。

<“質”にこだわるDNA>

 安比高原スキー場が、その誘致活動にここまでの戦略性を見出しているのには大きな理由があります。それは徹底した“質”へのこだわりです。
 実は、安比高原スキー場は、日本のグラフィックデザイン界を代表するデザイナー、亀倉雄策氏が世界トップクラスのスキー場を目指して作り上げたもの。スキー場のコース設計から、エリア内の建築物、サイン計画など、全てが亀倉氏の手によるものです。「『亀倉のファンだから』と言って利用する人も多く、あらゆる面で“質”にこだわっている」と同社の担当者。「だから安比高原の相場観を絶対に下げたくないし、もっと言えば東北そのものを安売りしたくない。価格ではなく、スキーリゾートとしての質、冬の質で勝負しています」。
 日本全国がインバウンドの推進に力を入れる現状では、全ての地域がゴールデンルートにある東京や京都、富士山のように、日本を訪れる外国人旅行者の「ファーストチョイス」になれる訳ではありません。勿論、他の地域よりも優れた点をアピールして誘客に繋げることは大切ですが、旅行者の数を増やすことだけに重きを置いて安易な価格競争に身を投じるのは、地域の価値を削ることにも繋がります。それよりは、むしろインバウンド市場そのものが拡大している現状を“二列目”から冷静に見詰め、ターゲットとする市場やそのニーズを見極めた上で、戦略的に誘致に取組むという安比高原のような視点も重要なのかもしれません。
 安比高原スキー場を訪れるオーストラリア人スキーヤーの数は、急増したと言っても年間わずか800名。現状では、年間1万人から3万人の外国人スキーヤーを集める北海道や長野には遠く及びません。しかし、その一連の取組からは、「知名度や立地の面で課題を抱える地域がいかにしてインバウンドを推進していくべきか」を考える上での大きなヒントを導き出せるのではないでしょうか。

亀倉雄策氏の代表的な作品
▲亀倉雄策氏の代表的な作品。
安比高原スキー場のロゴ(左)のほか、東京オリンピックのポスター(右上)NTTのロゴ(右中)、
グッドデザイン賞のロゴ(右下)など、数多くの作品を世に送り出した。((財)日本オリンピック委員
会HP、グッドデザイン賞HP、日本電信電話株式会社HPより)

(守屋邦彦、石黒侑介 2011.3.23 UP)

 

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