観光地づくりオーラルヒストリー<第7回>猪爪 範子氏
5.これからの「観光」・「観光地づくり」・「観光計画」への提言

概要

観光地づくりオーラルヒストリー<第7回>猪爪 範子氏<br />5.これからの「観光」・「観光地づくり」・「観光計画」への提言

  ●『座標軸』を持ってアプローチすること

社会正義の転換が激しいと感じています。地方救済の切り札として20世紀末に登場した通称「リゾート法」によって、地方の山野は地上げされ、切り刻まれて、目的を達成できないままに放置されている状況にあります。行政が主導した郊外居住の推進によって、都心から遠い土地が大規模に開発され、そこに生涯をかけたローンを組んでマイホームを建てた人は多いです。しかし、21世紀になって、都心回帰、コンパクトシティの政策に風向きが変わりました。交通不便な郊外に、残余のローンを抱え、次世代から同居を断られ、取り残された高齢世帯をどうしたらよいのでしょうか。

利害関係に捉えられない若い方たちは、学業と同時にボランティア活動を通じて社会に参加し、体験の中から、大人になっていく道を求めてほしい。そして、「何が人びとを『幸福』にするか」を考え、自分の基本的な立ち位置=『座標軸』を定めてほしいですね。社会人となり、何かの事業に関わったとき、あるいは自身の人生の岐路に立ったときにも、その課題を自分白身の『座標軸』に沿って、裁量の範囲が乏しくても乖離を埋める努力をしてほしいと思います。実践の上に立った若者たちの思考の軌跡を共有することは、年齢を重ねても極めて刺激的ですし、実践を通じて自分自身でつくった人生を送るイメージを持てたら、さらに自由になれると思います。

 ●持続可能な社会形成を目途とする

この道一筋に45年を過ごしました。立場は、政府の外郭団体職員、フリーランス、コンサル会社経営、行政職員、教育者、NGO役員など、時に重複しながらいろいろに変わりました。テーマは、都市、農村、観光地、水、緑、景観、地域産業振興、子育て、介護、行政改革、ゴミ、公共交通機関、ジェンダー、コミュニティなど、社会の要請にしたがって、水平にテーマが広がりました。しかし、それを恐れることなくその道の専門家と渡り合えたのは、持続可能な社会、ひいては人々が不安を感じることなく住み続けられる社会づくりというスタンスがぶれなかったからだと自分では総括しています。旅や体験などを通じて、持続的な地域形成の必要を学べたことも大きかったと思います。

私の世代は、右肩上がりの高度成長期にあったものの、男女共同参画の助けはありませんでした。でも、悔しくて、こぶしをふりかざした時代は、30歳までに終わったような気がします。女性であるがゆえに、体制や組織から自由であったということも、ここにきてわかったことです。水平にテーマが拡がる中で「何をしている人かわからない」と言われる弊害は常にありましたが、追従する同性の同世代に会うこともなかったですね。つまり、競争にさらされることもありませんでした。

 ●最後に~プランナーへの言葉

まず、それぞれが面白く生きないとつまらないと思います。面白く生きるには、自分の才覚を働かせることと、人との出会いも含めた「運」をつかむことに尽きると思います。

才覚を働かせて、運をうまくキャッチして呼び込んでいけば面白い一生になるでしょう。それはお金持ちになるとか、有名になることなどとは別のプロセスですけどね。

今の時代、70歳を過ぎた私には、女性がどのように働いているかリアルにはわかりません。今でも差別が残っていて、出世しにくい状況があるならば、その分を自分らしく楽しまないと生まれてきた甲斐がありません。人と違うことを恐れず、自分らしさを押し出しましょう。そうすれば、自分らしく、明るく、自由に生きることができます。

私は組織にはまり切れなく生きてきました。阻害されたとは言いませんが、スタートは愉快ではありませんでした。だから、自分の道を、自分で探さないといけないという思いに立ってきました。私の東京農大の同級生の女性たちは、みんなそうして現在に至っていると思います。結果として得たものは、それぞれの分野のトップランナーとして、走りきることができたということです。

今の女性プランナーへ向けた言葉はという問いに対しては、自分の才覚と運を活かして面白く生きましょう、ということに尽きます。長いようで短い、短いようで長い人生。陳腐ですが、面白く生きなければ、生まれた価値はないと思っています。

 

2015(平成27)年9月15日

長野県上田市にて

取材者:公益財団法人日本交通公社観光政策研究部

梅川智也、後藤健太郎

 

2016(平成28)年1月22日 文章校正終了
*本文中の表現等については、取材・編集サイドで最終の修正等を行った。