自然に生かされ、自然を生かす
〜浦戸諸島(宮城県塩竈市)〜

 宮城県塩竈市浦戸諸島は、日本三景の一つ松島湾に浮かぶ有人の島々。4島5地区(桂島、石浜、野々島、寒風沢、朴島)からなる島々に、牡蠣や海苔といった浅海漁業などを営みながら、約350人の人びとが暮らしている。この地で、東日本大震災以前から観光に取り組む遠藤勝氏に、現在の取り組みや今後に向けた想いを伺った。

小船による島めぐり

 私は野々島で生まれ、野々島で育ちました。本業は船舶機械の販売・修理です。4つの島に分かれている浦戸諸島には、島同士の行き来のために誰でも利用できる無料の渡船が運航されているのですが、この渡船の船長としても働いています。
 また、震災前から、観光によって島を盛り上げたいと考え、野々島感動支援隊として活動してきました。
 その代表的な取り組みが、だんべっこ船による島めぐりです。〝だんべっこ〞とは、小型の船を指す地元の言葉で、浦戸の漁師さんたちが日常的に使っている船です。この船に観光客の方を乗せて、大きな遊覧船では行けないような島のすみずみまで、浦戸の自然や歴史についてお話ししながら案内しています。〝五升ボラ〞と呼ばれる手掘りのトンネルをくぐり抜けたり、牡蠣の養殖場を見学してもらったりなど、小さな船だからこそ、すぐ近くに浦戸を感じられることが最大の魅力です。浦戸の人たちにとって船は日常の足です。その船から島を眺めることで、島の人たちの目線で浦戸を見つめることができます。
 個人のお客さんを受け入れることもありますし、塩竈市のイベントとして実施することもあります。市では、浦戸の特産品である牡蠣むき体験や海苔すき体験を行っているのですが、ここにだんべっこ船による島めぐりを組み合わせたところ、大変好評でした。
 最近では、野々島の漁業組合長に養殖場を貸してもらって、観光のお客さん用にワカメの養殖も始めました。牡蠣むき体験や海苔すき体験に参加したことのある方が、リピーターとなってワカメ狩り体験に参加してくれたこともあります。

みちのく潮風トレイルとだんべっこ船

 こうした取り組みを基に、2019年6月からはみちのく潮風トレイルの渡船の運航も始めました。
 みちのく潮風トレイルは、浦戸諸島の島々も通るようにルートが設定されているのですが、宮戸島(宮城県東松島市)と浦戸の寒風沢を結ぶ区間には既存の航路がありませんでした。そこで、トレイルの開通にあわせて、トレイル専用の渡船が運航されることになったのです。普通に船を走らせればわずか5分の短い距離ですが、せっかくの機会なので時間をかけてじっくりと島を案内しています。コースは、普段の島めぐりと同じです。

 トレイルを歩く方は全国からいらっしゃいますが、どちらかといえば中高年の方が多い印象です。どの方も、仙台からわずか1時間半の場所に、こんな別世界があることに感動されます。
都会から近い便利な場所にありながら、静かな湾が広がっていることに驚かれます。私自身も様々な場所へ旅行しますが、どんな土地と比べても浦戸はとても落ち着く場所だと思います。また、ただ美しいだけではなく、豊かな歴史の積み重ねがあることが魅力だと感じています。
 トレイルの渡船は、名取市閖上にある名取トレイルセンターがお客さんからの予約を受け付け、浦戸側のだんべっこ船長会の世話役である自分がトレイルセンターからの連絡を受け、他の船長たちの都合を聞いてコーディネートしています。現在、この船長会のメンバーは自分を含めて4名です。
 お客さんからは一人につき3000円の乗船料をいただいています。予約があった時は、なるべく自分以外の船長に割り振るようにしています。今はまだまだ規模の小さい活動ですが、少しずつ実績を積み重ねて一つの収入源に育てることができれば、協力者の拡大にもつながっていくと考えているからです。

船長としてのやりがいと自然の力

 自分が生まれ育った島のことを知ってもらえるのはとても嬉しいことです。船長としての一番のやりがいは、お客さんとの交流です。1時間もかけてじっくりと島をめぐり、たくさんの話をするうちに、お客さんも自分もすっかり心を開き、心からのつながりを感じることができます。これには、自然の持つ力が大きく関わっていると思います。
 東日本大震災では、浦戸も津波の大きな被害を受け、私も津波から命からがら逃げ延びた身です。自然の力を前に人間は本当にちっぽけな存在で、自分は自然に生かされていると思っています。ただ、時に厳しい顔を見せる自然も、全体的に見れば恩恵の方が勝っています。これが、今も沿岸部に住み続けている理由です。
 みちのく潮風トレイルは、決して楽な区間ばかりではありません。でも、時に厳しくも優しい自然に包まれることで、都会の人も心を開くことができるのではないでしょうか。みちのく潮風トレイルは、いい出会いをもたらしてくれたと感謝しています。

これから

 こうした島めぐりの他、子ども向けのシーカヤックの体験も行っています。最近では、塩竈市や近隣自治体の教育委員会からの要望を受け、学校の体験学習の受け入れを行う機会も増えています。

 塩竈市の子どもであっても、浦戸を知らない子はまだまだたくさんいます。たくさんの人を受け入れることよりも、まずは周辺地域の人に浦戸を愛してもらうことが、息の長い活動のためにとても大切だと思っています。
 現在の最大の課題は後継者の育成です。実績を積み重ねて、若い世代にこの仕事を引き継いでいかなくてはなりません。島を思う気持ちがあれば、島外出身の人であっても問題はないと思っています。塩竈市では、牡蠣や海苔養殖の後継者育成に力をいれていますが、こうした取り組みとも連携できればと考えています。
 また、島には常設の食事処がありません。快適なトイレも不足しています。こうしたインフラの整備については、行政とも協力して取り組んでいきたいと考えています。
 これからも愛する島の未来のために、少しずつ着実に前に進んでいきます。(談)
聞き手・文:門脇茉海

 

遠藤 勝(えんどう・まさる)
1963年生まれ。塩竈市浦戸野々島出身。島の中学校を卒業後、野々島に住み続けながら仙台市内の高校に通学。塩竈市内に就職した際も島から通勤していた。1992年に船舶機械の販売・修理を行う株式会社遠藤マリンサービスを設立。東日本大震災後は、無料渡船の船長としても勤務。野々島感動支援隊として、浦戸の良さを伝えるために日々奮闘している。