③「東日本大震災から10年の記録、将来展望」

1.観光の力による震災からの復興

 東北観光推進機構は、観光産業振興と東北経済の発展に寄与することを目的に東北6県と新潟県の官民の関係団体により2007年に設立された。広域連携により国内外からの誘客に取り組み、2011年の東日本大震災以降は、特にJNTO(日本政府観光局)や東北運輸局との連携を強化しながら、オール東北で観光の力による震災からの復興に取り組んできた。
 震災直後、地震、津波、原発事故という未曽有の災害により観光を含めたインフラが大きなダメージを受けた状況において、観光復興へ向けてまず地元が取り組んだのは、震災から1カ月余りの4月23日から3カ月間、青森県がJRグループと連携して展開した「青森デスティネーションキャンペーン(DC)」であった。自粛ムードもある中、観光の力で被災地の元気を取り戻そうと、予定通りの開催に踏み切った。
 4月29日には東北新幹線が全線復旧し、また、プロ野球の東北楽天ゴールデンイーグルスとサッカーJリーグのベガルタ仙台が震災後初めて、本拠地の仙台で試合を行った。7月16、17日は仙台市で、東北6県の祭りを集めた「東北六魂祭」が初めて開かれ、2日間で約37万人が集まった。電気もつかない、先が見えない状況が長く続くなか、「観光には地域を元気にする力がある」「これから必ず元気になれる」とイベントを通じて東北を勇気づけた。
 その後、2011年の青森DC以降も東北6県でDCが開催され、2012年いわてDC、2013年仙台・宮城DC、秋田DC、2014年山形DC、2015年ふくしまDC、2016年北海道新幹線(新青森〜新函館北斗)開業の年に青森県・函館DCと続いてきた。「東北六魂祭」も東北6県の県庁所在地持ち回りで毎年開催され、2017年からは新たに「東北絆まつり」として、観光の力での復興を後押ししてきた。
 また、キャンペーンやイベントに加え、UNWTO(国連世界観光機関)の世界観光会議やWTTC(世界旅行ツーリズム協議会)グローバルサミット、国連防災世界会議など、国際級の会議が仙台を中心に相次いで開催された。
 震災後5年ぐらいの期間は、復興への道筋を付ける、風評被害を払拭する、ということに地元では大きな力が注がれた。これらイベントを契機として、国内外からの観光客の誘致にしっかり取り組むための土台が作られていった。
 この間の旅行者数の状況をみると、震災前の2010年の東北6県の外国人延べ宿泊者数は50万人泊だったが、2011年には震災の影響で18万人泊まで落ち込み、震災前の水準に回復したのが2015年の52万人泊と、5年ほどの期間を要した。
 2016年3月には、「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」において、2020年に東北6県の外国人延べ宿泊者数を2015年の3倍となる150万人泊にするという政府目標が掲げられた。東北観光復興対策交付金を活用して各種事業を展開し、特に戦略的なプロモーションとして東北の美しい四季の動画を作成しネットで配信し、再生回数が合計7000万回を超える実績があった。海外から見た「TOHOKU=東日本大震災」というイメージを軽減し、豊かな自然や歴史・精神文化など東北の魅力を前面にアピールすることに成功した。


 また、各県知事や経済界など東北の官民トップが一体となって重点市場を訪問するトップセールスを2016年8月から台湾、香港、大連、バンコクと毎年実施してきた。単県での事業に比べて現地の対応やメディアの反応は想像以上に好評で、その後の誘客や路線就航につながっている。2016年7月の仙台空港民営化の成果もあり、仙台-台北便の増便(2016年冬ダイヤ 仙台-台北11便/週→2019年冬ダイヤ19便/週)、2019年10月の仙台-バンコク便の復便、11月の仙台-大連便の就航と、継続した交流とプロモーションにより着実に成果をあげてきた。東北全体で見ても、青森空港の青森-台北便の就航、花巻空港の花巻-台北便、花巻-上海便の就航と国際定期便を着実に増やしてきた。
 これらの官民一体となったオール東北の取組みにより2019年の外国人延べ宿泊者数は168万人泊となり、1年前倒しで政府目標を達成した。全国的に訪日旅行者数が増加するなかで全国に占める東北のシェアは震災前の2010年1.9%から2011年1.3%へと減少したが、2019年は1.7%となり、震災前に水準に少しずつ近づいてきた。
 2019年には欧米の有力メディア「Lonely Planet」「ナショナルジオグラフィック」により「TOHOKU」が世界のデスティネーションに選出され世界的に東北への注目度が高まっている。
 国内の延べ宿泊者数については、2011年以降3200万人泊前後とほぼ横ばいで推移してきた。教育旅行は、震災の風評で厳しい状況が続いたが、各県の観光連盟等と連携し、首都圏や中部、関西、九州、そして新幹線開業を契機に北海道へもプロモーションを行っている。北海道から仙台まで新幹線に乗車しバスで福島に入る行程や、台湾等海外からの来訪など、新たな動きも出ている。地元では農家民泊など東北らしい受入態勢が整っているほか、震災や原発事故の教訓を学ぶ「ホープツーリズム」など、新たなプログラムも生まれている。
 震災の記憶と教訓を後世へ継承するため、太平洋沿岸各地に震災伝承施設が整備されるとともに、岩手県、宮城県、福島県で国営追悼・記念施設の整備が進められている。東北には震災遺構や語り部などの「震災・防災」学習を始め、「自然・環境」、「農林漁業・民泊」、「歴史・文化」と生きる力を学べる探求学習素材が豊富にあり、修学旅行先としての魅力は大きい。太平洋沿岸に約1000キロの「みちのく潮風トレイル」が整備され、欧米メディアにも注目されている。
 また2019年3月には山田線宮古〜釜石間がJR東日本より移管され三陸鉄道リアス線として全線開業した。沿線の釜石鵜住居復興スタジアムは、ラグビーワールドカップの会場の一つとなった。2020年3月にはJR常磐線が全線復旧し、復興道路の三陸沿岸道路の全通も間近に迫っている。復興したインフラも大きな力としながら、交流人口拡大につなげてきた。

2.コロナ禍をふまえた今後の取組み

 震災から10年が経過しインバウンド伸長の流れを受け、2020年は復興五輪とされる東京オリンピック・パラリンピックを契機に、東北観光の更なる飛躍の年とするべく準備をしているところで新型コロナウイルス感染症が観光業界を直撃し、大変厳しい状況にある。観光は非常に裾野が広い産業であり、地域全体に影響が及ぶ。
 このため、2020年春の緊急事態宣言の解除後は、感染防止対策を徹底しながら、まずは各県の施策による県内観光流動、7月からは東北・新潟の自治体や関係事業者と連携した「東北・新潟応援!絆キャンペーン〜旅を楽しもう〜」による域内観光流動に向けて取り組んだ。9月には7県知事及び2市長(仙台市・新潟市)と共同で「東北・新潟共同メッセージ」を発出し、「新しい生活様式」や「新しい旅のエチケット」などの感染防止対策を行った上で、域内の住民に東北・新潟の魅力を再発見する旅に出かけること呼びかけてきた。


 2020年の延べ宿泊者数を見ると、訪日外国人の宿泊者数は3月以降激減し、外国人の宿泊者数は40万人泊まで落ち込んだ。国内の宿泊者数も3月以降減少し、GoToトラベルにより10月・11月は前年並みに回復してきたが、感染の再拡大に伴うGoToトラベルの停止や1月の緊急事態宣言の発出により首都圏等からの観光流動が減少し、12月以降は再び大きく落ち込んでいる状況にある。
 一方、東北には四季に代表される豊かな自然と、縄文時代から続くその土地土地に根付いた文化や生活があり、コロナ禍において東北の豊かな観光資源を再評価する動きも出てきている。
 ウィズコロナ・ポストコロナ時代に向けては、ニューノーマルと言われる新たな常態への対応が必要となっており、全ての面でデジタル化が一層加速する中、旅行者の旅の意識の変化を捉え、新しい生活様式に対応した、新しい旅行形態を創出していかなければならない。コロナ前後で変わらないのは、こうした観光の課題に対して単県ではなく、広域で連携して取り組まなければならない点である。
 国は地域経済を支える観光の再生のために、ワーケーション等の「新たな旅のスタイル」の普及・定着を推進しており、全国各地でワーケーションの誘致競争が激化している。ワーケーションは一つの新たな旅行形態となるが、国内の人口が減少していく中、持続可能な東北観光を実現するためには、長期滞在を促進し、旅行需要の平準化を図るとともに、旅行単価を高める新しい旅のスタイルを創出し、東北の統一ブランドとしてプロモーションしていくことが重要となっている。
 東北は他の地方に比べて人口減少のスピードが速いため、税収の減少、担い手の高齢化・後継者の不足、地方公共交通(二次交通)の縮小等、単県では解決できない課題に早期に直面していくため、特に将来のインバウンド需要を見据えた広域連携による観光地域づくりの重要度が更に増してくる。
 また、域内各地に誕生しているDMO(観光地域づくり法人)の連携を強化し、地域に活力を生み出していくことが大事である。これまでも行政や各DMO、旅行業界、観光業界の方々と定期的に会議を行い、デジタルマーケティングにおいては広域でのデータ収集・活用やデータに基づいた誘客戦略の立案など、成果が出てきているところである。観光コンテンツを収集し発信するプラットフォームを構築し、情報発信と旅行商品化を進めている。人材育成については、東北全体を俯瞰できる観光のスペシャリストを育成する「フェニックス塾」は4年間で約150名の修了生を輩出している。今後もコロナに対応した新しい観光需要の創出に向けて、オール東北の体制で広域連携の取組みを強化していく。

3.震災10年の節目における東北デスティネーションキャンペーン(DC)の開催

 東日本大震災から10年目を迎える2021年に、4〜9月の半年間、JRグループと共同で大型観光企画「東北デスティネーションキャンペーン(DC)」を実施する。DCは、地域(自治体、観光関係者、住民など)とJRグループが協働で取り組む大型観光キャンペーンであり、地域の観光開発を行い、集中的な広告宣伝やプロモーションによって全国から観光誘客を図り、地域の活性化に資することを目的としている。

 キャッチコピーは「巡るたび、出会う旅。東北」。6県をさまざまなテーマ・ルートで周遊し、旅をすればするほど奥深さを感じる東北の旅を楽しんでいただきたいという思いを込めている。
 東北DC期間中にしか体験できない特別企画として、東北6県を周遊しながら収集するデジタルスタンプラリーや、各県で期間限定のイベントを用意している。
 DC期間中の5月22日、23日に山形市で開催され東北6県の夏祭りが参加する「東北絆まつり」や、7月22日〜8月7日に東京で開催される情報発信拠点「東北ハウス」とも連携する。
 国の機関や航空会社、高速道路会社、金融、流通、商工団体等、観光・旅行のみならず幅広い組織・企業と連携して展開し、多く方々に東北の魅力を知ってもらい、東北に訪れるきっかけを作り出していく。
 また、東北DCを応援する「TOHOKUサポーター」を募集している。東北6県にお住まいの方には「Welcome to TOHOKU隊」として、東北を訪れたお客さまへのおもてなしを宣言・実践いただき、東北6県以外にお住いの方には「TOHOKU Fan」として、東北の魅力を周囲やSNSなどで発信していただく仕組みである。一緒に東北を盛り上げるべく、ぜひご協力をお願いしたい。

 震災から10年という節目のタイミングであり、かつ新型コロナウイルス感染症の拡大で疲弊した東北観光を回復させ、さらには今後の持続可能な東北観光を実現していくための最初のきっかけとなる大型観光キャンペーンとしたい。DCを契機とした新たな観光コンテンツ、この東北DCで培われた東北6県が一体となってキャンペーンを推進する体制、幅広い組織・企業との連携や「TOHOKUサポーター」のネットワーク等の仕組みは、将来にわたって東北への観光誘客及び東北の活性化に寄与するレガシーになると考えている。東北DCのレガシーを継承し、広域連携の取組みを強化していくことが、将来にわたって交流人口だけでなく関係人口も含めた東北への人の流れを創出するサイクルを生み出していく。東北内外の様々な関係者と力を合わせて、今後の東北の持続的な発展に向けて取り組んでまいりたい。

● 東北デスティネーションキャンペーン特設サイト
https://www.tohokukanko.jp/dc/

 

紺野純一(こんの・じゅんいち)
一般社団法人東北観光推進機構専務理事推進本部長。1968年日本国有鉄道(現JRグループ)入社。びゅうプラザ仙台所長、福島駅長、仙台駅長などを歴任後、仙台ターミナルビル株式会社専務取締役ホテルメトロポリタン仙台総支配人などを経て、2015年から現職。東北デスティネーションキャンペーン推進協議会事務局長も務める。