「やる」が「やる気」を生む [コラムvol.86]

2009.06.18

観光文化事業部 久保田美穂子
col-86

要旨

 元気な温泉地の取材を続けてきて気がついた、ある共通点について。

◆なぜか皆、掃除

 浴槽の湯を抜いてデッキブラシでゴシゴシ。すのこを持ち上げてゴミを掃き、雑巾がけ。ここは野沢温泉(長野県)の代表的な共同浴場「大湯」。

 旅館組合長の森行成さんを取材で訪れた時のことです。ロビーで話していたら、森さんが突然「そうだ、今日は…」と席をたち、長靴をはいて出て行くので後を追いました。森さんの旅館「さかや」のすぐ近くに「大湯」があります。

 近所から"当番"の旅館経営者や商店主も長靴姿で集まっていました。毎度のことで担当が決まっているのか、それぞれが黙々と身体を動かしています。
 野沢温泉の共同浴場は、伝統的に「湯仲間」という住民組織によって維持管理が行われています。温泉は、地域の大切な財産。旅館組合長だろうが社長だろうが、掃除当番は当たり前なのです。

 "掃除"といえば、『温泉地再生』執筆の取材で訪れた温泉地の多くが、再生の初期段階で、地元の掃除から始めていたのには驚きました。

 妙高高原の赤倉温泉(新潟県)でも旅館組合青年部が「親切温泉宣言」を行い、「温泉街美化運動」と「挨拶運動」を始めました。スキー客減少に悩む中で、元気な若手後継者たちが、スキー客依存体質から脱却して競争力ある温泉地に生まれ変わろうと始めたものです。

 土湯温泉(福島県)でも、70年代、当時20~30代の若手が「この町をよくするため、自由に活動できる若者の会をつくりたい」と「あらふど会」を立ち上げ、地元の河川「荒川」の清掃を始めました。ちなみに、新雪を一番先に踏み固めて道をつくることを方言で「あらふどをこく」といいます。公式の場で発言しても若すぎて相手にされなかった彼らは、旅館から集めた廃品バザーやイベント、川の掃除で"道"をつくっていったのです。

 そういえば知床のウトロ温泉でも、旅館二代目と町内の漁業、飲食業者が集まって「青年同志会」を発足、まずは飲み会、そして海岸の掃除など町内美化活動をしていたと聞きました。
 "掃除"が温泉地活性化の共通項の一つとは…?

◆脳が理解する前に身体の行動がある

 その疑問に答えてくれたのが東京大学大学院薬学系研究科の池谷裕二准教授です。先生によれば「脳による理解の前に身体の行動がある」。なぜなら、人間の脳は身体を通じて情報を得るから。
 私たちは、まず脳が判断し、脳からの指令を受けて身体が動くとばかり思っていますが、その逆ルートもあるというのです。

 しぶしぶ始めた掃除も、とりあえず始めてみたら気分がノってきて部屋をすっかりきれいにしてしまった……誰にでもあるそんな経験も、行動情報を受けた脳が「やる気」という判断を導いたケースなのだそうです。まず「やること」が「やる気」を生むということ!?

 カラダに刺激があると、スイッチが入って脳が動き出し、次第にその作業にあわせた活性化モードに入るというのが最新の脳科学です。どんなに頭で考えて待っていても、脳の中から「やる気」が出てくることはないそうです(参考:『のうだま やる気の秘密』、幻冬舎、2008)。まずカラダを動かすことが大事なのです。

◆「やる気」は集まり「力」になって人を呼ぶ

 取材を振り返ると、掃除以外にこんなこともありました。
 下呂温泉(岐阜県)では旅館組合の青年部が、業者に任せることなく自ら植樹を行い、温泉街に緑を増やすことから始めました。鶯宿温泉(岩手県)では、それまでの行政依存や個々の商売繁盛最優先の考え方を、地域全体の魅力づくりへと発想転換しよう4時間にも及ぶまちづくり会議を半年に32回も続けました。机上のディスカッションとはいえ、一週間に最低1回以上。ここまでやればまるで運動部でしょう。
 掃除に限らず、自ら身体を動かしてやるという行為に「やる気」の素があるのです。

 知床ウトロ温泉の冬の名物イベント「知床ファンタジア2009」(09年は2/5から3/21まで開催)は、オーロラを再現する幻想的なショー。内容もさることながら、裏方たちの熱意や姿勢が観客の心をとらえています。

 厳寒の冬の夜、レーザー光線操作や音響、観客誘導、駐車場係などを地元の様々な職業のボランティア="オーロラにとりつかれた男たち"が行っています。麦ワラをいぶした煙で夜空に作りだされるスクリーンは長年にわたる試行錯誤の賜。ワラの担当通称スモークマンは主に地元の漁師たちで、毎日、煤で真っ黒になります。

 人工的なレーザーショーときけば抵抗を示す人もいますが、実際体験した人の多くがファンタジックな20分間に、零下5度の寒さも忘れて見入ってしまいます。光につつまれる体験の「あまりの神々しさ」に思わず涙を流す人もいるほど。実行委員会に寄せられる感想には、イベントにまつわるストーリーへの共感やスタッフへの感謝の言葉も目立ちます。

 かつて実際に現れたというオーロラを再現してみようと、20数年前、冗談のような破天荒な試みを始めたのは、海岸や町の掃除をしていた青年たちでした。「まずやってみる」スタイルは今につながり、人々を惹き寄せています。このイベントは、以前には皆無に近かった冬の観光客数を伸ばすことにも成功しました。

 カラダを動かしているうちに、それぞれのやる気が集まり力となる。意外な人やチャンス、アイデアに出会う。町や川の掃除からでもいいのです。頭で考え悩んでいないで、身体を動かしてやってみることです。

野沢温泉の共同浴場
「私も掃除を手伝いました」-野沢温泉の共同浴場「大湯」

 

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