「キャリング・キャパシティ」は算出できるのか(その6) [コラムvol.165]

 久しぶりのコラムです。今回も引き続き「キャリング・キャパシティ」をテーマにします。前作vol.115では、“キャリング・キャパシティは地域社会の関係者間の話し合いに基づいて決めるもの”とし、「地域社会(コミュニティ)を基盤とした地域資源の管理運営手法」について触れました。ところで、この関係者間の話し合いで決めるというのは、実はけっこう難しいこと。今回は、社会的環境収容力をめぐる関係者間の考え方の違いの具体化手法を紹介しましょう。

■静かな島、賑やかな島

 沖縄県のとある離島。かつては賑わい、活気に溢れた島だったそうです。しかし、その後は近代産業が育たず、居住者数は減少、子どもが少なくなり、コミュニティの存続すら現実的な課題です。逆に、静けさ、南国らしい花や木々に囲まれた素朴な暮らしの雰囲気、穏やかな時間の流れ、信じがたいほど美しい海は、他ではみられない島の魅力です。近年、この離島がテレビドラマの舞台となり、その魅力がひろく知られるようになったこともあり、島を訪れる観光客数が急速に増え始めました。いまや観光業は島の経済を支える主要産業です。
 しかし、島内の宿泊容量には限りがあるため、来訪者の多くは日帰りです。日帰り客が増大しても経済効果は期待できません。また、無秩序な利用の増大による地域資源へのダメージも気になるところです。なによりも、いちばんのウリである静けさが失われることによって、ありきたりの観光地となってしまうことをわたしは懸念しました。
 そうしたおりに、沖縄県事業として、島の公民館の役員を中心とした懇談会の開催を促し、会の進行を支援する機会がありました。懇談会では、島の将来像を話し合いました。そして、何人ぐらいの観光客に来て欲しいか、どれほどの客数であれば島の暮らしと、経済のバランスがとれるのかということを議論しました。その賑わいの様子を具体的にイメージするために、わたしたちは混雑状態を人工的に表現した複数のモンタージュ写真を用意し、見比べてもらいました。島の目抜き通りを背景に、異なる人数の観光客を配置してつくった複数写真によるイメージの具体化は、島民の関心をよび、意見の集約に役だちました。
 わたしは、観光客の増大により、島の静かな雰囲気が損なわれることへの不安という声で話はまとまると思っていました。ところが、何人もの島民から、観光客数が多い様子はかつて島が賑やかだった頃のようなので、この方がよいという声があがります。どちらを目指すかは島民の皆さんが決めることです。それにしても、こうも極端な考え方があるものだと驚きました。

■観光客と観光事業者、混雑体験者と閑散体験者

 これも沖縄県事業として実施した調査です。本島北部に位置する慶佐次川には、沖縄本島最大規模の原生的なマングローブ林が群生し、地元の事業者などによってこれらを鑑賞するためのカヌーツアーが催行されています。比較的穏やかな水面のため初心者でも容易にカヌー体験を楽しめること、アクセスが容易なことなどが人気の背景となり、利用者数は年々増加しています。そうなると気になるのが、カヌーの接触などによるマングローブの損壊、加えて混雑感による利用者満足の低下です。わたしたちは生態的環境収容力と社会的環境収容力の推計にチャレンジしました。
 さて、前者は別の機会にはなすこととし、今回は社会的環境収容力、つまり混雑感評価をもとにした限界許容量についての話題。ここでも、川面にうかぶカヌーのモンタージュ写真を複数用意し、どの状況までは受け入れられるのかという質問を、カヌー体験者、カヌーツアーのガイド、沖縄県内の観光関係者などにぶつけてみました。
 その調査をもとに限界許容量、つまり自分の視界にはいるカヌー利用数はこの程度までであれば混雑感は感じませんという水準を推計しました。その結果、1月の比較的すいているときにカヌー体験をした利用者の平均値は5.9艇、10月の比較的混雑しているときのカヌー体験者は9.8艇となりました。つまり、実際の利用体験時の状況によって、自分が許容できる混雑感が異なるのです。また、慶佐次川のカヌーガイドの答えは15艇となり、カヌーガイドの方がカヌー利用者より混雑感の許容限界が高いという結果になりました。さらに、石垣島のカヌーガイドたちに同じことをたずねたところ、結果は6.6艇。カヌーガイド間においても日常的に活動しているフィールドの違いが混雑感の許容限界に関与するということがわかりました。ほかにも、県内の多くの観光関係者にも同様の調査をお願いしましたが、環境保全にかかわる団体に所属する人、観光プロモーションを行う組織の人、旅行会社、行政、などによってこの数値は大きく異なりました。

■立ち位置の客観化、多様な考え方を知ること

 このようにモンタージュ写真による混雑感評価によって、多様な利害関係者の考え方の相違が数値によって端的に示されます。立場や経験の違いによって、こうも極端に意見が分かれるのです。環境収容力は計算されるものではなくて、決めるものだということを話してきました。社会的収容力の設定に向けた合意形成過程は、一筋縄ではいかないものです。お互いの立ち位置が曖昧で、全てを否定しあうことからはじまる会議に同席したこともあります。しかし、お互いの考え方はこのように違うのですよということを明示し、立ち位置が違うからしょうがないということを認めた上で、それでも地域の方向性をみつけていかなければいけないということを話し合ったらどうでしょうか。
 それぞれの考え方を客観的に示す方法として、ここで紹介したような調査などを活用していきたいと考えています。

集落1 集落2ー
 写真:集落の混雑感評価に用いたモンタージュ写真の一部
①(0艇)
①(0艇)
②(6艇)
②(6艇)
③(12艇)
③(12艇)
④(18艇)
④(18艇)
⑤(24艇)
⑤(24艇)
⑥(30艇)
⑥(30艇)
 図-2 カヌー利用の混雑感評価調査に用いたモンタージュ写真
主な参考資料
―  寺崎他「沖縄県慶佐次川におけるカヌー利用者の混雑感評価と許容限界と社会的収容力に関する考察」2011年『林業経済学会vol.57 no.3 pp.12-21』林業経済学会
―  寺崎「自然環境保全と観光振興にかかわる考察~コミュニティ主体の観光地域の管理運営のあり方~」2010年 『國立公園682』(財)国立公園協会
―  沖縄県『平成20・21年度持続可能な観光地づくり支援事業(調査研究)実施報告書』,2009年, 2010年