旅先での居心地の良さとは [コラムvol.8]

2007.11.08

研究主幹 大野正人

要旨

 宿泊施設の客室は旅の疲れを癒す場であると同時に旅の余韻に浸る場所でもあります。そこでは外界の観光体験との連続性が求められています。この意味では客室の窓辺からどんな情景を見せるかは客室の重要な要素であると同時に、室内では異文化体験と日常的リラックスをバランス良く提供できるデザインと機能が求められています。

本文

 旅は新しい体験による刺激の時間と、それを癒す休息の時間の組合せにより成り立っています。非日常体験という言葉は主に前者に使われ、様々な演出が行われてきていますが、後者の休息の時間の大切さと、そこでの旅の余韻の提供については今まで余り議論されてきていないのではないでしょうか。ここでは「旅先での居心地の良い空間」について、休息の場を提供する宿泊施設を例にとって考えてみます。

窓辺の情景-開いた窓による外との接点

 単に居心地の良い休息空間を作るだけであれば、旅行者が普段どんな住空間に住んでいるかを研究し、 人々があこがれるような住空間を提供すれば充分でしょう。しかし、旅における居心地の良さは、旅の体験の余韻に浸りながらリラックスすると いう要素が加わります。これを休息の場における非日常性の提供と言うことができるでしょう。
 人はその土地の文化や風土を観光体験してから休息の場である客室に入ります。その時に、それまでの観光 体験と客室の雰囲気が断絶してしまっては、体験の余韻が途切れてしまいます。そこで重要な場面は窓辺 の情景です。窓辺は落ち着ける癒し空間である室内と、旅の体験を味わった外界を繋ぐ接点であり、その窓を通じて人は安全・安心を感じながら異国の街の情 緒や風景を愛でることが出来るのです。
アンリ・マティス「コリウールの開いた窓」
(National Gallery of Art/Washington HPより) 絵 アンリ・マティス[コリウールの開いた窓]
 私の好きなマティスの絵に、部屋の窓から外界を見ている絵があります。この絵ではマティスは適度な暗さの室内から明るい南仏の風景を映し出しています。開かれた窓により物理的には安全な室内にいることがわかり、窓台の花が自宅のような安らぎを与えていますが、その窓から見える のはリゾートの海辺に来たことを実感する情景です。
 ここでは旅行者は物理的に安全な居室に居な がら、心理的には旅の情緒を体験することが出来るし、外界の異文化に疲れたら窓の扉を閉めることで完全なリラックス時間を得ることが出来ます。
 客室の窓辺から見る情景は自然の風景だけではありません。かつての温泉街の旅館では夕涼みがてらに二階の和室の手摺りから身を乗り出し、温泉街を行き来する人々を観察し、街のざわめきを楽しむことが出来た。そこでは安全な室内と刺激に満ちた往来が窓を通じてつながっていたのです。

室内の情景-閉じた窓による異文化体験と休息のバランス

 一方、休息の場である室内に異文化が充満していると、旅の情緒は高まるものの、長く滞在すると落ち着かなくなります。人は自分の生活で慣れ親しんだスケール感やデザインのディティールがないと落ち着けないのです。数寄屋造りの和室では床の間や書院を伝統文化を体験することは出来ますが、室内でリラックスするのは普段自宅でしているように、畳に素足で寝っ転がったり、ソファに寝そべったりすることではないでしょうか。この意味では和文化のエッセンスを表現しつつ洋式生活の機能を組み合わせたベッドやソファのある和室が主流となりつつあるのは納得できることです。

旅先での居心地の良い空間とは

 現代のリゾートホテルや旅館の窓辺はどんな情景を見せているのでしょうか。室内での文化表現、非日常体験は重視されてきたものの、窓辺の情景をとおしてそ の土地の文化を体験できる環境を意識し、積極的に演出してきた施設は少ないと感じられますし、また窓辺を意識した施設でも眺望だけを重視してきたように感じ られます。
 外界の環境をどのように室内から体験させるのか、そのための窓の設えをどうするのか、窓辺の椅子やソファの配置と、 リラックスしつつ外界とつながるような目線の導き方など、創意工夫で演出できる余地はまだまだ多いのではないでしょうか。
 そしてこのような工夫は単に宿泊施設だけではなく、街中での休息の場にも当てはまります。温泉街の足湯も都市のポケットパークも、常に休息のための空間と街の文化を感じる場の2つの機能があることを意識していくべきでしょう。

 

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