近年では乗用車への搭載率が7割程度までになったというカーナビ。カーナビの普及によって自動車での移動はどのように変わったのでしょうか。紙媒体の地図とカーナビを比べて考えてみたいと思います。

道路地図とカーナビ

 私が自動車の運転免許を取得したのは大学生時代の1990年。カーナビは1980年代から徐々に普及し始めたといいますが、当時私の身の回りにカーナビを装着した自動車はほとんど見あたらず、別の大学に通う友人のそのまた友人のクルマにはカーナビが着いているのだ、ということが身内での小さなニュースになるような時代でした。そんな時代なので、友人同士でドライブに出かける際には「誰が助手席でナビゲーターを務めるのか?」がスムーズに目的地へ到達するためにとても重要な要素でした。クルマを何台か連ねて遠出をする際には各ドライバーがそれぞれ常備している道路地図を持ち寄ってルートを確認し合う、というのが当たり前だったように思います。

 当財団へ入社して国内の各地へ出張するようになると、レンタカーを運転する機会も増えましたが、90年代後半でもまだカーナビの装着は珍しかったように思います。調査研究の対象となる地域内で必要なポイントを見て回り、打ち合わせ等のアポイントを予定の時刻通りにこなしていくには地図を正しく読むことが欠かせません。当財団に道路地図が全国くまなくカバーする形で用意されているわけではないため、観光ガイドブックや観光パンフレット等に記載された簡易な地図を頼りに移動することも少なくなく、若手の職員にとっては移動を開始する前に当日の移動経路を頭に入れておくことも重要な仕事でした。

カーナビにより自動化された目的地への到達のステップ

 さて、平成26年度版の「情報通信白書」(総務省)は「ICTがもたらす世界規模でのパラダイムシフト」を特集として取り上げ、その中で「車とICT化の進展」にも触れています。それによるとカーナビの出荷台数は546.6万台(2013年)に達し、7割程度の乗用車にカーナビが搭載されているそうです。先に触れたようなドライブ旅行も出張でのレンタカー移動も、当然のことながら当時と大きく様相が変わりました。

 ドライブ旅行では目的地(と必要に応じて経由地)を共有していれば、例え同行する友人のクルマとはぐれてしまったとしても何ら気にすることはないでしょう。出張先での運転も目的地への到着時刻を見込んであわてずに移動することが出来るようになりました。まず①現在地を把握すること、②現在地と目的地の地関係を把握すること、③両者を結ぶ効率的な移動ルートを提示すること、さらに④目的地への到着時刻を想定すること、これらがすべてをカーナビに任せることで、自動車での移動にまつわる負担、特に目的地に迷わずスムーズに到達するための負担は大きく軽減されました。

「ノースアップ派」と「ヘディングアップ派」

 私も出張時にはレンタカーに装着されたカーナビの恩恵を受けるようになりましたが、紙媒体の道路地図からカーナビに切り替わったことで一つ気になったことがあります。カーナビでの地図表示方法である「ノースアップ」と「ヘディングアップ」です。ご存じの通り、前者は自分の位置や進行方向とは関係なく北を上にして地図を表示するもの、後者は常に進行方向を上にして地図を表示するものです。

 私は紙媒体の道路地図を使用する際は常に「北を上に向けておく派」(以下、「北派」と表記します)です。紙媒体の地図は基本的に北の方角が上になるように作られていることもあり、当たり前のようにそうして来ました。一方、学生時代よく一緒にクルマで出かけた友人の中に「進行方向を上(前)に向けておく派」(以下、「進行方向派」と表記します)がいて、交差点を曲がるたびに手で持っている地図を進行方向にあわせてクルクルと回転させていました。この進行方向に合わせて地図を回転させる方法は、私にとってはとても違和感があったのですが、カーナビを使用する場面での自分は「ヘディングアップ派」であることがわかりました。

 紙媒体の地図利用時の「北派」と「進行方向派」、カーナビ利用時の「ノースアップ派」と「ヘディングアップ派」がそれぞれどれくらいの比率なのか、また、「北派」と「ノースアップ派」、「進行方向派」と「ヘディングアップ派」がどの程度重なっているのかもわかりません。従ってあくまでも自分を例に取った推察になりますが、紙媒体の地図利用時とカーナビ利用時でこのように地図表示に関する派閥が変わるということは、同じように目的地への道案内役として使用していながら、おそらく自分の中で両者の役割・位置づけが異なっているということだと考えられます。その違いとは何なのでしょうか。

目的地へ到達するための「点」の情報と「線」の情報

一つ考えられるのは、現在地の把握に重点が置かれているのか、それとも目的地への誘導に重きが置かれているのか、という違いです。カーナビ利用では先に挙げた①~④の手順すべてが機械任せになり、③のルートを間違いなくたどることが重要になります。一方紙媒体の地図利用ではそもそもの大前提として①の現在地点を把握することが重要です。これはカーナビ利用では目的地へのルートという「線」が重視されるのに対して、紙媒体の地図利用では自分の現在位置という「点」の情報がより重視されるということだと考えられます。

 このこととあわせて、カーナビ利用時のほうが大縮尺での地図を利用するという傾向があるように思います。つまりカーナビ利用時は「次に曲がる交差点」等の状態がよりクローズアップされていることが重要で、ルートの全体像の把握は相対的にプライオリティが下がっていると言えるかもしれません。これに対して紙媒体の地図ではルートの全体像の把握と「次に曲がる交差点」の把握がともに重要であるため、カーナビ利用時に比べるとより小縮尺のほうが都合がよいとも考えられます。

 このように考えてみると、どちらも目的地に到達するための補助手段ではあるものの、単純にカーナビが道路地図に取って代わったということではなさそうです。それぞれから得られる情報の特性や運転そのものの行動との関係性など、より深掘りをすることで旅行・観光情報の提供方法という観点から新しい発見がありそうです。

ふだんこのようなことを気にしながら運転しているわけではありませんが、自動車での移動にも興味深いテーマがまだまだ潜んでいるように思います。今回は目的地に到達するための手段としての自動車と、それを補助するツールとしての地図やカーナビの利用に焦点を当ててみましたが、一方で「移動することそのものの楽しみ」も旅行や観光を考える際には引き続き外すことの出来ないテーマです。こちらについてもあらためて考察してみたいと考えています。