“ムダ”は本当に“無駄”なのか!? [コラムvol.142]

2011.06.03

企画課長 牧野博明
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 長期に渡る景気及び経済の低迷の影響もあり、“ムダ”に対する意識がますます高まっているように感じられます。例えば、国の政策においては「無駄の排除」がキャッチフレーズのごとく連呼されており、民間企業であれば「カンバン方式」に代表される効率性の追求が必須となっています。
 裏を返せば、これまでは無駄なものがある程度存在しても黙認されてきたということになります。何らかの方法で無駄をカバーしてこられたと考えられますが、景気の低迷や世界レベルでの競争などの要因により、無駄を温存する余裕は次第になくなり、聖域とされる部分であっても容赦なくメスを入れられる状況となっています。
 節電を挙げるまでもなく、無駄をなくすことが重要であるのは間違いありませんが、“ムダ”と呼ばれるものが本当に全て“無駄”なのでしょうか。“ムダ”の全くない世界は、余裕もなく窮屈に感じられ、かえって様々な悪影響を及ぼすように思われます。

■“ムダ”は必ずしも“無駄”ではない!?

 “ムダ”と呼ばれている「もの」や「こと」の中には、本当に不要なものと、不要に見えるが実は必要であるものの2つのタイプがあると思います。後者は、一見すると役に立たない、あるいは必要でないように思われるかもしれませんが、実は大変重要な役割を果たす“ムダ”と言えます。
 後者の好例として、自動車のアクセルやブレーキの「遊び」があげられます。この「遊び」はアクセルやブレーキの効きの調整機能にあたる部分で、僅かにペダルを踏んだだけでは効かない仕組みとなっています。これには、機器を保護するという目的もありますが、急発進・急ブレーキによる危険を避けるという重要な役割も担っています。動作の効率性を考えるだけであれば「遊び」は“無駄”と捉えられるかもしれませんが、これはまさしく必要な“ムダ”と言えます。但し、「遊び」を大きくしすぎると本当の無駄が発生してしまうので、“適度”な「遊び」が求められます。
 また、経済分野における「在庫」についても“適度”の判断が求められます。3月11日に発生した東日本大震災では、「在庫不足」が大きな問題となりました。企業や組織では経費縮小のため、在庫をなるべくもたないことが使命とされていますが、今回は一部の製造業や小売業においてそれが裏目となってしまいました。だからといって、「在庫」を増やせば企業が苦しむこととなります。そのため、「在庫」を増加させるのではなく流通ルートを確保・強化するという考え方に重点が置かれる傾向がみられ、これにより“適度”な「在庫」となることが期待されます。
 その一方で、“適度”の概念が当てはまりにくいものとして、「美術」「芸術」の視点があげられます。例えば、建造物については、「芸術性」を追求すればするほど「機能性」を失う傾向がみられるため“無駄”と評されてしまいがちです。逆に「機能性」を強調しすぎると「個性」を失うため、芸術的な観点から見れば“無駄”と捉えられてしまうかもしれません。

■生活においても“ムダ”は必要!

 人間に対しても同様のことが言えると思います。人間は24時間休まず動くことはできないので、睡眠を含めた休憩が必要です。適切な活動を行うためには適度な休憩が求められるため、他人から見れば“無駄”と捉えられるような休憩時間も、本人にとっては大変重要な“ムダ”となります(もちろん、必要以上の休憩時間は“無駄”となる可能性があります)。日本人の性格的側面もあり、休みを取ることは「悪」のように捉えられる傾向がありますが、時間をかけてでもそのような意識を変えていく必要があると思います。必要な休憩を取ることで、労働生産性の向上だけでなく、医学的見地からの効果も期待されます。

■旅行・観光は“ムダ”?

 最後に、旅行・観光について触れたいと思います。旅行・観光は、受け入れる側からみると、それが生業となっている人(旅行会社、運輸業、土産屋等の小売業、宿泊業、観光施設など)にとってはもちろん必要不可欠なものであります。また、直接的ではないものの、間接的な影響(波及効果)が及ぶあらゆる業種においても決して無駄ではないと言えます。
 一方で、旅行・観光を行う立場からみると、かつては旅行自体を楽しむことはもちろん、自分磨きや気分転換・リフレッシュのため、あるいは旅行に行くこと自体がステータスと捉えられていたこともあり、今以上に旅行の意義や効用が認識されていたように思われます。それに対し、近年は趣味や興味の多様化、テレビやインターネット等を通じた観光地情報の手軽な入手、あるいは保守的な生活スタイルを反映し、旅行・観光に対する意識がかつてほど高くないように感じられます。つまり、旅行・観光が「目的」から「手段」へと移っているように思われます。おそらく、旅行・観光を行う「目的」が見いだせないため、その必要性が感じられなくなっている(“無駄”に感じる)のではないでしょうか。
 製造業や流通業などであれば、効率性を追求することが目的や意義となるため、“無駄”の排除につながります。一方、旅行・観光の場合は、人間性の回復や深化、訪れる地域の活性化への寄与・貢献などが目的や意義となり、これが例え僅かでも達成される時に“無駄”でなくなるように思われます。このように考えますと、旅行・観光の場合、「無駄かそうでないか」ではなく「無駄にするかしないか」が問われるのではないでしょうか。
 もっとも、目的や意義を見いだし旅行・観光を行うためには、ある程度の“ムダ”な時間が必要になります。余裕のない現代ですが、“ムダ”な時間も上手に活用したいものです。

 

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