観光地に対する「ファン」の育成 [コラムvol.318]

ファン型リピーター育成の重要性

 筆者の主な研究テーマのひとつは、特定の国内観光地に対するリピーターをどのようにして増大させるかということです。一口にリピーターといっても、地域に思い入れがあって積極的に訪れてくれている、いわば「観光地のファン」となってくれている客層と、旅行代金が安かったからとか、新しいイベントがあったから久しぶりに訪問しようと思ったというような、それほど積極的ではない客層に分けることができます。このうち、観光地のマネジメントという観点から増大させることが望ましいのは、前者の「ファン」的なリピーターです。リピーター本人たちが定期的に訪れてくれるだけでなく、周りの人たちに当該地域のことを旅行先として推奨するような、口コミの発信元となってもらえる効果があるからです。さらには、自然災害などで観光地がピンチに立たされた状況にあっても、支援のために訪問してくれることも期待できます。

ファン=観光地への強い愛着がある人

 それでは、観光地のファンとは、具体的にどのような状態にある旅行者のことを指すのでしょうか?

 観光研究の知見を参考にすると、観光地へのファンとは、その地域への強い「愛着」を持っている人と言い換えることができます。ここでいう愛着とは、学術的に定義すると「特定の観光地と旅行者の間に形成された心理的な絆」のことを指します。すなわち、観光地のファンとは、特定の地域に対して心理的な絆を強く感じている人たちであるといえます。

 これまでの観光研究では、「愛着」の度合いをアンケート調査によって測定するための質問項目(尺度)がいくつか開発されています。それらの研究では、ストレートに「あなたは○○地域に心理的な絆がありますか?」と尋ねても回答者から的確な反応が得られることは難しいので、主に3つの要素について、それぞれ少しずつ違った角度からの複数の質問に対する評価を回答者に求め、総合的な評価結果を得点化することによって、数量的に「愛着度」を測定するというアプローチを採用しています。

 上記の3つの要素とは、以下の通りです(参照した研究はすべて英語論文であり、日本語に訳しても少しわかりづらかったので、筆者によって日常的な言葉づかいに近づけた表現に改変しています)。

(1)自分と観光地との結びつき (2)観光地への好意 (3)他の地域よりも良いという評価

 まず、(1)についてですが、愛着の学術的定義である「心理的な絆」を色濃く反映した要素であり、自分と特定の地域との結びつきや一体感がどれくらいあるかを表したものです。(2)は、文字通り、その地域に対する感情的な好意を表したものです。(3)は、特定の地域に対して思い入れがあるということは、他の地域よりも良いと思っているというロジックから導き出された要素であると思われます。理論上は、(1)~(3)の評価を高めることが愛着度の向上を示し、最終的には安定的なリピート訪問や、ポジティブな口コミの発信行動、ピンチのときの支援活動につながっていくと考えられています(下図参照)。換言すれば、観光地に対するファンを育成するためには、(1)~(3)の評価を高めることが重要となります。

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「自分の一部」とまでいえる地域は誰もが持ち得るのか?

 しかし、このように書いておきながら、筆者はある疑問も感じています。それは、「自分と強く結びついている」と感じたり、「○○地域は私の一部である」とまで感じたりするような観光地というものは誰もが持ち得るものなのだろうか? ということです。もちろん、特定の観光地が自らのアイデンティティ形成にとって重要な要素の一つであり、自分と強く結びついていると感じている人が実際に存在することは想像できます。筆者がかつて沖縄の離島観光に関する調査に携わっていたときには、そういった方々にお会いする機会もありました。その一方で、平均的な日本人が1年に1~2回しか、国内宿泊観光旅行に出かけないような現状においては、それほど頻繁に接触しない観光地という存在に対して、そこまで強い一体感を認識することは難しいのではないかとも考えるのです。

 こうした疑問が生じる背景には、観光地に対する愛着に関する研究のほとんどが、旅行環境が異なる海外で行われていることが影響していると思われます。今後は、日本国内の状況も考慮に入れながら、「愛着度」の測定を通じた、観光地に対するファン育成に向けた研究を進めることが求められるといえるでしょう。

参考文献

  • 大方優子・五十嵐正毅. (2015). 旅行先へのリピーターの行動特性に関する研究―リピーターの類型化―. 産業経営研究所報, 47, 15-25.
  • Tsai, S. P. (2012). Place attachment and tourism marketing: Investigating international tourists in Singapore. International Journal of Tourism Research, 14(2), 139-152.
  • Yuksel, A., Yuksel, F., & Bilim, Y. (2010). Destination attachment: Effects on customer satisfaction and cognitive, affective and conative loyalty. Tourism Management, 31(2), 274-284.