この6~7年の間に30ヶ所を越える温泉地を取材してきました。異口同音に聞かれることの一つに、「団体から個人客へ」というお客様の変化があります。我々の調査でも、個人旅行の比率は約9割を占めています(『旅行者動向2007』)。全国の温泉地や旅館では、この「個人化」に対応すべく、いろいろな対応策に取組んでいます。

 多くの温泉観光地では、マーケットの主流となった中高年の「歩く」志向に合わせ、温泉街での歩く楽しみを復活しようと、足湯や遊歩道を整備したり、商店街の魅力づくりに努めています。また地元の農家と組んでの朝市の開催や、地場産業や伝統工芸と連携した体験プログラムの開発など、「体験」「ほんもの」をキーワードに幾種類もの体験メニューを揃えようとしています。

 また個々の旅館でも、個人客のいろいろな要望に応えるべく、ハードの改装やソフト面での工夫がなされています。ある大型温泉旅館では、あまり使われなくなった大広間をオープンキッチンの食事処に改装し、個別のオーダーにも対応できるようにしました。また、会席メニューの大半を選択性にして、「個人化」したお客様から好評を得ている旅館もあります。



 ところが、こうして多くの温泉地や温泉旅館が「団体から個人客へ」という大きなトレンドに合わせようといろいろと努力しているなかで、あえて団体客に着目している温泉旅館があるのです。

 青森の古牧温泉青森屋(旧古牧グランドホテルから08年4月に改称)です。ここは、観光経済新聞社主催の「にっぽんの温泉100選」で何度も1位に選ばれるなど人気の温泉地で、新幹線の八戸駅が開業した2002年には約50万人が訪れていました。新幹線八戸駅開業に伴う「勝ち組」と見られていましたが、実態は1泊朝食付き3千円などの超格安商品による集客効果も大きかったようです。じゅうぶんな利益を出すことができず04年に経営破たん、現在はゴールドマンサックスグループの主導により経営再建中です。

 古牧温泉青森屋は4つのホテル、合計330室からなる大型宿泊施設です。新たに運営を任された星野リゾートでは、団体を念頭に造られた施設を短期間の間に団体から個人客向けにシフトさせることは難しいと考え、どうしたら団体客をもういちど呼び戻せるか、を考えました。たどり着いた結論は、コンセプトの再構築と新しくて楽しい宴会の提案です。まず、旅館全体のコンセプトは、地元青森に徹底的にこだわりお客様に青森文化を体感してもらうこととし、それを”のれそれ”青森と表現しました。”のれそれ”とは、津軽弁でめいっぱいとか徹底的に、という意味です。そして、「地域性を際立たせた徹底的な非日常の演出」と「青森を素材に宴会を徹底的に面白くする」ことを始めたのです。

 「団体から個人客へ」という大きなトレンドは確かですが、落ち込みを団体客の減少という外部要因のせいにしすぎていたのではないか、団体で旅行する楽しさ、特に宴会の楽しさを今まで十分に演出しきれていなかったのではないかという気づき。乗用車も結婚式も年々その流行スタイルは変化していくものです。十年一日のごとく同じやり方の宴会ではなく、もっと楽しくて参加者がみんなわくわくするようなものを新しく提案できれば、団体客は戻ってくる。また、それを見た個人客も宴会に参加したくなるはずだ、と考えたのです。再び価格競争に陥らないための新たな付加価値づくりを念頭に置いたのは言うまでもありません。

 シンボルとなった食事施設「みちのく祭りや」では、青森三大祭の「青森ねぶた」「弘前ねぷた」「八戸三社大祭」の本物の山車が飾られ、毎夜祭りが繰り広げられています。宿泊客は青森の魅力を食べて、観て、踊るのです。また同じ施設内の「じゃわめぐ広場」では、懐かしい射的や輪投げなどが楽しめ、ステージでは津軽三味線などが生で演奏されています。スタッフは地域性を際立たせるためにできるだけ方言を話します。古牧温泉はワンパターンに陥っていた旅館の宴会をテーマ性のあるエンターテイメントに仕上げることで、団体客を呼び戻し新しいマーケットの掘り起こしに成功しつつあるのです。新たなチャレンジや手ごたえに、若いスタッフたちがやる気に満ちていたことも印象的でした。



 マーケット全体を見ると確かに個人客化に目を奪われますが、国内旅行に占める団体旅行の比率は8パーセント前後で推移しており、15人以上の一般団体(学生団体を除く)の宿泊人員シェアは20%余と、ここ5年間ほとんど変わっていません(『JTB宿泊白書2007』)。団体旅行がすべて個人旅行に入れ替わってしまうわけではないのです。

 古牧温泉の例は、我々にいろいろなことを教えてくれます。旅行や宿に泊まることは、もともと単純に「楽しい」「非日常」体験であり、そのような体験を通して同行者との「コミュニケーション」を深めていたのです。個人の多様な要望に対応することはとても大切なことですが、旅行や宿泊の原点に戻り、「もっと楽しいこと」「仲間との親睦の楽しさ」「非日常的な体験」「地域性への徹底的なこだわり」を提案することに知恵を出してみること、そこに新しい展開が開けるのではないでしょうか。

 トレンドに目を向け、平均値を知ることは大切ですが、それに囚われず、自分たちの地域や旅館が持つ資源性との兼ね合いの中であらためてどこを狙っていくのか、です。なんでも外部環境の変化にするのではなく、旅行の動機となる「楽しい!」にもっともっとこだわった工夫や提案によって、国内旅行はさらに魅力的になると信じています。