“Guest Experience”と“Customer Experience”―官民のパートナーシップの事例― [コラムvol.419]

2020.04.13

観光政策研究部 戦略・マネジメント室 研究員 小坂典子

 今シーズン、スキーリゾートの経営や地域との連携について学ぶため米国コロラド州のベイルタウン(Town of Vail)に行ってきました。そのなかで、本コラムのタイトルにもある”カスタマーエクスペリエンス”と”ゲストエクスペリエンス”という言葉に出会い、観光地域における行政と民間のパートナーシップのひとつのあり方として関心深かったため、ご紹介できればと思います。

(本コラムはベイルタウンへのヒアリングにより得た情報をもとに整理をしたものです)

はじめに

 まず、ベイルタウンの基本的な情報を簡単に整理したいと思います。ベイルタウンは米国を代表するマウンテンリゾートですが、もともとそこに町があったわけではなくスキー場ができた後にうまれた町です。1962年にスキー場がオープンし、その4年後の1966年に町ができました。スキー場は当時のベイル・アソシエイツによって運営されていましたが1997年に経営破綻、その後現在のベイル・リゾーツ(Vail Resorts)によって再建され、タウンとのパートナーシップを取りながらその後の約20年間で北米トップクラスのスキーリゾートとなりました。

(ベイルタウンの基本情報)

  • 人口 :5,600 人程度
  • 標高約 2,484m, 約 12 ㎢、町の周辺の多くは公有地・国有地
  • 従業員、フルタイム 5,000 人程度、パートタイム 5,000 人程度
  • 年間来訪者数:約280万人
  • 町のコアコンセプト:「Community」「Experience」「Economy」「Sustainability」
  • ベイルスキー場(経営・運営:Vail Resorts)のベースタウン

ベイルタウンでの行政と民間の役割分担

 ベイルタウンでは、タウン(行政側)の役割を「ゲストエクスペリエンス」の向上、スキー場(ベイル・リゾーツ)の役割を「カスタマーエクスペリエンス」の向上としています。

 ところで、「ゲスト」と「カスタマー」とは何が違うのでしょうか。どちらも同じ「お客様」を表す単語だと思いますが、辞書で引いてみると以下のようになります。

Guest: someone who is invited to an event or special occasion
    someone you have invited to stay in your home for a short time
    someone who is paying to stay in a hotel
Customer: someone who buys goods or services from a shop, company etc.,

 つまり、「ゲスト」はタウンに滞在するお客様、「カスタマー」はスキー場にお金を払ってスキー場での体験を楽しむお客様、となります。もちろん、両者は独立するものではなく、重複する部分が大きくなります(図参照)。この重複する部分を両者で連携していこうということだと整理できます。

 実際には、自分たちの役割はAだからBはやらない、というように完璧に分けているわけではありませんが、敢えて言葉を区別することによってそれぞれの立場と役割を意識しながら連携していっていると考えられます。一方で、ベイルタウンに対するヒアリングで強調して述べられていたことが、”私たちはゲストエクスペリエンスとカスタマーエクスペリエンスというように役割分担を意識しているが、お客様からはタウンとスキー場の境がわからないようにすること、いかにシームレスにするかということを意識している”、ということでした。自分たちの役割は明確にして連携しながらも、来訪者にはそれに気づかせることなくベイルでの総合的な滞在経験と満足感を提供するという意識であり、実際に私自身が来訪者として数日間滞在するなかでもスキー場とタウンとの境は、ハード面でもサービス面でもほとんど感じることはありませんでした。

(上段)ベイルタウン内、(下段)ベイルスキー場でのフォトサービス:
撮影された写真は顧客のベイルApp内に保存される仕組みになっている[筆者撮影]

 では、具体的にどのような連携をしているかというと、大きく分けるとベイルタウンは行政としての役割に加えて夏季のマーケティング・プロモーションと活性化、スキー場(ベイル・リゾーツ)はスキー場としての役割に専念といえます(詳しくは図を参照ください)。また、行政施策を支える財源の一部(無料シャトルバスの整備・運行等)はリフト券税が充当されており、取組みだけではなく財源まで踏み込んだ連携構造が確認できます。

図:ベイルタウンへのヒアリング及びタウンウェブサイトをもとに筆者作成

どうやって連携を図っているのか

 このように綿密な連携が図られているベイルタウンとベイル・リゾーツですが、どのようにしてこうした連携が可能となっているのでしょうか。タウンの職員に率直に聞いてみたところ、毎週一回、町長やタウン職員も含めて参加するミーティングを開いており、この場でビジョンの共有や取組みの進行状況の共有及び調整を行っているとのことでした。そう聞いても、でもどうしてできるの、と思うところでしたが、こうした頻度の高さがより活発な意見交換のために効いているということは言えるかと思います。

 また、有権者である住民の意識の高さも重要な要素となっていると考えられます。ベイルタウンでは住民が政策に参画する機会が多く設けられており(2週間に1回のカウンシルミーティングやカウンシルコミッション等)、意識的に住民意見を政策に吸い上げ、町の政策方向性にもつながっています。ベイルタウンが向いている方向は、ベイル・リゾーツではなくあくまでも住民であり、住民が望む高質な環境づくりが施策の目的です(※1)。しかし、それらがベイル・リゾーツにとってもカスタマーの滞在経験を向上させる基盤ともなっているのです。さらに、ベイル・リゾーツをきっかけにベイルタウンのファンとなった方々が住民となり、ベイルタウンの政策をさらに加速させている、といった好循環が回っています。

※1:2年に1度コミュニティサーベイ(住民調査)を行い、政策課題の導出に活用している。

サスティナビリティを最重要課題に – 官民一体となった推進体制の確保

 ベイルタウンでは、サスティナビリティを最重要課題と位置づけ、グローバルサステイナブルツーリズム協議会(Global Sustainable Tourism Council, 以下GSTC(※2))が定める“sustainable destination"にも認定されています(2017年の認定時には米国で初マウンテンリゾートで初の認定)。この認定を受けるためには、40以上もの基準(Global Sustainable Tourism Criteria(国際基準GSTC))を満たさなくてはならず、行政だけではなくタウン内の多くの企業との協働が欠かせないものであったといえます。では、どうやってこの厳しい認定をクリアしたのでしょうか。

 ベイルタウンでは、省エネルギー化や温室効果ガス削減、廃棄物削減等の行政での取組みと並行して、タウン内の企業向けに持続可能なビジネストレーニングを導入しました(※3)。このトレーニングは、サスティナビリティに関する基本的な知識とともに、個々の企業の日常業務のなかに“サスティナビリティ”を組み込むための具体的な手法を学ぶものとなっています。こうした具体的かつ実践的なトレーニングをタウン内の企業が受けることによって、行政が指揮をとらなくともタウン全体がサスティナビリティ推進の方向に動いていく状態がつくられたのだと考えられます。このように、個別施策での連携だけではなく意識レベルから一体となった推進体制を構築している点も学べる点だと感じます。

※2: 国連世界観光機関(UNWTO)を含む約30の国際機関等から構成される組織
※3:Sustainable Travel Internationalが設計し、Walking Mountains Science Centerが運営する地元企業向けの持続可能性トレーニングおよび認定プログラム。ベイルでは、216以上の企業が参加し、57の企業が認定を受けている。

(ベイルタウンの”Sustainability Destination”認定までの取組み概要)

  • 2015年にFISアルペンワールドカップがベイルとビーバークリークで開催されることに先立ち、2013年からベイルタウンはGlobal Sustainable Tourism Criteria(国際基準GSTC)に合格することを目指す。この時点で米国での認定地域はなくベイルが認定されれば米国初となる。
  • 自然環境管理や気候変動への対応、温室効果ガス削減、文化の保全、環境負荷の小さな交通、廃棄物の削減、安全や健康等、各側面での取組みに加え、地元企業向けの持続可能なビジネストレーニング(※2)を導入
  • その結果、4年後の2017年に米国で初めて、またマウンテンリゾートとして初めて、国際基準GSTCを満たし、Sustainability Destination,及びTop 100 Sustainability Resortに選ばれた
  • ※ベイルタウンの認定までの取組みは、“Mountain IDEAL” sustainability standard for Mountain Resort Communitiesの開発にもつながっている。

 ちなみに、現在のサスティナビリティに関する取組みはというと、ベイルタウンでは大きく、廃棄物削減・リサイクル・リユース、再生可能エネルギー化、生態系の保全の3つの分野についてダイナミックな目標を定め、目標達成に向けた各種取組を推進しています。

(ベイルタウンでの現在のサスティナビリティに関する取組み)

  • 廃棄物削減・リサイクル・リユース
    2009年時点と比較して2019 年までに 25%、2025 年までに 50%のリサイクル・ リユース率、長期的には廃棄物ゼロとする取組み(2020年時点で25%削減目標は達成済)
  • 再生可能エネルギー化
    2021年までに町のエネルギーの70%を再生可能エネルギーとする取組み
  • 生態系保全
    タウン内の河川(Gore creek)の保全・再生に関する取組み

 また、タウンを代表する企業ベイル・リゾーツにおいても、自社で排出するエネルギーの削減や廃棄物削減、森林保全活動への寄付金支援等に積極的に取組み、特設のウェブサイトも設置して取組みの発信や啓もう活動も行っています(参考: http://www.epicpromise.com/)。

ベイル・リゾーツが運営するスキー場内のレストランに設置されているコンポストステーション[筆者撮影]

 以上、ベイルタウンにおける官民のパートナーシップについてご紹介させていただきました。この例をそのまま、どの地域にも当てはめることができるわけではないと思いますが、ますます先が見えない世の中、あらゆる出来事に対して柔軟に対応していくためにも、地域内での連携はより重要となってくると思います。そのために少しでも参考になれば幸いです。

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