インバウンド市場と歴史文化観光 [コラムvol.228]

2014.10.24

観光政策研究部 塩谷英生
研究員コラム

歴史文化観光の基礎研究に着手

 先日、久しぶりに金沢城公園を訪れる機会がありました。
 陽がすっかり傾いた頃でしたが、百間堀の長大な石垣と櫓に連なる白壁の美しさは、流石の加賀百万石を感じさせるものでした。
 しかし城内を歩いてみて目を瞠ったのは、金沢城一円を飾る樹木や芝の美しさです。金沢では、兼六園の雪吊りから通りの街路樹に至るまで、植木職人の堅実な仕事ぶりが行き届いているようです。そして、おそらく石川県などが継続的に十分な予算を付けているので、こうした仕事が世界に誇り得る水準で成立しているのだろうと想像しました。東京の上下水道、札幌の除雪、熊本の地下水活用など、都市部の公共事業が育んだ技術は少なくありませんが、金沢では造園業がその1つなのでしょう。

 さておき、こうした斜めからの視点は、学生時代の私には(当時はお城めぐりを趣味としていましたが)無かった類のものです。同じ人間が同じ歴史観光地を訪れても、その時々の経験値や関心の違いによって感じ取る部分は違って来ます。ましてや個人差となると大きなものがあるでしょう。
 歴史文化財への知識や真正性へのこだわり度、あるいはグルメや物産などの周辺資源への関心範囲によって、訪問する歴史観光地の選択基準や活動パターンも違ってくるはずです。例えば、歴史ガイドへのニーズの違い、A級資源ピンポイント型かC級資源も含めた回遊型か、あるいは土産品購入への志向などです。
 前置きが長くなりましたが、こうした市場構造の調査を含む「歴史文化観光とその振興施策に関する基礎的研究」に今年度着手することにしました。手始めに、歴史文化観光への関心度や活動実態等について、国外、国内での市場調査を元に明らかにしていきます。並行して視察調査を行い、施策体系や推進体制、財源等についても整理する予定です。

アジア市場における歴史文化観光の可能性と課題

 観光庁の「訪日外国人消費動向調査(2013年)」をみると、「日本の歴史・伝統文化体験」の経験率がアジアで低い実態があります(図1)。

図1. 日本の歴史・伝統文化体験(今回経験率と次回希望率)(複数回答)
図

 訪日客数の多くを占めるアジアで、歴史文化観光を地域で底上げしていく手懸かりを得るべく、FIT(個人手配旅行・フリープラン型旅行)で訪日予定のあるアジア人(台・韓・中・タイ)を対象に、日本の歴史文化観光への関心度と希望訪問地についてのアンケートを行いました。
 この調査を通じての感想を3点ほど述べたいと思います(詳細については、近日中に当財団ホームページで発表予定です)。
 先ず1点目は、地域における歴史観光資源の可能性を感じたことです。
 日本が競争力を持つ観光活動を聞いた結果、「歴史ある観光地めぐり」は31.5%と20の選択肢の中で第4位に挙げられています。これは、「温泉めぐり」「産地で楽しむグルメ旅行」「花見」に次いで4番目に高い回答率です(図1)。
 別の設問で、これらの活動の中で地方で体験したい活動を挙げてもらっていますが、競争力の高い活動の多くは、地方で体験できる活動として認識されていることがわかります(図1の折れ線グラフ)。「歴史ある観光地めぐり」は45.5%の人が地方で体験したい活動として挙げていて、潜在的な需要の大きさを感じさせます。言語の問題や交通アクセスの課題はありますが、温泉や花見とうまく組み合わせることで、需要の顕在化を図って行けるかもしれません。

図2.  日本が他の国より優れていると思うものと地方で体験したい活動(複数回答)
図

 2点目は、一方で、歴史文化観光の市場がまだまだ発展途上段階だという点です。
 来訪したい地域を聞いた質問では、京都、富士山、東京、大阪などのゴールデンルートや北海道といった受入実績のある観光地に回答が集まる傾向があり、例えば冒頭で挙げた金沢や、高山、倉敷、伊勢神宮といった回答は少ないのが現状となっています。
 歴史文化に関する情報も偏在している印象があります。例えば、日本では馴染みの少ない「上町台地(うえまちだいち)」との回答がタイで5票寄せられています。「安国寺」との回答がタイと中国で4票ありますが、ほとんどはアニメの「一休さん」の寺として回答されているようで、京都市内には存在しない寺です。まだまだ日本の歴史文化に関する情報量は少なく、平均化もされていない段階にあるのではないでしょうか。
 3点目は、歴史文化観光に持つイメージの違いです。例えば、「富士山」や「天橋立」との回答は特に中国人に多くなっています。名勝や景勝地などは、日本人へのアンケートでは歴史文化観光地としては名前が挙がりにくい印象がありますが、中国では趣が異なるようです。
 また、明治以降の資源も受け入れられる余地が大きいようです。「皇居」「明治神宮」「函館」のような幕末・明治以降の歴史文化資源が少なからず挙げられています。さらに、大阪城や名古屋城など、コンクリート作りで再建された建造物であっても多くの回答を集めていることから、文化財の真正性は必ずしも重視されていない印象を持ちました。日本の文化財の多くが明治維新や太平洋戦争等で失われましたが、昭和以降の比較的新しい建造物群であっても、造園や催しものなど、地域の人の手が入ることで文化財としての付加価値を高めていくことができるのではないでしょうか。
 以上、まだ緒に就いたばかりの研究ですが、この冬に予定している国内市場の調査はより詳細な内容になると思いますので、改めて当財団のホームページをご覧いただければ幸いです。

 

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