近年、「産業観光」や「産業遺産(ヘリテージ)」という言葉が全国で脚光を浴びつつあり、このテーマの調査・研究にたずさわっている身としては大変喜ばしく感じています。従来の自然資源(山岳、河川、海浜など)や人文資源(社寺・仏閣、遺跡など)とは異なり、人々の暮らしや生活に密着する(していた)産業観光資源を活用した「産業観光」「産業遺産(ヘリテージ)」は、地域活性化の新たな一面を見いだす可能性を秘めていると言えます。ただ、似たような言葉である両者の違いはどこにあるのでしょうか。

■産業観光の定義

 産業観光の定義については、例えば「産業観光推進会議」(平成18年3月)では、「歴史的・文化的価値のある産業文化財(産業遺構)や工場・工房及び産業製品、コンテンツなどソフト資源を観光資源とする新しい観光形態であり、それらの価値や意味、面白さにふれることにより、人的交流を促進するもの」と定められています。要するに、『産業』にかかわるものであれば、新しいものから古いものまで、農林水産業からサービス業に至るまで、目に見えないもの(技術や文化など)から存在するもの(建物や製品など)まで全てが「産業観光」の対象であり、「産業遺産(ヘリテージ)」もここに含まれることとなります。

 その一方で、「産業遺産(ヘリテージ)」については、例えば「日本近代化遺産を歩く」((財)日本ナショナルトラスト)に「幕末から明治、大正、昭和初期に日本の近代化に貢献した施設・建造物」と示されているように、昭和初期以前(一般的には第二次世界大戦終了年である1945年以前を指すことが多い)のもの(施設・建造物だけでなく、技術などの目に見えないものも含む)を指す傾向がみられます。そのため、1945年以降のものについては「産業遺産(ヘリテージ)」と呼ばないようです。ならばこれらを総称で何と呼べばいいのかは分かりませんが(現状では「工場施設」「工房施設」など、それぞれの施設タイプ等に応じて呼ぶことが多い)、仮にここでは「産業資源」と呼ぶとすると、「産業遺産(ヘリテージ)」と「産業資源」は時間軸(近代化への貢献の有無)により分類されることとなります。但し、前者のなかには現在も現役として活用されているもの(駅舎、橋梁、工場設備など)があり、「“遺産”などと呼んでもらいたくない!」と言われる所有者もいらっしゃるため、対応が難しいものです。逆に、1945年以降のものであっても、現在は使用されていないかもしくは別の用途で使われているものもあるため、これらの一部(特に高い価値を見いだせるもの)は「産業遺産」と呼ばれてもいいように思われます。

■活用におけるアプローチ・対処方法の異なり

 ここまでは時間軸をキーワードに両者の違いを述べてきましたが、これはあくまでも言葉の定義に過ぎません。産業観光の推進に関わる(今後関わってくる)人にとっては、アプローチや対処方策など、具体的な部分での違いが気になるのではないかと思われます。

 「産業遺産(ヘリテージ)」(ここでは当初の産業活動は終了しており、まだ他の目的・用途に転用されていない状態の施設等を想定)については、地域・所有企業の歴史的背景や地域住民・所有者等の意向を考慮しつつ、博物館・展示館、商業施設、オフィス、モニュメントなど、ある程度自由な発想で活用方策を模索することができ、各種の厳しい制約(法律等による制限、維持・修繕技術、費用など)をクリアすれば、従来の観光資源と同様に観光への活用(観光事業への取り組み)が行いやすくなります(但し、これまでの活用事例をみても、多くの制約条件をクリアするのは並大抵のことではない!)。これに対し、現役の「産業資源」では実際に産業活動が行われており、従業員の出入り等もあるため、安全性、機密性、作業効率性のもと、見学内容や見学範囲等において本業が優先され、観光・見学活動は二次的要素となることが多いです。もちろん、本業あっての産業観光なので、観光事業として活用する場合はその点への配慮が必要です。このように、「産業遺産(ヘリテージ)」と現役の「産業資源」とでは、対応に差が表れます。

■共通点

 ここまでは両者の違いを述べてきましたが、その一方で共通点も存在します。その一例として、「解説・説明の重要性」があげられます。もちろん、自然景観や社寺・仏閣を見る場合も説明があると理解が促されますが、ない場合でもその価値や美しさ・素晴らしさを“それとなく”実感することができます。但し、「産業観光」「産業遺産(ヘリテージ)」の場合、身近な製品や施設等であればまだしも、ある程度の詳しい説明がなければ、“何をやっている(いた)か”という根本的なことさえも理解できない場合が多いです。いわゆる「マニア」と呼ばれる人たちは別格かもしれませんが、一般の人を「基本的な部分が理解できるレベル」から「興味を抱くレベル」にまで押し上げていくためにも、解説・説明は大変重要です。ガイド(インタープリター)の配置、音声ガイドシステムの整備、案内板の設置など、規模や予算等によって手法は異なるかもしれませんが、いずれの方法であっても解説・説明の充実が求められます。解説・説明以外では、見学のための施設整備や情報発信(PR)、安全対策、見学事業費の捻出、所有者や周辺住民の理解の必要性なども共通項であると言えます。

 以上をまとめるとすれば、「産業遺産(ヘリテージ)」と現役の「産業資源」では、定義及び観光事業への取り組み方(考え方・見せ方等)の点で異なりがみられるので、対応に際しては留意が必要です。ただ、新旧の差はあれど根本は同じ「産業施設・設備」であるため、連携を取り合い、「産業観光」全体の活性化、さらには地域の活性化に貢献してもらいたいと願っています。

産業観光 ヘリテージ・ツーリズム
工場見学(中部電力(株)川越火力発電所)   産業遺産見学(福島県いわき市)