風景を生きたまま残すということ [コラムvol.168]

2012.06.11

観光文化事業部 堀木美告
col-168

 この5月、初めて訪れた飛騨古川のまち並みからは、住民が積極的・主体的にまちづくりに関わっているという印象を受けました。その背景にあるのは、地域コミュニティの力強さと意識の高さ。観光客の目に映る美しい風景も、形だけを残すのではなく、それを生きたまま残していくための地域コミュニティのあり方と一体で考えるべきことにあらためて気づかされました。

■五月の雨の中、飛騨古川を訪れて

 飛騨古川を訪れた当初の目的は、海外からの利用者も多く、口コミサイト「トリップアドバイザー」でも評価の高い「飛騨里山サイクリングツアー」に参加することです。デスティネーションとしての里山の魅力がどこにあるのか、参加者は里山のどこに魅力を感じているのか、外国人観光客の目には日本の里山がどのように映るのか…などのヒントを得ようと考えていました。
 ところが出発前夜の天気予報は雨模様。同行した上司の「晴れ男パワー」に期待したのですが、当日富山空港に降り立ってみるとやはり雨(実は私本人が雨男です…)。急遽予定を変更して、まずは徒歩で飛騨古川のまち並みを巡るツアーに参加し、サイクリングツアーは天候も回復する見込みのある翌日に延期することになりました。
 富山空港から飛騨古川までは2時間弱の道のりです。市役所前の駐車場にレンタカーを停めてまち歩きの身支度を調え、ツアーの起点となる事務所に向かいました。天候の都合で参加することになったプログラムですが、いくつもの発見があり、こちらも実りの大きい体験となりました。

■地域住民の日常生活と結びついた「食」にまつわるスポット

 今回参加したのは、「食」をテーマにした飛騨古川のまち歩きコース。旧市街地の一角、町家を改修した事務所を出発点に、3時間以上かけてゆっくりと歩いて巡るのは、落ち着いたまち並みの中に佇むそば屋、豆腐店、精米所、造り酒屋、湯葉や麹を扱うお店…など。これらの「食」にまつわるスポットをガイドさんとともに訪ねます。
 興味深かったのは、これらのお店が地域の方々の日常生活との強い結びつきを感じさせること。その具体的な結びつき方は様々です。例えば飛騨古川のまち中には豆腐屋さんがまち中に3軒もあります。これは住民の皆さんが周辺のスーパーなど大型店だけでなく、まち中の商店を日常的に利用していることの証と言えるでしょう。また、精米所は周辺の農地で栽培された米を扱っていて籾殻がまた農地に戻されるという域内循環ができています。また、飲食店も観光客向けというよりは住民向けのたたずまいのものが多いように感じました。

■まち並みの不思議な統一感~住民が楽しみながら創り出した風景

 これら「食」にまつわるスポットをつなぐようにまち中を巡っているうちに、不思議なことに気がつきました。古川地区のまち並みは全体的に落ち着いた雰囲気で、統一感があるのですが、個々の建築物を眺めてみると、必ずしも建築様式などが明確に統一されている訳ではなく、比較的バリエーションに富んでいる様子。ではこの統一感はどこから来るのか…?ここで案内して下さったガイドさんに促されて周囲をあらためて見回してみると、多くの木造建築の軒下の「肘木」という部材に「雲」と呼ばれる特徴的な装飾が施されています。実はそのデザインは建物ごとに少しずつ違っていて、手がけた大工さんが誰なのか分かるそうなのですが、共通してその先端部が白く塗られています。この視覚的な共通項があるため、建築様式にバリエーションがあっても、まち並み全体の統一感につながっているのでしょう。
 調べてみると、古川のまち並みに関連して「飛騨市景観条例(旧:飛騨古川ふるさと景観条例)」や「伝統的市街地における建築デザインガイドライン」が制定されているのですが、興味深いのが、「ガイドラインは家を建てるときの規制ではなく、古川の大工さんに頼むとおのずとこのような家になるということを示しただけです」という飛騨市担当者のコメント*1:です。飛騨古川のまち中では建築事務所や工務店の看板もたくさん見かけましたが、地域社会の中で「飛騨古川らしい建築やまち並み」に対する意識を共有したこれらの担い手が、生活感と統一感の共存するまち並みを実現させているのでしょう。
 また、商店だけでなく一般の家屋も景観に配慮した工夫を行っていることも印象的です。ガレージを木製の桟で隠したり、プランターを木製のものにしたり、家屋の入り口にかけた簾に竹筒の一輪挿しを飾り付けたり。そこからは「規制にあわせて風景を守る」というよりも、「自ら楽しみながら風景を創り出している」ような印象を受けました。

■コミュニティの共有する「そうば」と「こうと」の意識が地域を支える

 江戸時代末期から続く「古川祭」を支えてきた強固な地域コミュニティが今も息づいていることが、この背景にあるようです。周囲との調和や協調を旨とする「相場意識」が地域における暗黙の了解としてあり、これをやぶること=「相場崩し」を嫌う空気があるそうです*2、*3:。また、同様に「こうと」という概念(質素ながら気品があることを重んじる暮らしぶりを指す)があるそうで、このような言葉が生きて残っていることも、飛騨古川らしいまち並みのあり方について住民が主体的に考え、古川らしい風景を創り出すことを実践していることと無関係ではないでしょう。
 私は目に映る飛騨古川のまち並みを通して、その背後にある地域コミュニティの存在に興味を持ちました。前回のコラムでは「里山での『図』と『地』の関係性の変化」に触れましたが、本来、一つの地域における「図」と「地」は表裏一体の関係にあり、何が「図」となり何が「地」となるかは時代ごとの環境認識や、個々人の興味の持ち方によって変わりうる相対的なものなのでしょう。そう考えると、表面的なまち並みや景観がどうあるべきかだけでなく、それを支える地域の文化やコミュニティのあり方について一体的に捉える必要性にあらためて気づかされます。先ほど触れた「食」に関するスポットと地域の方々の日常生活の結びつきも、まさにこの例の一つだと言えるでしょう。

■風景を生きたまま残すということ

 今回まち歩きツアーで「食」にまつわるスポットを訪ねたことをきっかけに、地域の風景とその背後に蓄積された生活文化の関係について考えを巡らすことになりましたが、そのイメージを増幅してくれたのが飛騨古川訪問と前後して読んだ、西田正憲氏(奈良県立大学)の著書「自然の風景論」*4:です。わが国における風景へのまなざしの移り変わりを丁寧に追った大変示唆に富む著作ですが、特に私の印象に残ったのが、「生きている景観」、「持続する風景」といったキーワードです。西田氏は「人間の生活や生業によって表出された景観」は「生きている景観」であり、それについて、「持続させるのは簡単なことではない。それは、営みをおこなう人々や周辺の人々の参画と協働なくしてはありえないし、また、異分野の統合なくしてはありえない。これらの枠組みづくりが望まれる」と述べています。
 西田氏のいう「枠組み」を一つ一つの地域に対して考えることは簡単ではありませんが、観光を通じて風景の問題に携わる立場としても、観光客が求める美しい風景の「形」だけを残すのではなく、それを生きたまま残していくため地域コミュニティのあり方と一体で考えることの必要性を強く感じました。

瀬戸川と白壁 こうじのお店 瀬戸川沿いの街並み
参考資料:
*1: 「【古川】やんちゃ・こうと・そうばを尊ぶ街」愛知淑徳大学 谷沢明研究室ウェブサイト
http://www2.aasa.ac.jp/people/kanare/1425.htm
*2: 「まち再生事例データベース事例番号079文化が薫る活力とやすらぎのまち(岐阜県飛騨市・旧古川町地区)」国土交通省都市・地域整備局ウェブサイト
http://www.mlit.go.jp/crd/city/mint/htm_doc/pdf/079hida.pdf
*3: 「飛騨古川の地域力」柳七郎(地域開発2005.1「特集 地域力を探る」)
*4: 「自然の風景論 自然をめぐるまなざしと表象」西田正憲(ASAHI ECO BOOKS33)

 

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