2011年を振り返って -観光を元の姿に戻すのではなく新しい姿に転換を- [コラムvol.156]

◆要旨

 東日本大震災による観光への影響は今までにない深刻なものでしたが、これを100年に一度のリスクとして捉えるのではなく、観光地域と観光産業の在り方を見直すきっかけとして、新しい観光の姿と地域との係わりを作り上げる出発点となることを期待します。

◆本文

 3月11日に我が国を襲った東日本大震災とその後の原発災害はリーマンショックからの回復途上にあった我が国の観光旅行に未曾有の打撃を与えました。そして追い打ちをかけるように欧州通貨危機による経済低迷が懸念されています。2008年のリーマンショック以降、2009年:▲6.1%、2010年:▲7.7%と減少(当財団推定)した国内観光宿泊旅行市場は2011年の減少見通しも含めると3年間で2割から3割の市場縮小となる可能性があります。今回の事態は100年に一度の災害ではありますが、そこで表れた市場縮小による影響は少子高齢化による国内観光旅行市場の将来局面が一気に表面化した事態と捉えることも出来ます。このような観点から2011年の観光を振り返ってみます。

1. 観光市場の回復は「地元客」や「リピーター客」等のなじみ客、そして地域への思い入れを持ってくれる「地域ファン」から始まりました。このことは普段からの情報発信と顧客管理により、観光地として地元客やリピーター客を大切にすることが重要であることを示しています。
2. 津波災害地域では田野畑村や南三陸町など、日常の「観光まちづくり」が熱心であった地域が回復への足取りが速く、外部からの支援もこのような地域に多く働きました。地域住民と観光事業者、そして行政が一体となって観光による地域振興に取り組んできた成果が観光復興の推進力ともなったのです。
3. 被災地への観光客の入込は地域住民への配慮をしつつ始まりましたが、このような地域を応援する人の動きが住民との交流や消費活動を通じて復興への足がかりとなっています。地域を応援するボランティアツアーや被災地視察を通じての自己を見つめ直す旅など、復興プロセス自体が新しい(観光)旅行の価値観を生み出してきています。
4. 一方では観光地としてターゲット客層の絞り込みはリスクでもあることが明確になりました。インバウンド客偏重や学生団体への特化、あるいは遠距離からの周遊旅行客依存などによる影響です。ターゲット客層の絞り込みは観光地の個性化と表裏一体ではありますが、その客層の特性とリスクを理解した上で、異なるターゲット客層を組み合わせるリスクヘッジの意識も必要とされています。
5. 観光産業の動きでは、商圏の縮小や客層の変化に迅速に対応して集客活動やサービス・運営の体制を変化させた施設が顕著でした。このような市場変化に素早く対応して損益構造を転換し、被害を最小限に抑えたことが今後の市場回復時の体力につながると考えます。
6. 風評被害はマスメディアの持つ基本属性であり、これを防ぐためには公式な情報発信よりも、地域の実情をその目で見て情報発信をしてくれる人々のクチコミが有効であることがわかりました。そのためには普段から観光宣伝広告という視点だけでなく、人と人との繋がり、まちづくりの視点からの情報発信が重要であると考えます。
7. 旅館ホテルが持つ居住機能(客室と寝具、食材備蓄、衛生・入浴機能等)が避難所としての役割のみならず復興部隊の拠点としても活用され、宿泊産業の社会的役割が再認識されました。

 以上の事柄から見えてきたことは、観光まちづくりにより地域活性化に真剣に取り組んできた地域が地域ファンによるクチコミによる情報発信や支援活動の広がりとして観光復興に繋がったこと、そのためには地域活性化と観光振興を一体で考えられる人財育成の大切さでした。そしてこのような地域や観光産業では当面の課題である誘客プロモーションのみならず、地域や観光を元の姿に戻すのではなく、今回の災害で見えてきた市場変化に対応して新しい観光地域に転換する動きや、これをキッカケとして観光産業の事業構造を換えていこうとする意識が生まれてきています。多くの人命を奪った今回の災害ですが、それがこのような長期的、抜本的な観光まちづくりと観光産業の在り方を見直す動きにつながることを願ってやみません。