2016年を振り返って [コラムvol.329]

2016.12.26

理事・観光地域研究部長 寺崎 竜雄

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 12月も半ばを過ぎ、ますます慌ただしさを実感する頃となりました。
 本年も多くの皆さまにご指導とご鞭撻をいただきましたこと、この場を借りて感謝申し上げます。

 2016年、当財団は新たなステップを踏んだ年でした。春には文部科学省から学術研究機関の指定を受け、私たちの研究者としての活動が公的に確認されました。また、夏には社屋を南青山に新たに構え、念願であった「研究部門」と「旅の図書館」の一体運営を開始しました。「旅の図書館」の蔵書に「研究部門」で活用していた資料やデータ類を加えたことから、これまでの旅行情報収集のためのご利用に加えて、旅文化の探究や観光研究を目的としたご来館も増えたように思われます。

 今後も「実践的な学術研究機関」としての具体的な活動、観光研究のプラットフォームを意識した組織運営に取り組んでまいりますので、引き続き当財団にご注目ください。

「明日の日本を支える観光ビジョン」

 さて今年、我々観光研究者の最大の関心事は、『明日の日本を支える観光ビジョン構想会議(議長:内閣総理大臣)』が3月30日に発表した「明日の日本を支える観光ビジョン」だったのではないでしょうか。2020年の訪日外国人旅行者数を2015年の約2倍に相当する4,000万人、2030年には6,000万人を目指すという目標値には圧倒されました。そして目標達成に向けた「3つの視点」と「10の改革」を示し、間髪入れずに具体の施策が展開されています。その推進力には国をあげてという本気度を感じているところです。

 意欲的な数値目標に目がいきがちですが、私はビジョンの前文「観光先進国にむけて」に記載されている“全国津々浦々その土地ごとに、日常的に外国人旅行者をもてなし、我が国を舞台とした活発な異文化交流が育まれる、真に世界へ開かれた国。そこでは、次々と新たなサービスの創造やイノベーションが起こり、地域の産業・経済の足腰が強化されるといった好循環が創出される(原文のママ)”というくだりに注目しています。

 誘客による地方創生の方向性を簡潔明快に示し、極めて大胆な変革を地域に求めています。観光が地域の諸々を変えよ、異文化交流を通して新たな地域文化を創造せよ、ということです。やがて戦後の産業復興の次に訪れた産業構造の大変革、つまり観光産業革命の時代だったと振り返る時が来るかもしれません。ものづくり、技術立国は軸に置きながらも、特に地方における雇用の受け皿として観光由来のサービス産業に期待しようという動きです。

各地のアイデンティティをあえて意識せよ

 ところで誘客の源泉とは、自然環境とその中で培ってきた固有の文化です。それらには日本全体のイメージを形成しているものもあれば、地域の特徴となっているものもあるでしょう。その独自性を楽しむために人は訪れます。今はその貯金がたっぷりありますが、その貯金を取り崩すだけにならないようにしなければなりません。

 異文化交流により、文化は変質します。その変質した姿にもその地にとっての固有性や必然性があるのであれば、価値あるものとして魅力が発揮されるでしょう。私は、これによって、各地で脈々と育まれてきたアイデンティティがどのように変化するのかを予見すべきだと思います。美しき日本、勤勉と技術が支えてきた日本の地方が、どこもテーマパーク的、化粧を塗りたくった姿になることを懸念します。

 観光は、そこに直接関わる産業だけでなく、街の雰囲気、地域資源、そこに暮らす人、コミュニティのありよう、地域全体の価値観にまで大きな影響を及ぼすでしょう。インバウンド4,000万人は極めて大きなインパクトです。計画的な取組みが必要、といってもそんな時間はなく、影響も予想しきれないことも現実だと思います。まずは、外からの強い力に対しても、自ずと変わっていくもの、あえて変えるもの、そして残していくものをリストにすべきだと思います。また、起きている変化を複数の指標からモニタリングし、順応的に管理することこそ重要だと考えます。KPIには経済面での指標が用いられることが一般的ですが、ここに地域資源の状態、そして住民の暮らしの意識も加えて、定量的かつ定性的にもウオッチしてくことを望みます。

モニタリングしてきたいこと

 例えば、地域経済の観点からは、地方の労働力が観光産業に流れることにより、従来の地域産業が衰退、疲弊しかねないことに注視すべきです。そのことにより、地域本来の固有の景観(例えば、田園風景、農村景観)が荒廃しては、観光地としての魅力低減をまねきます。地方の魅力や個性は、自然資源に加え、人文的要素である一次産業がつくる景観や、二次産業による地域の伝統や技、これらとあいまった生活文化であることを再確認すべきです。観光を“打出の小槌”と思わず、その地域本来のあるべき姿、経済構造を踏まえなければなりません。また観光量の急激な増大、この大量観光に対応するために、飲食や土産品が地元産品でまかないきれず、ナショナルブランドを仕入れて販売する状況もあるでしょう。観光客と相対する産業への直接効果は増えても、地域内の経済波及効果は高まらず、逆にゴミや騒音、生活の不安感といった観光関係者以外からのネガティブな評価の増大を懸念します。経済波及効果のありようを考えることが重要だと思います。

 地域資源の観点では、資源の発掘と磨き上げにこだわり過ぎたことによる素朴感や資源本来の価値の喪失を気にかけています。もちろん無秩序な利用による資源の損壊はあってはならないことです。また、静かな中で楽しむべき資源、視点場に、大量の観光者や、マナーの悪い観光者が訪れたり、その雰囲気を著しく阻害する観光施設やサービスが提供されたりするという、資源の利用環境の悪化(いわゆる昭和の観光地で多く見かけるように)に伴う資源本来の“観光経済価値”の低下も懸念事項です。資源の使い方、活かし方を考える必要があります。資源の評価、価値と脆弱性などを考慮した上で、資源の持続的な活用という観点から資源の分類とゾーニングを行うべきだと考えます。

 地域住民の観点として、観光は地域住民の日常生活にもインパクトをもたらすことにも少し触れてみます。訪日外国人が地域の生活文化に深く触れたいと思うあまりに起きうる生活の覗き込みや、いざこざ、犯罪の増大は十分に起こりえます。観光客の何気ない一言が、そこに暮らす人の心に一生刺さったままになることもあるのです。これまで観光とはあまり関わりのなかった地域住民の意識にも耳を傾けることが重要です。前述の順応的管理のなかには、地域コミュニティの状態把握も含めて行うべきだということを再度確認したいと思います。

 さて、ネガティブな話題が多くなりましたが、私はこの「観光ビジョン」の達成を強く願っていることも明記しておかなければなりません。特にいくつかの新たな発想に強い興味を持っています。例えば、「文化財の観光資源としての開花」という施策は、具体的にどうなっていくでしょうか。ヨーロッパで開催される学術大会に参加したことがありますが、そこではアフターコンベンションの会場として、文化財が積極的に活用されていました。もちろんソフト面の演出も含めて、そのプログラムには圧倒されました。日本を訪れる外国人のためにという点はもちろんのこと、我々日本人の観光に対してもこのような文化財と触れ合う機会が増大することを希望します。

 また、施策にはソフト面を中心とした改革や拡充が目立ちますが、わが国の観光地は施設面での課題も多く、少し強引なハード整備事業があってもよいと考えます。中でも、古くから栄えた景勝地では、営業をとりやめて廃墟となった宿泊等の施設が多々見られます。制度的な難しはあるものの、まずは、このような廃屋の撤去が重要でしょう。そして、さらに大胆に、海外のリゾート地にも劣らぬ賑わい空間、可愛らしいビレッジのような魅力的滞在型観光拠点を段階的につくっていくという構想が欲しいと思います。

 

 年の瀬の慌ただしい時に一年を回想するという作業では、どうしても考えが散漫になってしまいました。一方で、何か大胆に、そして素早く動いている時、騒々しい時こそ、自分たちのアイデンティティを見つめ直すことの大切さも感じたところです。

 来年も公益財団法人日本交通公社の活動へのご支援を宜しくお願い申し上げます。

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