2017年を振り返って    -旅行・観光における潮目の変化を実感 [コラムvol.359]
(C)伊勢志摩観光コンベンション機構

 今年も残すところ僅かとなった。
 振り返って感じるのは、大きな潮目の変化である。わが国の旅行・観光もようやく長い低迷期を抜け出したのではないかと。

1.「潮目の変化」

 江戸時代、民衆が大挙して伊勢神宮に押し寄せた「おかげ参り」は、ほぼ60年周期*1で起きたといわれている。近年では20年に一度行われる「式年遷宮」の年に参拝客が急増するのが伊勢参拝である。この式年遷宮は世界情勢とリンクするという指摘さえある。東への遷御を「米座(こめくら)」、西への遷御を「金座(かねくら)」というが、天照大神が「米座」で東にいる時期は平和・安定の「精神の時代」、「金座」で西にいる時期は激動・波乱の「経済の時代」になるといわれ、2013年の第62回遷宮以降、現在は後者、「経済の時代」となっている。

 オイル・ショックから40年、バブル崩壊から25年、リーマン・ショックから10年。どうやら日本の旅行・観光は10年から30年程の周期で変化しているようである。ビジットジャパンキャンペーンが始まったのが2003年。観光立国推進基本法が施行(2007年)され、観光庁が設置(2008年)されても「観光立国下における観光の低迷」と揶揄され続けていたが、5年ほど前からインバウンドが急増。2016年は日本人の国内旅行、海外旅行、そしてインバウンドの3つ全てが対前年プラスを記録し、その傾向は2017年に入っても継続、「潮目の変化」を強く実感する年となった。

2.需要側の変化

 具体的に需要側の変化として思い浮かぶのは、スキー需要復活の兆しである。90年代後半の最盛期から昨今は半分以下に減少し、誰もがかつての隆盛を取り戻すのは難しいと落胆していたスキー需要である。救世主であるオーストラリア人によって日本の「パウダースノー」が注目され、ニセコを中心とした一部のスキー場に活気が戻ってきた。しかも土日に集中する日本人のスキー需要とは異なり、2~3週間の滞在型であり、その結果として「平準化」が実現したことである。これは日本には「スキー場はあってもスキーリゾートはない」と長年リゾートについて研究してきた我々にとって画期的なことである。数年前からは東南アジアからの来訪も増え、安定化の方向に向かいつつある。今シーズンは積雪も早く、さらなる発展が期待できそうである。

 「モノ」から「コト」へという消費行動の変化が顕著に指摘され始めたのも今年ではなかろうか。中国人の爆買いが終息し、「体験」を中心としたコト消費に移行したともいわれた。むろん中国人の旅行の消費行動だけでなく、日本人の旅行行動も「体験」にとどまらず「共感」、「感動」が大切であるとの認識が広まったのも今年である。旅行の中に自分を投影するという新たな旅行行動が若者の間で急速に広まり、SNS、いわゆる「インスタ映え」を狙って「こんな環境に自分がいる」、「こんな楽しい体験を誰々としている」という自己PRとともに、「いいね」で共感を得たいという行動欲求である。

3.供給側の変化

 バブルが崩壊してほぼ四半世紀にわたって観光地への投資がなくなったことは来訪価値の低減に繫がっていたことは間違いない。具体的な供給側の変化として感じるのは、外資系ホテルの相次ぐ進出である。都市部から始まり、昨年から今年にかけては北海道や沖縄などリゾートで多くの建設計画が発表された。2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催を見据えてのことであろう。

 『明日の日本を支える観光ビジョン』*2が策定されて以降、政府全体で観光先進国に向けて取り組みが進められているが、中でも国立公園、文化財が保存だけでなく活用へと舵を切ったことは大きな変化として特筆されなければならない。それぞれ宝の持ち腐れとならないよう貴重な観光資源として位置づけ、適切な利用を促進しようとしている。国宝である赤坂迎賓館の一般公開などでマスコミ報道も増加し、今年は国民の間にも理解が進んだものと推察される。

 離島や半島等過疎地域の振興策として、また閉鎖した地域社会を打破する手段として「現代アート」が注目されて久しいが、今年も温泉地など既存の観光地を含む多くの地域で取り組みが進められ、既存の観光資源とは異なる新たな観光魅力が創出されている。

 政府による政策支援も含めて「空き家の活用」が急速な広がりを見せたことも供給側の変化として見逃せない。来年の住宅宿泊事業法の施行も後押しすることとなろうが、外部資本ではなく、地元資本、コミュニティビジネスとしての活路を開いた点で意義が大きいと思われる。

4.少なくない課題と大いなる期待

 庶民に実感はないとはいえ、戦後最長の景気拡大が続いている中で、ようやく旅行・観光にも潮目の変化が訪れているということであるが当然ながら課題がないわけではない。まずは「人手不足」である。旅行・観光産業への人材確保は、建設業や流通業など他産業との厳しい競争下にあるだけに簡単ではない。子育て中の女性や元気な高齢者、外国人の活用も含めて業界全体として、あるいは観光地全体としての取り組みが期待されるところである。

 また、京都や金沢など一部の都市や観光地では、外国人観光客を含む需要の急増による交通渋滞など住民生活に影響を及ぼしていることも現実の問題として深刻である。さすがに「観光公害」は過剰反応という感はあるものの、観光に対する地域住民の理解促進やトラブルの未然防止対策は喫緊の課題である。

 シェアリングエコノミーが世界的な潮流とはいえ、「民泊」問題は地域によって大きく事情が異なり、きめ細かな対応が不可欠である。個人的には「旅館業法系」と「住宅宿泊事業法系」の宿泊施設は明確に区別し、消費者に誤解のないよう表示すべきと考える。両者は宿泊者に対する責任の度合いが全く異なる。前者は「宿泊客の生命と財産を守る」ことを第一義としているが、後者は需要と供給のマッチングに過ぎず、その代わりに比較的安価なところが多い。そうした両者の違いを明確にした上での普及を前提とすべきであり、消費者は違いを理解した上で(リスクを踏まえて)選択すべきである。

 いずれにしても増加するインバウンド需要に引っ張られて国内需要も堅調である。2019年に予定されている消費増税が気かがりではあるが、2020年までは潮目は変わらないであろう。また、来年(2018年)には平成から次の年号へと新しい時代が待っている。変わり目には「10連休」も検討されているとのことであり、働き方改革とあわせて旅行・観光に対する国民の意識が大きく変化することを期待している。

*1:特に慶安3年(1650)、宝永2年(1705)、明和8年(1771)、文政13年(1830)が代表的な年。
*2:政府が『観光先進国』への新たな国づくりに向けて『明日の日本を支える観光ビジョン構想会議』(議長:内閣総理大臣)において2016年3月策定。
http://www.mlit.go.jp/kankocho/topics01_000205.html