観光地マーケティングの特徴 [コラムvol.399]
図1 観光地内の代表的な関係者

 観光に関わるマーケティングの対象は様々ありますが、筆者が関心を寄せてきたのは、観光地全体をマーケティングの対象とする「観光地マーケティング」です。今回のコラムでは、観光地マーケティングの特徴について考えてみます。

観光地という財の特徴

 観光地マーケティングの特徴を明らかにするにあたり、まず、観光地という財自体が持つ特徴を整理したいと思います。観光地の中には、宿泊サービス、飲食サービス、交通サービスといった複数のサービスが存在し、旅行者にそれらのサービスを提供しています。そのため、サービス財が持つ性質は、観光地という財に対しても適用されると考えるのが自然でしょう。サービス財が持つ性質は、具体的には以下の4つに集約することができます。

  • 無形性:無形であり、消費者が実物を所有することができない
  • 同時性:生産と消費が同時に行われる
  • 異質性:提供されるサービスの品質が一定ではない
  • 消滅性:サービス提供者は在庫を所有することができない

 これら4つの性質のうち、最も基本的な性質となるのは無形性です。無形であるがゆえに、同時性と消滅性が生じ、同時性があることと、サービス提供時の混み方や従業員の質などの状況要因の存在により、異質性が生じると整理できます。

 もっとも、観光地がサービスと共通する性質を持っているというだけでは、当然ながら観光地という財の特徴を明らかにしたことにはなりません。加えて、観光地が複数のサービスによって構成されることも、宿泊施設やテーマパークなどと共通しており、観光地という財の特徴と主張するには妥当性が低いでしょう。たとえば、宿泊施設では宿泊以外にも、クリーニング、マッサージ、飲食などのサービスが提供されています。テーマパークではアトラクション以外にも、小売、飲食などのサービスが提供されています。

 それでは、観光地という財を特徴づける性質はどこにあるのでしょうか。これまでの先行研究を参考にすると、以下の2点が観光地という財の特徴であると整理できます。

  •  (1)複数のサービスが、個々に独立した企業によって提供されている
  •  (2)サービス提供者以外にも、多様な利害関係者が存在する

 (1)について補足すると、観光地で提供される宿泊、飲食、交通などのサービスは、それぞれ独立した企業によって提供されることが一般的です。地域内の有力企業が宿泊、飲食、交通などの複数のサービスを提供していたりする事例もあり得ますが、その場合においても、地域内のすべてのサービス提供者が何らかの資本関係で結ばれていることは極めて稀でしょう。(2)について補足すると、観光地の中には、宿泊、飲食、交通などのサービス提供者のように、旅行者から直接的に利益を享受する関係者以外にも、多数の関係者が存在しています(図1)。具体的には、農林漁業や製造業といった産業の従事者や、行政機関、地域住民などが挙げられます。旅行者が増えることは、サービス提供者の経営にとって好都合かもしれませんが、地域住民にとっては渋滞や治安悪化を招く可能性が高くなるといったように、それぞれの利害が対立する場合も出てきます。

図1 観光地内の代表的な関係者

観光地マーケティングの特徴

 以上の点を踏まえた上で、観光地という財を対象としたマーケティングの特徴を一言でいうならば、「コントロールできる部分が少ないこと」となります。観光地マーケティングは、DMOと呼ばれる専門組織が遂行主体となりますが、先に挙げたような多様な関係者の合意を形成しなければならないため、DMOの一存ですべてを決めることができません。具体的な取り組みを進めるにあたっても、DMO自体がサービスの提供や観光資源の管理を行っているわけではないため、代表的なマーケティング・ミックス1 の構成要素(4P)でいうところの「製品(Product)」「価格(Price)」「流通(Place)」については直接コントロールできる余地が少ないのです。DMOの主要な役割は、サービスの提供や観光資源の管理に直接従事する関係者に対して、取り組みの方向性を提示することや、具体的な取り組みに対する助言を行うことと整理できます。「プロモーション(Promotion)」については、DMOが公式WebサイトやSNSの公式アカウントを所有し、旅行者と直接コミュニケーションをとることは一般的に行われているため、この部分に限ってはコントロールできる可能性がやや高いといえます。

 観光地マーケティングに関する研究や実践を進めるにあたっては、上記のような特徴を念頭に置くことが求められるでしょう。その上で、DMOに加え、各種サービス提供者や、その他関係者のそれぞれが観光地全体の集客に果たす役割を意識することが重要であると考えます。

  1. マーケティングの手段を組み合わせること

主な参考文献

  • Fisk, R. P., Grove, S. J., & John, J. (2004). Interactive services marketing (2nd ed.). Boston, USA: Houghton Mifflin.(小川孔輔・戸谷圭子監訳(2005). 『サービス・マーケティング入門』, 法政大学出版局)
  • Morrison, A. (2013). Marketing and managing tourism destinations. Abingdon, UK: Routledge.
  • 内閣官房・観光庁(2018). 『「日本版DMO」形成・確立に係る手引き 第3版』