映画は観光地のイメージをどう変えるのか? [コラムvol.209]

■ロケ地と観光

 映画やドラマ、アニメの舞台になった地域に観光客が増える現象は、現在にいたるまで多くの事例があります。ここ最近の日本では、特にアニメの効果が注目されており、「聖地巡礼」や「コンテンツツーリズム」ということばも生まれました。
 こうした現象を積極的に活用するために、ロケ地の誘致を行なったり、作品とタイアップしたキャンペーンを行なったりといった取り組みも、数多く行われています。ためしに、原稿執筆時点(2014年3月6日)で、Googleに「ロケ地 観光」と打ち込んでニュース検索すると、800件ほどの記事が出てきます。ちょうど今は、実写版の「魔女の宅急便」が公開中となっており、舞台となった香川県・小豆島の観光協会がロケ地マップを配布しているようです。

■「ロスト・イン・トランスレーション」が日本のイメージに与える影響

 ところで、なぜ人は映画・ドラマ・アニメといった作品の舞台になった地域に行きたくなるのでしょうか? 1つの説明は、作品を見ることで、舞台となっている地域によいイメージを持ち、その良いイメージが訪問意欲をかき立てるから、というものです。では、本当にある地域が舞台になった作品を見ると、そこへ旅行に行きたくなるのでしょうか?
 この疑問に答えるために、海外ではいくつかの実験研究が行われています。
 その中のひとつに、日本を対象にしたものがあります。HahmとWangが2011年に発表した論文(Hahm & Wang, 2011)では、日本(東京)が舞台になった映画「ロスト・イン・トランスレーション」を題材に検証を行っています。

 この映画の大部分は東京都心で撮影が行われており、渋谷のスクランブル交差点や、新宿の街並みが印象的に描かれています。渋谷のスクランブル交差点(英語ではShibuya Crossingというんですね)を英語版のWikipediaやロンリー・プラネットで調べると、この映画のことが言及されています。アカデミー賞(脚本賞)を受賞するなど、映画自体の評価も高く、ポップカルチャーに興味のある外国人にとっては、日本(東京)のイメージを形成する源の1つになっているかもしれません。

■映画の内容によって悪化するイメージもある

 さて、HahmとWangの研究では、日本に行ったことがないアメリカの大学生244名を対象に、「ロスト・イン・トランスレーション」のダイジェスト版(50分程度)を視聴させ、映画を見る前と見た後で日本に対するイメージがどのように変化したかをアンケート調査によって検証しています。その結果、おおむね映画を見ることによって日本に対してポジティブなイメージを持つようになり、それが日本への旅行意欲につながっていることが分かりました。しかし、「英語でコミュニケーションが難なくとれること」「地元の食事」については、映画を見ることによってイメージが悪化してしまう可能性がある、ということが明らかになりました。
 この理由は、映画の内容によるものです。映画の中では、主人公(アメリカ人)と日本人がうまくコミュニケーションがとれない場面が何度か出てきますし、「しゃぶしゃぶ」をおいしくなさそうに食べる場面も出てきます。
 研究の結果から見えてくるのは、映画の内容によっては、悪化してしまうイメージも一部あるということです。多くの場合、地域が作品の内容を直接コントロールするのは難しいと考えられます。地域が映画・ドラマ・アニメの効果を最大限活用するためには、全面的に作品に「乗っかる」のではなく、作品によってイメージが良くなる部分は活用し、イメージが悪くなる可能性がある部分については、それを食い止めるようなプロモーションを別途行うことが必要となってくるでしょう。

■研究論文をお探しなら「旅の図書館」へ

 今回のコラムは、海外の学術誌に載っていた論文を題材に書いてみました。このように、英語で書かれた論文の中にも、日本の現場での活用につながる視点を提供してくれるものがたくさんあります。たとえば、こんなテーマについても研究が行われています。

  • 出張で来た人にプライベートでも旅行に来てもらうためにはどうすればよいか?
  • 他のお客のふるまいが、ツアーの満足度にどのような影響を与えるのか?
  • 遠方に住んでいるターゲット層と、近場のターゲット層では、広告で打ち出すべきメッセージの内容は異なるのか?

 今回紹介した論文が載っている「Journal of Travel & Tourism Marketing」誌をはじめ、現時点で3つの海外学術誌が当財団の「旅の図書館」に所蔵されています。論文をお探しの場合は、ぜひ旅の図書館をご利用ください。

旅の図書館
https://www.jtb.or.jp/library

参考文献
Hahm, J., & Wang, Y. (2011). Film-induced tourism as a vehicle for destination marketing: is it worth the efforts?. Journal of Travel & Tourism Marketing, 28(2), 165-179.

写真 (c) 2008 Shibuya Night (HDR) by Guwashi999