音楽体験と旅行体験の一回性・ライブ性 [コラムvol.190] 

2013.05.02

観光文化事業部   堀木美告
研究員コラム

 音楽CDの販売がふるわない一方で、ライブなどの公演数や動員数は増えているそうです。これは「その時ただ一度きりの経験」が見直されていることの表れだと考えられます。もしこのことが旅行についても同様に言えるとすれば、これからの旅行の姿も変わってくるかもしれません。

■「音楽鑑賞とドライブ」は平凡な趣味?

 いつになく不安定な天候が続きますが、今年も春がめぐってくるとともに、私たちの職場にも新しい仲間が加わりました。フレッシュな新入社員と接していると自分の若かりし頃(!)に思いを巡らせることも多く、先日ふと自分が書いた履歴書のことを思い出しました。履歴書には「趣味・特技」という欄があると思うのですが、就職活動を始めた私はこの欄に「音楽鑑賞・ドライブ」とひとまず書き込んだ上で、はて、と考えました。自分自身を余すところなく(あるいは過剰に)アピールすることが求められる就職活動の場面において、趣味が「音楽鑑賞・ドライブ」ではあまりにもフツーすぎはしないかと思ったのです。
 結局、履歴書には小学生時代の趣味だった「釣り」を書き加えたのですが、その頃(私はバブルがはじけたあとの1996年入社です)、ドライブは趣味だとわざわざ宣言することもない程度に平凡な活動だったように思います。しかし現在ではどうでしょうか。4/26付の朝日新聞朝刊に掲載された調査結果によると、「国内旅行、ドライブ」を「お金や時間に余裕があればやってみたい遊び」としてあげた人は53%、同じく「国内旅行、ドライブ」を「遊びとしてよくやっている」とした人は38%にとどまったそうで、これを「遊びの現実と理想」として紹介しています。これだけのデータで言い切ることはできませんが、ドライブという余暇の過ごし方が私の学生時代に比べて、「当たり前」ではなくなっているようです。(このあたりに関しては過去のコラムでも触れています)

■音楽CDが売れない時代

 ここでもう一方の「音楽鑑賞」についてはどう変化したでしょうか? SONYのウォークマンが携帯型のステレオカセットプレイヤーとして登場した1979年以降、屋外で音楽を楽しむという行為はきわめて一般的なものになりましたが、その間に音楽を持ち出す具体的な対象は大きく様変わりしました。私が履歴書を作成した頃(1990年代後半)はCDやMDが多かったように思いますが、現在では何らかの音声ファイル形式が主流でしょう。
 そしてここ何年かCDが売れない、という話を耳にするようになりました。2012年は山下達郎や桑田佳祐、Mr.Childrenといったベテラン勢のベストアルバムが健闘して前年比プラスに転じたそうですが、それでも一般社団法人日本レコード協会のデータに基づき2000年と比較すると4割以上減少しています。インターネットから楽曲をダウンロードして楽しむ層の急増がその要因とも言われますが、「有料音楽配信売上実績」の数値を見ると、こちらも伸び悩んでいます(図中*参照)。

図表
* 資料:音楽ソフト種類別生産金額の推移(一般社団法人日本レコード協会)
**  資料:基礎調査報告書(一般社団法人コンサートプロモーターズ協会)

 しかしこれは単純に音楽を楽しむ人が減ってしまったということではなく、ライブやコンサートなどの公演は盛況のようです(図中**参照)。ここに示したのは一部企業(一般社団法人コンサートプロモーターズ協会の正会員社56社)のみに限定されるデータであり、またチケットの売上げは二極化しているとも聞きますので注意は必要ですが、公演数、動員数ともに伸びる傾向を示しています。

■「ただ一回限りの体験」を楽しみたい

 先のデータを単純に結びつけて語ることは危険かもしれませんが、「手軽に繰り返し音楽を楽しむことが可能なパッケージ化された商品(=CD)」よりも、「その時ただ一度きり楽しむことができ他とは代替の効かない身体的な体験(=公演)」を重要視する指向性が表れていると感じます。
 それぞれの公演はただ一回限りのものであり、たとえ同じアーティストが同じ曲目で繰り返し公演を行っても、二度と同じ体験は得られないでしょう。振り返れば蓄音機やレコードといった新しい技術が音楽の複製を可能にし、多くの人々がこれを繰り返し楽しむことを可能にしたわけですが、この複製物は音楽の「再現性」を手軽なものにした一方で、「一回性・ライブ性」という点では魅力を減じたと言えるのではないでしょうか。
 あくまでも私自身の興味範囲に限定されますが、最近のライブの様子を眺めていると二つの特徴に気がつきます。一つは先端的なテクノロジーを駆使したビジュアルエフェクトやダンスパフォーマンなど聴覚以外の要素と融合が進んで総合化・複合化した体験になっていること。もう一つはアーティストとリスナー間の相互作用・双方向性を意識した演出がなされ、「音楽を聴く」というよりも「アーティストと一緒に場を作り上げる」という感覚の強い体験になっていること。これらがライブという場での音楽体験のエンターテインメント性を高めると同時に、より進化した形での「一回性・ライブ性」を感じさせる新しい体験につながっているように感じます。

■音楽体験と旅行体験には共通点がある?

 私たちが研究対象にしている旅行と音楽を比較するとどうでしょう。ここでは音楽体験=「音楽を楽しむライブという場での体験」、旅行体験=「旅行中に地域の魅力を味わう体験(例えばそば打ち、まち歩き、ダイビングなど個別の体験)」というレベルで捉えて考えてみます。
 日本では熊野詣でやお伊勢参りといった宗教的な要因から旅行が始まっていますが、その後の普及期においては紀行文等の文学作品やガイドブック等で紹介された名所旧跡等を「確認」する行為として徐々に大衆化が進んでいったと考えられます。旅慣れない人たちにとって、旅行とはこのように何らかの形で紹介された内容を追体験することであり、時代が下っては旅行会社が提供するパッケージツアーに参加することだったでしょう。そこで提供される旅行体験は、ある程度まとまった人数の旅行者に対応するため、定型化・マニュアル化され均質であることが重視されるようになったと考えられます。
 しかし旅慣れて高い経験値を有する旅行者たちはそのような均質なサービスでは飽きたらず、人とは違った旅行体験を求めるようになります。人とは違うデスティネーション、人とは違う体験プログラム、人とは違うサービス、人とは違う時間の過ごし方…。この流れは、多くの人たちが均質に楽曲を楽しむことができるパッケージであるCDの販売がふるわず、一方でその場限りの体験ではあるものの自分なりの楽しみ方でアレンジする余白の大きいライブが人気を集めている音楽のケースとよく似ています。先に見たような一回性・ライブ性を重視する傾向は、音楽体験に限らず旅行体験にも通底するものだと言えます。

■新たな一回性・ライブ性の提供に向けて

 時代を遡れば音楽も旅行も、もともとは一回性・ライブ性を内包した体験だったはずです。それが技術や産業の発展に伴って大衆化する過程において複製による商品やサービスが浸透し、オリジナルな体験が有する一回性・ライブ性が失われ、一方では再現性の高い体験になっていった。その反動として現在の一回性・ライブ性への指向があるのだとすると、それは一見すると原点回帰の動きのようにも見えます。
 旅行者を受け入れる地域側も、旅行者を送り出す旅行産業側も、旅行が本質的に内包している一回性・ライブ性をどのように提供することができるのか、今一度考える価値があることは間違いありません。しかしそれを単純な原点回帰にとどめてしまわずに、先端的なエンターテインメント性の追求という視点も組み込んだ、新たな一回性・ライブ性の獲得に向けた動きとして位置づけるべきです。
 ヒントは先に触れた音楽のライブの近年の流れの中に見いだすことができます。すなわち体験要素の総合化・複合化を進めることと、送り手と受け手の間での相互作用・双方向性を強めること。そして同時に、一回性・ライブ性を高めるためにメディアによる再現性の高さや先端的体験の可能性を排除してしまうのではなく、むしろライブとメディアの融合を図ることによって、今までにはなかった一回性・ライブ性を備えた新しい旅行体験の提供につながるのではないか。
 まだ一つの試論の段階ですが、今後議論を深め検証して行きたいと考えています。

 

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