2010年の年頭に考える「21世紀型観光ビジネスモデルの創造」  [コラムvol.107]

2010.01.08

常務理事  小林英俊
研究員コラム

要旨

 21世紀になり、はや10年が過ぎようとしています。 「21世紀は観光の時代だ」といって無邪気に喜んでスタートしましたが、この10年の間には、9.11、SARS、リーマンショックをはじめいろいろなことが起こり、観光業界にとっても厳しい年の連続でした。一方で、観光庁が発足しインバウンドが急増するなど、世の中の観光に対する期待や関心は以前にも増して高まり、観光はますます重要な産業になりつつあります。
 観光がこのように世の中から注目されるようになったにもかかわらず、なぜ観光業界は厳しいのでしょう。世界的な経済の混乱といった外部要因以外にも、業界内に、20世紀の成功体験から得た思い込みや、ビジネスモデルの行き詰まりがあるのではないでしょうか。
 ここ数年感じている三つの思い込みについて話をします。

本文

 今の観光業界は、「人間は豊かになれば観光・旅行に行くもの」という前提(思い込み)にたってビジネスを考えているようにみえます。つまり、お金と暇ができたら観光・旅行をしてくれるわけですから、観光・旅行に行かせる根元的な理由を考える必要もなかったのです。これは、戦後のどん底から経済的な豊かさを求め急成長していった時代の、観光・旅行に行くことが豊かさの象徴という共通認識をいまだに引きずっているからなのです。
 ところが、今は生まれた時から経済的に豊かな時代に育ち、お金があっても観光・旅行に行かない人が増えています。最近、『嫌消費世代の研究』という本まで出版され、観光・旅行だけでなく、消費すること自体を嫌がっている人が少なからずいるというのです。経済的に豊かになってもそれに見合う消費(この考えも思い込み?)をしない人が増えている時代だそうです。このような人々の出現は、観光業界に対して観光・旅行の持つそもそもの価値は何なのか、根本から問いかけているようでもあります。
 そこで、当財団主催の09年7月のシンポジウムでは、脳科学者の茂木健一郎さんをゲストに、「人間の脳は、何を楽しい、何を快楽と感じるのか」ということを議論しました。観光そのものをもっと根源的に問い直そうということです。茂木さんは、「シンボル消費的な観光から身体全体で感じる質感を大切にしたクオリア消費型の観光に移行すること」が大切だと話されました。(詳しくは、シンポジウムを採録した当財団刊行物『脳から考える観光』を参照ください)「楽しいとはどんなこと、心地よいとはどんなこと、幸せとはどんなこと」を真剣に考え、観光事業者それぞれが観光・旅行を通して、楽しいこと、心地よいこと、幸せを実感できるよう独自の提案していくことが21世紀型観光のモデルになるはずです。

 もうひとつの思いこみは、サービス水準をあげると生産性が落ちる、というものです。ところが、素晴らしいサービス事例を全国から集めた「ハイ・サービス300選」(経済産業省サービス産業課)をみると、サービス水準と生産性の両方を向上させたという事例がいくつもあげられています。例えば、星野グループの旅館では、一人が5役をマスターすることで顧客満足度を上げながら生産性向上を達成しています。
 また、箱根の老舗旅館一の湯は、社員が旅館業務の大半をマスターすることで人時生産性が4倍になったそうです。箱根にある9軒のグループ旅館では小売業のチェーンストア理論を取り入れ、サービスの質を維持したまま生産性の向上に成功しています。いずれも、物作りの分野で行われているベルトコンベア方式から多能工によるセル方式への変換と同じような発想ですが、人間はモチベーションが上がると、思った以上の力を発揮するようですから、旧来の思い込みを捨て、モチベーションを上げることによる観光産業の生産性向上にもっと取り組むべきでしょう。

 3つ目の思いこみは、観光とは観光事業者が観光客を相手に行うモノ、というものです。
 21世紀になってもっとも観光客数を伸ばしているのは京都です。2000年以降毎年記録を更新して8年間で1000万人もの観光客を増やしているのです。その理由はいくつもあるのですが、01年頃から始まった町家ブームも大きく貢献しています。 (当財団主催の09年12月のシンポジウムは、この「京都一人勝ちの理由を探る」をテーマに行いました。)
 比較的家賃が安く、自分の想いや個性をカタチとして表現しやすいために、若者や女性が町家を改装して新しく事業をはじめる事例が増えています。このような個性的な町家再生店舗が増えたこと(現在1500軒以上もある)で街が魅力的に変わり、それを目当ての市民や観光客が集まり、さらに魅力的な店が増えて業種も広がって行くという好循環が起っているのです。一般市民の方も楽しみ、観光客も一緒になって喜ぶような仕掛けや仕組みが今の観光ビジネスには求められているのです。ちょっと非日常を楽しみたい市民と旅先のちょっとした日常を楽しみたい観光客とが同じホットなスポットに重なり合っているのです。
 京都の成功から学ぶことは、地域の人々が持っている創造性、そういったものをもっと発揮してもらうことで町が面白くなり、市民が街に繰り出し観光客も増えてくるということ。観光を観光客や観光事業者に限定せず、もっと広がりのある観光を考えようということです。
 観光客の大きな関心事が地域の生活文化や生き様(ライフスタイル)へと大きくシフトしていくなかで、新しい観光ビジネスは地域住民や他産業までも巻き込んだもっと広い観光活動を考えるなかから生まれてくるのです。

 京都の例を見るまでもなく、やはり観光が街を変え、街を元気にする大きな力になることは間違いないのです。21世紀になって10年、やっと、新しい時代の観光ビジネスモデルが少しずつ見え始めたような気がしています。今年も、依然として厳しい経済状況が続きそうですが、新しいアイデアや創造性を発揮して、時代に合った21世紀型観光事業モデルを創造し、乗り切っていきたいものです。

 

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