観光分野の国際協力を考える [コラムvol.200]

2013.10.01

観光政策研究部  石黒侑介
研究員コラム

 「今まで世界中のドナー(援助機関)の専門家と話をしてきたが、そんなアドバイスをくれたのはあなたたちが初めてだ。高品質な『メイド・イン・ジャパン』は車だけではないんだね」

 今年の夏、専門家として参画しているアフリカ、エチオピアのプロジェクトで地元の旅行会社の男性にこんな一言をもらった。

 実はここ数年、日本の政府開発援助(ODA ※)に観光の専門家として参画する機会が増えている。アフリカに赴き観光振興に関する具体的なノウハウの提供を行ったり、世界各国の行政職員等を対象とした日本国内の研修で講師を務めたりと形態は様々だが、日本の観光分野の取り組みを発展途上国に伝える立場に身を置くと、普段あまり得られない様々な気付きがある。

なぜ観光はODAの主流になれないか

 観光は開発協力の世界ではちょっとした「注目株」である。もとよりその外貨獲得手段としての有効性や雇用創出効果、他の産業への幅広い波及効果は広く知られるところであったが、世界経済の成長によって部分的とはいえ貧困削減が進んだことで、多くの発展途上国が観光を通じた経済発展をより現実的な選択肢として捉え始めている。またアフリカやアジアへの国際観光客到着数の拡大やLCCの登場も、こうした動きを後押ししている。

 このような背景から、わが国もODAにおける観光分野の支援に力を入れつつあるが、現状では、その規模は他の産業セクターに比べて小さい。政府開発援助(ODA)白書によれば、2011年の二国間ODAの分野別実績では、製造業が6.59億ドル、農業が3.75億ドルであるのに対し、観光はわずか1,400万ドルに留まっている。

 その理由は幾つかあるが、一つには「日本としてなぜ観光分野の支援を行うのか」という動機付けが、他の産業セクターに比べて弱いことが考えられる。欧米を中心とした先進諸国の援助機関や国際機関、NGO、NPOなどが様々な支援を行う中で、日本がODAの一環として観光分野の支援を行っていくためには、日本にしかできない支援、言い換えれば観光分野に関する「日本ならでは」の経験やノウハウが必要不可欠である。観光分野の専門家としてODAに携わるようになって感じるのは、製造業や農業といった他の産業セクターに比べ、観光の「日本ならでは」が十分に見出されていないのではないかということである。

日本が有する観光分野の先進事例

 確かに、国内の観光関連の調査や研究では、欧米やオセアニアが先進事例として扱われることが多く、観光の学術的、実践的側面において、少なくともいくつかの分野ではこれらの国々が日本に先んじていることは間違いないように思われる。その意味で、日本がODAのウリとして観光を捉えにくいのは理解できる。しかしながら、日本には独自の文化や習慣があり、世界中の旅行者が魅力に感じるような観光資源が豊富に存在している。その意味で、日本が有する、観光分野の優れた経験やノウハウがあって然るべきである。

 冒頭の一言は、エチオピアのシミエン国立公園で開発中のビレッジツアーの中で、地元住民が体験プログラムに使用するコップを無造作に水で洗ったことについて「この水は裏の川で汲んできた清潔なもので、飲料としても使える水だと言った方が良いよ」とアドバイスした際の反応だった。日本人の感覚からすれば、アフリカの国立公園内で行われる体験プログラムの中で 口にするものに神経をとがらせるのは当然なのだが、彼らには新鮮に映ったのである。

 実は日本で行われた独立行政法人国際協力機構(JICA)の研修を終えた同国のとある行政職員からも似たようなエピソードを聞くことができた。彼はおよそ2か月間、広島に滞在していたが、初めての国外旅行であった日本の感想を聞かれ、こう即答した。

 「日本は、世界一の品質を誇る日本車のイメージしかなかったが、実はその車に乗っている人も世界一だと思った。タクシーやバスの運転手の身なり、サービス、おもてなしの心には本当に感動した」

 日本人ならではのきめ細かな気遣い、繊細で行き届いたおもてなしは、彼らにとってれっきとした先進事例なのである。

観光分野の「日本ならでは」を発展途上国へ

尾瀬学校の参加者 エチオピア、シミエン国立公園で開発中の体験
プログラムの一つ、コーヒーセレモニー。
プログラムの開発には村の長老や住民、観光
事業者など多様な主体との調整が求められる。
 実は、こうした例は他にもある。

 例えば、日本国内のとある地域で観光客を対象としたイベントを行う場合、行政や観光協会、観光関連事業者はもちろんのこと、商工会や農業協同組合、旅館組合、飲食店組合から一般市民まで、多様な主体間での調整が必要になるが、これは開発協力の現場でも同様である。合理主義や効率主義に基づいてそうしたプロセスの存在意義を問うこともできるが、観光まちづくりの現場では地元ならではの関係性やこれまでの経緯、住民同士のつながりといった要素が非常に大きな役割を果たす。実際にエチオピアのプロジェクトでは、体験プログラムを開発するために、村の長老や住民、地元出身のガイドや宿泊事業者、旅行会社、行政職員など様々な主体に対して丁寧にヒアリングと説明を行い、時間と手間をかけて合意形成を図ってきた。こうした多角的な調整を伴う観光まちづくりの手法は、これまでのドナー(援助機関)とは異なる取り組みとして地元の行政や住民からも好意的に受け止められ、新たな人材発掘やビレッジツアーの造成などプロジェクトの具体的な成果につながりつつある。

 日本国内ではあまり知られていないが、日本の「道の駅」や「一村一品」といった取り組みもまた、実はODAの枠組みを通じて発展途上国に移転され、着実に成果を上げている。製造業や農業に比べると存在感は強くないかもしれないが、日本の観光分野の知見もまた、途上国の発展に一役買っているのである。

 訪日外国人旅行者(インバウンド)が注目を集める中で、観光資源については「日本ならでは」を意識する目が地域で芽生えつつあるが、実は観光に携わる一人ひとりの意識や観光まちづくりの手法にも、諸外国にはない「日本ならでは」が隠されている。ODAの専門家という不慣れな業務は、しかし不慣れが故に、普段なかなか得られない気付きを与えてくれるのである。

 欧米やオセアニアの優れた事例に学ぶ姿勢は重要だが、日本の観光まちづくりに携わりつつ国際協力に参画するチャンスを得た身としては、わが国の観光分野における優れたノウハウを世界中に広めることにも貢献したいと考えている。

※ ODA・・・Official Development Assistance の略

 

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