年頭コラム「小さな幸せ」探し [コラムvol.183]

 お正月の風物詩といえば、初詣です。今年も、三が日の間に明治神宮、川崎大師、成田山新勝寺などに三百万人もの初詣の人が訪れたとTVや新聞が伝えています。
 この初詣は古くから続く伝統行事だと誰もが思っているのですが、明治から平成に至る東京や大阪の年末年始の新聞を調べた平山昇さんによれば、初詣は意外にも新しく明治の中期から始まった行事だというのです。
 その誕生の裏には、明治の中頃から恵方や縁日を重視して参詣する「信心参り」が徐々に減り、正月休みに行楽を兼ねて参詣を楽しむ都市勤労者が増えてきたという社会的な変化があります。さらに大きな要因は、鉄道の開通により、手軽に郊外の有名社寺に行くことができるようになったことです。当時は、多くの人にとって汽車に乗ること自体がハレの行為であり、汽車に乗って参詣と郊外散策が楽しめるという魅力が「初詣」の誕生へとつながっていたのです。
 平山さんの研究によれば、大正末期になると各鉄道が毎年欠かさず「初詣」を宣伝するようになり、例えば、阪神電車のプロデューサー的発想と宣伝によって西宮神社は大正14(1925)年以降初詣の人々で大いに賑わうようになるのですが、神社の『社務日誌』にはこの年から昭和4(1929)年まで毎年「社員極度ニ疲労ス。ナントカ良法ナキモノカ」と元日の神社職員の疲労が書かれているそうです。現在からは考えられないのですが、神社側は多くの初詣客に戸惑っていたのです。このように大都市圏の「初詣」や大晦日からの「二年参り」などは、大都市近郊電鉄によって生まれ育てられたといえるのです。

 このエピソードは、伝統行事と信じられていた初詣ですら、人々のニーズに合致すれば創り出せるという、大きな勇気を与えてくれます。3.11で、観光分野も自分たちのコントロールできない自然や人的災害によって大きな打撃を受けました。我々は、他者依存の観光ではなく、自ら行動を起こし、新しい観光的魅力を創り出すことで立ち上がらねばならないのです。

 このような新しい芽はすでにいくつか見られます。
 岩手県志戸平温泉の「湯の杜ホテル志戸平」では、3.11の大震災を機に売上ではなく利益を確保するという考え方にシフトしています。売上げを震災前の8~9割に設定し、休館日を増やして施設のメンテナンスや従業員の休養に充て、サービスの質と従業員満足の向上を図るのです。それによって従業員が生き生きと元気に接客できれば、お客様も気持ちよく元気になり、結果として旅館の経営も良くなるはずです。お客様に良い体験を持ち帰ってもらうことが観光事業本来の目的であるならば、まずは接客する従業員一人ひとりの生き方や感情を大事にすることが不可欠のはずです。
 ここで大切なのは経営者の思いを表明し伝えることで、その思いが従業員やお客様の間に共感・共鳴されていくことです。志戸平ホテルの試みはこれからの時代のニーズに合ったものだといえます。

 人間が自然の美を創り出すことは難しいのですが、会社や地域コミュニティなど人がかかわっている分野では、新しい魅力を生み出すことができるはずです。

 2011年から始めた「みなかみオンパク(温泉博覧会)」にも、自立的な新しい価値創造の芽がいっぱい詰まっています。12年は9月20日から1か月開催されたのですが、「地元の人が地元の人を案内して、みんながこの町を大好きになるための小さなプログラムの集まり」と謳われているように、最初から遠来のお客様を当てにするのではなく、小さくてもいいから地域住民の得意なことを企画して、参加者の反応を見ながら翌年は改良すればいいという発想です。
 多くのプログラムは定員10~20名なのですが、なかには「こども駅長体験」や「夜の水上温泉はしごツアー」のように4名というのもあります。驚くのは最低催行人員0人という企画まであり、「すべてがこだわりの企画なので参加者がいなければ事務局の私たちが参加してでも催行します」との観光協会の施井真希子さんの言葉に主催者の熱意を感じます。重要なのは、自分たちが良いと信じるモノだけを作り、量より質、小さく生んで質を維持することから共感者を増やしていくという姿勢です。結果を他人のせいにしないで、誰も来なかったら自分たちが参加者になって育てるという強い想いなのです。
 最近、食の世界で「地産地消」が重要なワードとして用いられていますが、地域の楽しみも、自分たちが楽しむからこそ、自分たちの手で作り、余ればそれを他の地域の人にも「一緒に楽しみませんか」とお誘いすると考えれば、これらのプログラムはまさしく楽しみの「地産地消」です。

 面白いのは、みなかみオンパクでは、プログラム企画者はかならず他の企画にも参加してお互いに学ぶことを義務付けていることです。昨年、「お茶と地元野菜を使ったコース料理をバイオリンとキャンドルの灯りとともに」を企画した地元のトンカツ屋「銀の月」の若きオーナーシェフ羽鳥さんも、前年に参加したジビエ料理のプログラムに刺激を受けて創作コースにチャレンジしたのです。
 それぞれの企画を評価しあうことで刺激を受けてさらなる高みを目指す、このような仕組みが内包されている「みなかみオンパク」には自立の力や、ただやり続けるのではなく、より優れたものを目指そうという夢見る力も感じます。参加者だけでなく、企画者からも高い評価を得ているのも納得です。
 この事業のもう一人の推進役、地元の温泉旅館「辰巳館」の四代目深津卓也さんの、旅館業の枠を超え自然体で地域のいろいろな職種の人と一緒になって地域の新しい魅力づくりに奔走している姿をみると、観光の新たな可能性を感じるとともに、従来の観光業の枠組みにとらわれない新しいネットワークの大切さを教えられます。ネットワークの中からアイディアが生まれ、ネットワークの中に支えあう力が湧いてくるのです。
 「みなかみオンパク」には、みなかみという地域社会、地域自然の特徴を活かしながらそれらを融合し、一つの個性的なコミュニティに育てたいという想いを感じます。同じ地域に住む人々が個別に存在し、企業がそれぞれの業界を形成しバラバラに利益を追求する時代は終わったのです。
 これからの観光を考えるヒントは、個人、会社、地域の身近な「小さな幸せ」探しのような気がします。自分の思う地域の「小さな幸せ」を見つけて発信すれば、共感・共鳴する人が集まって結果として観光になるのです。
初詣も個人の「小さな幸せ」への願いから始まったのですから。

参考文献 :『鉄道が変えた社寺参詣 初詣は鉄道とともに生まれ育った』 平山昇著 交通新聞社新書2012
:みなかみオンパク http://minakami-onpaku.jp/