温泉地での過ごし方を総合的にデザインする [コラムvol.410]

2019.12.02

観光地域研究部 上席主任研究員 岩崎比奈子

 2019年も師走に入りました。冬の寒さが募ってくると、「温かい温泉に浸かりたいなぁ」という声が聞こえてきます。

誰もが「温泉好き」なのだろうか?

 「寒くなる」と「温かい温泉に浸かりたい」、「まとまった休暇が取れる」と「旅行に出かけて息抜きしたい」、こうした希望を満たしてくれるのが「温泉地へ出かけること」「温泉旅館に泊まること」でしょう。ただ、「誰もが温泉好きなのか」「今、温泉地や温泉旅館に期待されていることとは何か」について、今一度、見つめてみる必要がありそうです。

 私が大学で担当した「宿泊施設の運営」に関する講義を受講する学生と接していて、夕食を部屋食で提供する旅館や、客室係が付いて接客を行う旅館への宿泊体験が乏しく、四十代の私が「温泉旅館のサービス」としてイメージするものと、学生たちが思い描くそうしたサービスには大きな乖離があると感じたのです。

 同じことは外国人についてもあてはまり、彼らがイメージする「温泉地・温泉旅館」と多くの日本人が思い描くそれらは、大きく異なるだろうと容易に察しが付きます。

「温泉や温泉地の価値」がきちんと伝わっているか

 日本国内に暮らす人々は、日頃、テレビや雑誌、駅貼りポスターなどを通じて温泉地や温泉旅館の様子に触れており、ある一定のイメージができていると言えるでしょう。幼い頃から家族旅行などをよく経験した人ほど、温泉について多彩なイメージや多くの知識を持っていると思います。

 ただ、私と同年代の大学の先生が「最近は、温泉へ行って知らない人と一緒に大浴場に入ることを好まない学生も多い」と憂いていたことに、私も軽い衝撃を受けました。旅行目的として温泉は常に上位にあり、「誰もが温泉を好む/行きたがっている」ものと思い込んでいたのです。

 こうした学生の傾向は、若者の価値観が変化してきたこともあるでしょうが、温泉地側が自らの地域でどのような価値ある過ごし方ができるか、入浴以外のどのような価値を提供できるか、をきちんと伝えきれていないことにも原因があるように思われます。 そして、海外に住む外国人へ「温泉や温泉地の価値」を伝えるのは一層、難しいことです。

外国人にとって「温泉地」とはどのようなところなのか?

 外国人旅行者が温泉を楽しむにあたって、“泉質”にこだわる人はまだそれほど多くはないと言われています。そこで、海外在住者を対象に実施した調査(※)の中で、「温泉入浴のほかに重要な要素・活動」について尋ねました。

 その結果の一部を以下の図で示しましたが、「地元の食を味わう」「大自然を楽しむ」が「非常に重要である」とする割合がとても大きくなっています。これらは温泉旅行に限らず訪日旅行全体の目的としても大きな割合を占めていて、特に「地元の食」は日本人にとっても大きな訴求ポイントです。ただ、日本人は「温泉情緒がある」「外湯めぐりができる」「秘湯である」ことにも魅力を感じる傾向にあること、そして外国人が「都市部からアクセスしやすい」ことも比較的重視していることに違いが見られます。

図 温泉入浴のほかに重要な要素・活動

 この結果から感じることは、日本の温泉地について明確な地域イメージが乏しく、多くの日本人が温泉地に期待する温泉街の散策や外湯めぐりなどを知らない外国人に対しては、もっとわかりやすい方法で情報を伝えることが必要ではないか、ということです。

「温泉や温泉地の価値」を地域ぐるみで伝えていく

 あらためて述べるまでもなく、我が国の温泉地は地域特性も観光地としての産業構造も様々で多様です。そのため、「温泉地での過ごし方とはこのようなもの」と一言で表現することには無理があり、各温泉地が自ら具体的に発信することが重要であるのは、昨今、SNSや動画が積極的に活用されていることからも明らかです。そして、そうした発信の前段として、これも言い古されたことですが、自らの足元(空間、コンテンツ、関係者など)を見つめ直して、受け入れ環境整備や魅力づくりに取り組むことが重要なのだと思います。 以下では、二つの温泉地の取り組みをご紹介します。

◆生活習慣改善への“きっかけ”を与える~湯村温泉(兵庫県)

 現在、湯村温泉で試行されているのが、「温熱リラックス」の提供です。湯村温泉は高温の温泉が豊富に湧出し、「荒湯」という、温泉がグツグツと煮えたぎる様子を見られるスポットがあるなど、温泉入浴も温泉情緒も満喫できる温泉地です。ただ、最近では衣服を脱いで入浴することを面倒とする風潮も感じられるとのことで、地元では全身入浴ではなく、利用しきれずに川へ捨てている温泉の熱を活用することを検討しています。具体的には、温泉が流れる配管が埋まった遊歩道に横になって身体を暖め川音を聞きながら行うストレッチや、健康に配慮した食事の提供などを一連のプログラムとして提供します。日常から離れた温泉地で、温泉の熱を介して自分の身体と向き合い、生活習慣の改善に気付きを与える機会として、こうした温泉地での過ごし方を提案していきたいとの想いから取り組まれています。

◆お茶の魅力を目指して訪れていただく~嬉野温泉(佐賀県)

 嬉野温泉では、温泉と同様にそれぞれ長い歴史を持つ嬉野茶と肥前吉田焼の関係者が「嬉野茶時(うれしのちゃどき)」プロジェクトを推進中です。これまでは「温泉」と「地場産業(お茶・焼き物)」はそれぞれに産業振興を図ってきましたが、数年前にこれらの業界の若手経営者同士が出会い、新しい感性で取り組みを進めています。具体的には、お茶畑の中に設えられた空間で、そこで生産されたお茶を生産者自身に淹れていただく、お茶畑や窯元を、嬉野茶のボトルを携えてレンタサイクルで巡り、夜は温泉に浸かり、地元の食を堪能する。こうした温泉地での一連の上質な過ごし方を、旅館がプロデュースしています。

荒湯と足湯(湯村温泉)

杜の茶室(嬉野温泉)

 この二つの事例は「温泉」自体に対するアプローチは異なりますが、「温泉地」での過ごし方を上質なものにしていこうという想いから、いずれも自らの足元を見つめ直した結果、背伸びはせず、今ある空間に、動ける人材が、新たなコンテンツを作り出して提供しています。

 このように「温泉や入浴」を単独でではなく「温泉地全体」として過ごし方を総合的にデザインし、それを明確に打ち出すことが、今外国人への情報発信も念頭に置くと求められていることなのではないでしょうか。

 温泉地の活性化を考える時、温泉資源の保全や効能に関する研究、古くから伝わる文化の継承など、将来に向けて守り深め伝えていくべき事柄も多いですが、同時に、時代に合わせて変化させ磨き上げていくこともあると思います。温泉地の中で何をどのように変化させるのか、誰の声を聴き、誰とともに行動するのか、その見極めが大事なのだろうとあらためて感じています。


※調査概要
調査名:「DBJ・JTBF アジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査」
調査対象:12カ国(中国、台湾、香港、韓国、タイ、インドネシア、マレーシア、シンガポール、イギリス、アメリカ、フランス、オーストラリア)
調査方法:Web調査
調査時期:2018年7月
回収数: 6,283名

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