観光政策に生かせる学術研究を目指して [コラムvol.223]

2014.09.12

観光政策研究部  川口明子
col-223

■はじめに

 「実践的な学術研究機関」を目指す当財団では、旅行・観光に係る豊富な調査実務経験を生かした、当財団研究員による学術研究論文の執筆を積極的に推進しています。筆者も今年度(2014年)から、過去10年以上にわたる観光統計づくりの実務経験を生かした学術研究論文の執筆に挑戦。今回の研究員コラムは、8月下旬に参加した学会発表会への参加報告です。

■数学的な手法を用いるOR、観光も研究テーマに

 急な気温の低下で、東京では早くも夏の終わりが感じられた8月終盤、筆者は羽田を飛び立ち北海道へと向かいました。東京に比べれば涼しく快適であろうと、北の大地に上陸する日を指折り数えて心待ちにしていましたが、結果的には気温差ほぼゼロ。拍子抜けしましたが、身体には負担の少ない出張と相成りました。

 今回の北海道出張の目的はオペレーションズ・リサーチ(以下、OR)学会の発表会に参加すること。「OR」という言葉をご存じの方は多くはないと思いますので簡単に説明しますと、“限られた資源を有効に利用して目的を最大限に達成するための意思決定を、数学的・科学的に行う手法”(出典:三省堂大辞林)を意味します。

 「観光研究なのになぜOR学会で発表したの?」と不思議に思われた方がいらっしゃるかもしれません。筆者は大学時代、人・物の動きや都市の構造を数学的・科学的に解析する「都市計測実験室」という名の研究室に所属していました。ここでの研究で用いられる手法がまさにORだったのです。観光政策でORを活用した事例はこれまでほとんど聞いたことがありませんが、ORは平たく言えば「ツール」であり、様々な分野での応用が可能。観光政策への応用可能性も十分にあります。今年(2014年)から再び学術研究に挑戦するということで大学時代の指導教官の門を叩き、まずはご縁の深いOR学会へと論文を投稿することになったのです。

日本OR学会  JR手稲駅から路線バスで10分程のところにある北海道科学大学が今回の発表会場。ORの手法としての進化を目指す「基礎研究」から、ORを公共政策などに活かす「応用研究」まで、多彩な論文が出揃います。筆者の論文は、観光政策にORの手法を取り入れた「応用研究」です。

 数学的な手法を扱う学会だけあって、論文集には難しい数式がズラリ。冊子を閉じたくなる衝動を抑え、発表論文リストに目を通してみると、意外にも「観光」をテーマとする論文発表が他にもあり親近感が湧いてきます。観光ルートの研究が中心で、前提条件に現実離れ感が否めないながらも、筆者にとっては新鮮かつ刺激的な内容。ORをもっと現場の事業計画や政策立案に生かせる可能性があるかもしれない、と発表を伺いながら思いを巡らせました。

■訪日外国人の訪問地多様性を数値化、科学的研究を可能に

 筆者の投稿論文の題目は「訪日外国人の訪問地多様性の測定」。旅行者の訪問地多様性の数値化が研究の目的です。折しも観光庁が「訪日外国人2,000万人」という数値目標とともに「訪問地の分散化(つまり多様化)」を重視する姿勢を示しているところ。後者も数値化を図ることで、目指すべき目標像が明確になるとともに、どのような政策が訪問地の多様化に効果的なのかを科学的に解明することができるようになります。“目標は高く”ということで、「訪日外客数」に並ぶ第二の政策目標として活用できれば、とも。なお、本論文はお二方の先生方のご指導の元、観光に関心を持たれていた大学院生の方と共同で執筆しました。

「訪日外国人の訪問地多様性の測定」  今回の論文で取り上げた指標の目玉は「ジニ係数」です。この指標は貧富の格差を示す際に用いられますが、これを応用して訪問地の多様性を測定しました。この指標の利点は、単に市町村間の訪問者数の偏りを示すだけでなく、目的に応じ様々な指標と対比させた上での偏りを示せること。政策目標としての訪問地の多様化には、「観光収入獲得の機会均等」と「集中拠点における混雑緩和」の大きく2つの意味があると筆者は考えていますが、前者であれば観光産業従業員数1人当たり、後者であれば宿泊施設の客室数1室当たりといったように、政策の目的に応じた訪問地の偏りを測定することができるのです。このほか、訪日外国人の訪問地が一極に集中する傾向を前提とした「拠点からの平均距離」による測定も試行。今回の論文では利用可能なデータの制約から測定対象を北海道に絞りましたが、今後は測定対象を日本全国に拡大するとともに、それぞれの指標が持つ特性や学術的な根拠を整理して査読付論文として投稿する予定です。

■観光政策の現場に生かせる、今の自分にしかできない研究を

 自身の大学時代を振り返ると、得意科目だった数学を生かした研究がしたいと思い前述の研究室に所属しましたが、自分の取り組むべき研究テーマに出会うまでに非常に苦労しました。今から思えば、研究室に入るまでは体系づけられた知識の吸収と反復ばかりで、答えのない課題を認識して自力で解明していく力や経験が圧倒的に欠けていたのでしょう。

 社会に出て10年超。その間に、現実の様々な課題に直面する機会を得て、研究テーマのアイディアも自然に湧き出すようになりました。その反面、若い頃に学んだ数学の知識は(統計以外)すっかり錆び付いてしまいました。学問の基礎の復習を誓うとともに、今の自分にしかできない、観光政策に生かせる研究をしたいという思いを新たにさせてくれた、今回の学会参加でした。

 

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