"圏外”で考えた旅の時間[コラムvol.270]

2015.09.27

観光研究情報室 室長 久保田美穂子

 携帯電波の届かない宿で一泊した。「いつも誰かとつながっていたいのは若者だけで私は平気」。そう思っていたが実際に体験してみると、手持ち無沙汰でなんとも落ち着かない時間を過ごすことになり、考えさせられた。

圏外で一晩

写真1 山カフェ「でくのぼう」の入り口

写真1 山カフェ「でくのぼう」の入り口

 泊まったのは、加賀市山中温泉から車で20分ほど山奥の限界集落にあって携帯電話もテレビの電波も届かない「百笑の郷」。亜細亜大学のホスピタリティマネジメント学科のゼミ合宿に同行したもので、このゼミでは毎年、加賀市観光交流課の支援をいただき市内の各所で4日間を過ごし観光まちづくりに関する研修を行っている。

 「百笑の郷」の山カフェ「でくのぼう」では、山と川に囲まれた静かで豊かな自然環境の中で川遊び、竹細工、農業体験など様々な“自然暮らし”を体験することができ、そば工房「権兵衛」では蕎麦打ち体験ができる。ただしここは、単なるアウトドア体験の拠点施設ではない。

 「でくのぼう」のご主人林昌則さんは「ニート、ひきこもりのための居場所づくり」かつ「過疎集落の活性化にも貢献する」としてシェアハウスを運営するなど、社会的な活動家でもある。その活動紹介プレゼンテーションには学生ともども驚かされた。“元不良”でもあった林さんは様々な体験を重ね、人間が自然環境の中に身をおくだけでどれほど心身の健康を回復するものなのかを学び、確信し、今日に至っているという。テレビも見られず、携帯電話もつながらないのは、林さんの言う「自然の中で過ごす時間の力」を高めるのに重要な環境でもあった。

 “圏外”という状況について今時の大学生たちがどれほど騒ぐかと思ったが、そこは相部屋の合宿ならではか、夜遅くまで楽しくおしゃべりをしていて「意外に平気でした」とのこと。それに比べてうろたえたのは、引率者としてシングルユースの便宜を図ってもらった私の方だった。

 出張中に限らず、夜はメールやSNSのチェックが常態化している。その日の出来事を家族や友人に伝えたり、ニュースを読んだり、時にはショッピングするなどスマートフォン片手に1時間程度が経過していることも珍しくはない。それが誰とも“交信”できないし、今日のニュースにも触れることができないのだ。

 することがないので寝ることにした。眠くなるのを待つしかない。横になってみると、川の音、風の音が聞こえてくる。そういえば子供のころ、眠る前にいつも天井を眺めていたことを思いだした。昔は、眠りにつくまでに時間があった。必ずしも楽しいわけではなく、どちらかといえばもどかしい時間。

「ブラタモリ」に流れる「待つ」時間

 どうでもいい(と思っていた)ことを次々と思い出してハッとした。最近復活したNHKのまち歩き番組「ブラタモリ」についての友人との会話だ。「ブラタモリってやっぱり面白いよね。でも見終わったあと、ああ、やっと終わった的な感覚がある。よく最後まで頑張って見たなって感じ(笑)」。

 同番組の初代のチーフプロデューサー尾関憲一さんは言っていた。「ああだこうだいいながら結論にたどりつく面白さを伝えたい。だから、たとえばタモリさんが声をかけてからお店の人が出てくるまでの時間をカットしない。インターネットで検索すればすぐに答えが出てくることに慣れている時代だからこそ、待つ時間をそのまま残して編集している」と。

 「ブラタモリ」は、誰もが知る有名都市を舞台にして極めてマニアックな視点でテーマを絞って構成している点が人気を呼んでいるのだが、このように「待って考える時間」に関する制作コンセプトが根底にあり、それが観ている人に伝わっている。私の友人の言うように必ずしも心地がいいわけではなく、じりじりする違和感のようなものとして。しかし、それでいいのだ。

「期待しないで待つ」

写真2 自然の中で過ごすとは、日常とは別の価値観に気づくこと

写真2 自然の中で過ごすとは、日常とは別の価値観に気づくこと

 哲学者の鷲田清一氏は、著書『待つということ』の中で、現代人が待てなくなっていることに言及している。「待つ」にもいろいろあって、

・一見すると受け身に見えるが、非常に積極的な姿勢での「待つ」

・待望しているものが来る保証がどこにもないのに、それでも祈りに近い形で「待つ」 、の他に、

・具体的な何かを待望するわけではない「待つ」、がある、と。

 「自然や生命は、意のままにならないもの、どうしようもないもの、待つしかできないものによって成果が決まるもの。そういうものへの感受性をなくしてはいけない。また『待つ』には偶然の働きへの期待も含まれている。そこには人知を越えた可能性がある」とも発言している。

 次々と観光地や体験を紹介する旅番組とは異なり、いわゆる普通の、私たちのリアルな旅行には、移動中などに「待っている時間」があるものだが、交通機関の高速化や電波網のおかげで「具体的な何かを待望するわけではない、待つ時間」はどんどん少なくなっている。確かに私たちは待てなくなっている。

 林さんのところでは、自然の中での農作業や動物の世話などの生活によって元気を取り戻した人が再び社会に戻っているときいた。私も久しぶりに深く眠った。

 旅先ならではの「期待しないで待つ時間」を増やしたい。

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