旅行市場は震災からいつ立ち直るか [コラムvol.138]

2011.03.28

研究調査部 塩谷英生
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 はじめに、この度の東北地方太平洋沖地震で被災された皆様方に対して、心よりお見舞いを申し上げる次第です。
 今回は食をテーマに原稿を準備していたのですが、3月11日に発生した震災の旅行市場への影響について書かせていただくことに致します。この原稿は、震災発生から2週間を経た25日に東京で書いています。現時点で十分な情報が揃っているわけではありませんが、個人の所見ということで了解ください。(塩谷英生)

◆国内旅行市場回復はGWが試金石か

 福島第一原発では使用済み核燃料プールへの放水が一定の成果を上げていますが、原子炉冷却機能は回復されておらず、依然不透明な状況が続いています。
 旅行市場はまさに平和産業であって、有事の際には国内市場も国際市場も冷え込みます。
 筆者は日頃、旅行需要を、お金、時間、気力(旅行したい気持ち)、体力(健康)、知力(旅行を楽しむには情報が必要)、運(同行者や家庭の都合や観光地情報との出会いなど)で規定されるものだと考えています。
 しかしこの2週間は、需給を結びつける「旅行インフラ」に問題が生じていました。ここで言う旅行インフラには、交通体系、安全などが含まれます。運休や遅延の可能性が高かったり、ガソリンの入手が難しかったり、停電で信号機が点灯しないといった状況での旅行はそもそも難しいのです。逆に言えば、鉄道や高速道路、ガソリン供給、余震、原発事故、食材の安定供給など、一つ一つの課題が解決に向かう頃に、ようやく旅行市場は本来の需要予測に耐える状態に近づいていくでしょう。
 仮に災害対策が順調に行けば、国内市場については、先ずGW市場が試金石となります。例年になく曜日配列の良いこのオンピークで、自粛ムードや風評被害が払しょくされ、前年比8割程度まで回復することができれば、国内旅行市場も一息つくものと思います。首都圏では計画停電の可能性も残りますので、西日本方面の人気が高まる可能性があります。また、オンシーズン以外の市場を支えている高齢層において、放射性物質や計画停電の影響からフリーになれる地域へのロングステイの旅行が検討される可能性があります。
 東北地方については、青森新幹線の全線開通が待たれます。復興を印象づける象徴的な映像として大きな効果があるでしょう。東北地方も日本海側をはじめ震災の被害を直接受けていない地域が多いので、観光施設の安全情報や交通等の旅行インフラに関する正確な情報をそのタイミングで提供していくことが重要となるでしょう。(参考までに、「旅行者動向2010」(JTBF)によると、東北地方の着地シェアは9.5%、茨城県と合わせると10.3%を占めます。被害が大きかった岩手県、宮城県、福島県の3県では5.9%です。)
 旅行インフラ回復後の旅行需要の説明要因で最も大きな要素はお金(経済環境)ですが、今回の地震の影響は直接、間接に多くの大企業にも及んでいます。このため、これまで堅調な需要を示してきた「旅行好きで安定収入のある層」にも一定の影響があることが予想されます。
 また被災地では、復興に係る政府や民間の投資活発化が予想されますが、これが域内の家計に波及して(発地としての)旅行需要回復につながるのは翌年以降ではないかと思われます。日本海側の地域や茨城県南部など直接的な影響が比較的小さい地域については、早い段階での需要回復も期待されますが、年内は東北や東関東地域の旅行需要は大幅減となると考えられます。なお、「旅行者動向2010」(JTBF)のデータでは、国内宿泊観光旅行回数のうち東北地方発の比率は6.4%、これに茨城県と千葉県の一部地域を加えた10%程度とみられます。(今後の国内市場見通しについては、当財団HPの「先読み!マーケットトレンド」の場で情報提供していくつもりです。)

◆インバウンド市場の局面

 東京入国管理局によれば震災が発生した11日から22日までの成田空港への外国人入国者数は約6万7千人と、前年同期の約17万人に比べ約6割減少しています。満開の桜を目当てに来日予定だった需要の多くがキャンセルで失われてしまいました。
 海外メディアで取り上げられる関心事は、津波から福島第1原発の事故へと移っています。インバウンド市場の主要国では例外無く、政府や企業が日本国外への退去勧告や渡航自粛勧告、被災地からの退避勧告等を出していて、例えば米国人に対しては80km圏外への退避勧告が出されています(我が国では20~30km圏が屋内退避)。原発事故に関する情報の不足を嫌って災害救助に来た海外の救援隊が、救援活動に入らずに引き返してしまうといった笑えない椿事も起こっています。
 現状では例えば、花粉症予防のマスクをしている映像でも、放射性物質対策として海外からは見られてしまいます。WHOが日本渡航の安全勧告を出すなど、ポジティブな情報も一部ありますが、インバウンド市場は年内は原発事故の風評被害によって厳しい現実に直面せざるを得ないでしょう。
 ではどのくらい時間がかかるのでしょうか。ここで、過去に起きた幾つかの事件や災厄がもたらした影響と発生以前の水準への回復時期について整理してみます。(インバウンド市場の過去の事例については、今週の「先読み!マーケットトレンド」に改めて詳細を掲載いたします。)

下記の表をクリックすると拡大表示いたします
表1
JNTO、各国・地域政府観光局資料等より塩谷作成

◆今後発信すべき安心情報

 以上に挙げたどの事件・災害よりも、今回の大震災のインバウンド市場への影響は大きいと言わざるを得ません。原発事故、地震、津波、旅行インフラ悪化、円高等の要因が重なっています。どの事例をみても、市場が回復するためには、不安の根にある事象が解消されることが最低条件となっています。その上で速やかに風評被害や自粛ムードを払しょくするための情報を提供していく必要があります。
 外国人に提供すべき安全情報とはどのようなものでしょう。07年に世界経済フォーラムが発表した「旅行・観光の競争力指数」(TTCI=The Travel & Tourism Competitiveness Index)の評価軸では、比較的「旅行インフラ」の評価に重点が置かれています(表2参照。筆者訳)

表2  ここで取り上げられている評価軸は、良くも悪くも国際観光客の視点からみた旅行先選択の必要条件と言えるでしょう。安全性と危機管理、健康と衛生、交通や情報に関する社会基盤など、現時点で頭の痛い項目が並んでいます。これらの諸点に関して、政府観光局をはじめとした様々な主体が海外へ安心の情報を発信していくことが期待されます。

 世界124カ国を対象に旅行・観光産業の競争力を高める要因や観光政策について13の指標から評価したもので、「観光資源魅力を中心とした美人コンテストではない」と事務局がコメントしている。日本は25位。当時の旅行インフラの評価は高かった。

 

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