観光におけるルールメイキングを考える [コラムvol.450]

2021.07.19

観光政策研究部 社会・マネジメント室 副主任研究員 池知貴大

 2020年に引き続き、2021年もコロナ禍によって我々の生活は大きく変化し続けている。人の移動そのものがこんなにも長く制限されたことは、多くの人にとって初めての経験だろう。観光産業は、あらゆる産業の中でもその影響を受け、今まで当たり前とされていたことが、色々な場面で制約されている。

 こうした変化は、観光産業における様々な「ルール」にも影響を与えている。例えば、コロナ禍において、チェックインする際に検温が実施されることが多くの宿泊施設でデフォルトの仕様となった。これらは、旅館業法に基づく規制ではないにも関わらず(検温しないこと自体に罰則はない)、自主的に従われている「ルール」となっている。ここまで急速にチェックイン時の検温が広がったのは、宿泊施設に関連した業界ガイドラインに検温が明記され、そのガイドラインに従うことが消費者の安心感につながるといったことや、GoToトラベルキャンペーンに参加する条件としてチェックイン時の検温が求められたこと等が理由であろう。

 さて、本コラムでは、そうしたルールに関わる活動である「ルールメイキング」について、観光産業の例を交えて紹介する。ルールメイキングはかなり多義的な言葉として使われているが、「法的拘束力の有無を問わず、規範の形成・変更・維持を目指す活動」が、包括的な定義として挙げられる(※1)。よりかみ砕いて言うと、言葉のままであるが「ルールを作り上げていく」活動を示しており、「パブリックアフェアーズ」と表現されることもある。さらに一般に馴染みのある言葉で言うと「ロビイング(ロビイ活動)」という言葉が意味合いとしては近いかもしれない。いずれにしても、技術の進歩が速く、社会が急速に変化している現代においては、既存のルールを所与のものとせず、様々な立場から積極的にルールを作り上げていくことが求められているのではないか、ということが「ルールメイキング」の根底にある問題意識である。

そもそもなぜ「ルールメイキング」が重要か

 「ルールメイキング」は、従前より重要性は指摘されていたが、特に近年、より一層注目を集めている考え方となっている(※2)。その理由としては、「法の遅れの拡大」「企業の社会的責任」「競争優位性」が挙げられる(※1)。以下、観光産業を例にその具体的内容を考えていく。

写真は、21_21 DESIGN SIGHTにて2021年7月2日より開催されている企画展「ルール?展」。
企画展では、様々なルールを多角的な視点からとらえている。

法の遅れの拡大

 「法の遅れ(Law lag)」とは、立法的な対応は時間がかかるため、法律が現実の後追いとなってしまい、法が実態に適さなくなってしまう状態を指す。現代においては、様々な技術の進歩に伴い、かつてないほど法の遅れが進んできていると指摘されている(※3)。

 こうした中、既存の法規制ではグレーゾーンにあたる新しいビジネスを行うには、そのビジネスを行う企業自体が適切なルールが制定されるように働きかけ、時には自分たちでルールを作っていくことが必要になる。観光産業においては、民泊が登場した際の旅館業法における位置づけの不明確さが、まさに「法の遅れ」だったといえる。観光産業のど真ん中ではないが、電動キックボードに関連した近年の動きも、電動キックボードのシェアという新しいビジネスと、既存の法規制(道路交通法)のギャップに関連した動きといえる。

企業の社会的責任

 CSRやESGといった言葉が浸透したように、企業には適法/違法ということを超えて、倫理的な行動が求められるようになった。たとえ適法だったとしても、社会的に受容できない行動をとった企業には社会的な制裁(例:不買行動、炎上)が下され、さらに、消費者が倫理的な行動をとっている企業を積極的に支持する動きも加速している。

 観光産業においても、環境に対する配慮が求められる等、コロナ前から企業の社会的責任は求められていた。また、コロナ禍においては、人の移動と感染症が関連付けられる中で、感染拡大に寄与しない形での人の移動や体験の提供が求められた。多くの観光関連の業界団体がコロナ禍における自主的なガイドラインを作成し、企業がそうした「ルール」に自主的に従ったのも、企業の社会的責任を果たす行動の一つといえるのではないか。

競争優位性

 さらに、端的に競争優位性につながるという事情も、ルールメイキングへの注目を集めている理由だろう。最も分かりやすい例でいえば、自社の製品や技術を標準とするルールメイキングに成功すれば、業界における地位を築けるということだろう。また、企業側から適切なルールに関する提案をすることで、過剰規制を避けることができるというメリットも存在する。

 アメリカの例ではあるが、ベイルリゾート(スキー場)は、シーズン開始前に感染症対策や感染者追跡の仕組みを含む計画を策定し、行政と交渉をすることで、(一定の制約はあるが)シーズン中の営業を続けることに成功した。もし、企業側から全くそうした計画が策定・提案されなければ、営業自体が許されない事態もあり得ただろう。

「ソフトロー/自主規制」的なアプローチ例

 さて、冒頭で記載したように「ルールメイキング」とは、法的拘束力のある規範だけでなく、ガイドラインや自主規制ルールといったソフトローを対象とした活動も含んでいる。ソフトローは、一般的な法規制(ハードロー)とは違い、通常は権力による強制力を持たないが、柔軟かつ迅速な対応ができるという利点を有している。

 また、プラットフォーマーの存在感が増している近年においては、そうしたプラットフォーマーが利用規約として制定するルールが、実質的には強制力をもつということがある。企業側が自主的なルールを定めることで、利用者は安心・安全を感じながら、そのプラットフォームを使うことができるというメリットを享受する。

 コロナ禍での観光産業におけるソフトロー的なアプローチとして、体験予約サイトであるアソビューにおける自主的な感染症対策の取組が参考になる(※4)。疫学専門家の協力の下、体験提供施設が従うべき感染対策ガイドラインをいち早く作成し、その感染症対策を実施している施設を認定するという取り組みを行っていた。こうした取り組みは、公的機関によって強制されたものではないが、プラットフォーマーという立場から実効的に各施設の感染症対策を促すことができ、さらに消費者から安心感を得ることに成功した。

おわりに

 さて、本コラムでは非常に簡単ではあるが、「ルールメイキング」を観光産業に関連させて紹介してきた。コロナ禍では、当たり前とされていたルールが、当たり前でなくなる事態が頻発した一年であった。観光産業において、ルール(規制含む)を作るのは公的機関であり、民間企業はそれに従うという形に留まらず、民間側から積極的にルールづくりに関わっていく活動の重要性が、より一層感じられたのではないか。

 「ルールメイキング」は古くからある活動でありながら、近年急速に注目が集まっている分野でもある。本コラムでは色々と省略した説明となってしまったので、「ルールメイキング」に興味をもった方は、ぜひ本コラムで引用した文献等を読んでいただきたい。

  • ※1:官澤康平、南知果、徐東輝、松田大輝.(2021). ルールメイキングの戦略と実務. 商事法務.
  • ※2:齋藤貴弘. (2019). ルールメイキング ナイトタイムエコノミーで実践した社会を変える方法論. 学芸出版社.
  • ※3:水野祐. (2017). 法のデザイン. フィルムアート社.
  • ※4:アソビュー社ホームページ「レジャー・体験領域におけるコロナ対策支援 ~専門家との連携により安心安全なサービスを提供~」(https://www.asoview.co.jp/case/4162/ , 最終閲覧2021/7/1)

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