しまなみ海道における自転車旅行の推進に関する一考察[コラムvol.260]
展望台から眺めるしまなみ海道

 最近、自転車が話題にのぼることが多くなっています。それは、本年6月1日に施行された改正道路交通法により、一時不停止や信号無視、酒酔い運転などの危険運転14項目に対する取締りが厳しくなったことが影響しています。道路渋滞の激しい大都市などでは自転車利用がとても便利ですが、事故につながりかねない危険な運転は避け、安全な交通環境を維持したいものです。

 一方、観光業界においても自転車が注目されています。それは「自転車旅行」です。自転車はゆっくり移動する交通手段であり、また走行コースを比較的自由に選ぶことができるため、主要道の走行をはじめ、脇道や路地、海岸線、農道等の細道も走ることが可能で、時には自転車を抱えて階段を上り下りしながら、地元の人や産業との触れ合いを楽しむことができます。欧米やオーストラリア、台湾などの海外諸国・地域では自転車旅行(以下、「サイクリング」という)推進の取り組みが進んでおり、自転車レーンや自転車専用道の整備、自転車旅行者(以下、「サイクリスト」という)を対象とする標識の整備、自転車を持ち込める列車やバスの運行が行われています。これらの国や地域の状況と比較しますと、我が国のサイクリング及びそのための環境整備が進んでいるとは言い難く、今後の改善が期待されるところです。

 それでは、具体的にどのような方策が必要とされているのでしょうか。

 当財団では、本年6月25日(木)~26日(金)に開催した「平成27年度観光地経営講座」において、サイクリングの推進に力を入れている地域の一つである「しまなみ海道」を舞台に推進活動を展開する組織「NPO法人シクロツーリズムしまなみ」(愛媛県今治市)の山本優子代表理事にご講義いただきました。ここでは、しまなみ海道及びその周辺地域を事例として、講義にてお伺いした話や筆者が事前に今治市及びその周辺地域を訪れた際の印象等をもとに、当該地域におけるサイクリングの推進を含めた観光振興の課題及び対応等について考察します。

しまなみ海道における自転車旅行の推進状況について

 しまなみ海道(正式名称は西瀬戸自動車道)は1999年に開通(全線開通は2006年)し、NPO法人シクロツーリズムしまなみは開通10周年にあたる2009年に立ち上がりました。当時はまだサイクリングロードとしてのしまなみ海道の注目度は低かったのですが、徐々に知名度があがり、2013年にはミシュランガイドの「1つ星」に選定され、翌2014年にはアメリカ・CNNの旅行情報サイトにおいて「世界7大サイクリングコース」の一つとして紹介されました。しまなみ海道は「海の上を走るサイクリングロード」として注目されるようになり、日本人はもちろん、海外から訪れるサイクリストも年々増加しているようです。

 このような状況を背景に、愛媛県内では、愛媛県等の行政機関やNPO法人シクロツーリズムしまなみ等の民間組織により、サイクリストが休憩するための「しまなみサイクルオアシス」の県内各地における整備、交流拠点となるゲストハウスの運営、ホテル等における自転車の部屋への持ち込みなど、サイクリング推進のための様々な方策を講じています。これらの取り組みが進むにつれ、地元住民もサイクリングの推進に理解を示すようになり、今ではサイクリストとの交流を楽しんでいます。外国人サイクリストに対しては、英語等の外国語が片言であっても臆することなく話しかけていて、おもてなしの精神が発揮されているようです。このように、サイクリングに適した場所、サイクリングをサポートする施設や対応者、そしてサイクリングを受け入れる環境(地元住民の理解等)の3つの要素が揃っているため、今後サイクリストが増大する可能性は十分にあると考えられます。

JR今治駅に設けられた自転車組立場

JR今治駅に設けられた自転車組立場

松山市内にある「はまかぜサイクルオアシス」(道の駅「風早の郷風和里」)

松山市内にある「はまかぜサイクルオアシス」
   (道の駅「風早の郷風和里」)

今治市の観光について

 しまなみ海道は、広島県尾道市及び愛媛県今治市が起点となっています。尾道市は「坂の町」として既に有名で、多くの社寺や飲食店、映画のロケ地等があり、多数の観光客が訪れています。一方、今治市については、観光地としての知名度がそれほど高くありませんが、実は多くの見どころを有しています。

 一つは、昔ながらの街並みや島の風景です。鎌倉時代を起源とする瓦づくり(菊間瓦)、江戸時代後期に始まった漆器づくり(桜井漆器)等の昔ながらの伝統工芸が今なお根付いている街の風景や、瀬戸内の島々に見られる小さな漁港などの生活風景は、特に外国人観光客に人気があります。もう一つは、産業観光です。今治市には伝統工芸に加え、日本一のタオル産業、造船業、そして特徴的な外観を有する食品関連工場など多くの製造業があり、その一部では一般の人を対象に見学を受け入れています。

 自転車旅行(サイクリング)目的で訪れる日本人及び外国人観光客にも、このような見どころを有する今治市、そして今治市とは異なる魅力が溢れる尾道市をそれぞれゆっくり見て楽しんでもらえるようになれば、しまなみ海道でつながる両地域での滞在時間が伸び、地域活性化につながっていくものと期待されます。

オーストリアの宮殿を模した食品関連工場の外観(日本食研愛媛本社工場)

オーストリアの宮殿を模した食品関連工場の外観
    (日本食研愛媛本社工場)

タオル美術館内の各種展示 (タオル美術館ICHIHIRO)

タオル美術館内の各種展示
     (タオル美術館ICHIHIRO)

今後の自転車旅行(サイクリング)推進及び観光振興に向けた課題と対応策

 前述のとおり、しまなみ海道及びその周辺地域ではサイクリングを推進するうえでの素地が十分に備わっていると思われます。今後は推進に向けた様々な支援策や連携方策が求められます。以下に具体的にいくつか提示します。

①統計データの整備

 サイクリングを推進するうえで、まずは実際の利用状況を把握することが重要です。しまなみ海道の自転車利用者数のデータは存在しますが、今後はその精度を向上させるとともに、利用動向(滞在日数、入口・出口空港、他の訪問地など)やニーズ(求められる機能や施設など)についてもアンケート等で把握できれば、推進に向けた対応策の検討・実施につなげることができます。

②インバウンド対応の強化

 海外からも注目されているしまなみ海道には、今後も多くの外国人観光客(サイクリストに限らず)が訪れる可能性を有しています。外国人観光客の満足度を高めるためにも、外国語表記の更なる充実、そして観光関係者のみならず地元住民も加わる形でのおもてなし対応(「方法論」と「心持ち」の両面)の充実が期待されます。

③安全・安心そして楽しく走行できる環境の整備

 冒頭で触れましたとおり、我が国での自転車道や自転車レーン等の整備状況は、海外に比べるとまだ十分ではないと言えます。観光客及び地元住民が安全・安心かつ楽しくサイクリングするためにも、自転車道や自転車レーン等の一層の整備が望まれます。これは当該地域だけにとどまらず、後述の広域エリアにも該当します。
 あわせて、サイクリングマップの作成・充実(地域内及び広域)も望まれます。

④自転車等の輸送システムの充実

 自転車に“乗る”だけでなく、自転車を“運ぶ”ことも重要な要素です。遠距離の移動はもちろん、この地域ならではの魅力である「海から景色を楽しむ」ことも醍醐味といえます。そのため、JRや私鉄等の協力によるサイクルトレインの拡充や自転車の持ち込みが可能なバスの運行、トラックでの自転車の運搬、航路の拡充なども検討すべきです。

⑤地元との連携

 しまなみ海道でつながる今治市、尾道市とも、それぞれ特徴的な観光魅力を有しています。しまなみ海道をサイクリングするだけでなく、両市の魅力を楽しんでもらうためにも、地元施設等と連携した観光コースの設定(特に自転車で巡るルート)や輸送システムの充実等が望まれます。

⑥広域での連携

 しまなみ海道の長さは約64kmありますが、これは海外のサイクリングコースに比べると短い部類に属します。ヨーロッパやアメリカには千km単位のコースがあります。このため、本格的なサイクリストは、しまなみ海道に対して物足りない印象を抱くかもしれません。

 「NPO法人シクロツーリズムしまなみ」では、広域ルート化を目指し、四国4県の連携によるコース(四国遍路)や山陽地域との連携によるコース(大阪~福岡間)などを提案しています。これらの実現には時間を要しますが、新たなサイクリングの楽しみ方として実現が期待されます。