ソーシャルメディア時代の到来 [コラムvol.174]

 先日閉幕したロンドン五輪、連日の熱戦に寝不足が続いた人も多かったのではないでしょうか。華やかな開会式に始まり、ウサイン・ボルト選手の3冠、日本人選手のメダルラッシュなど盛り上がりを見せた大会でしたが、私が特に興味を惹かれたのは競技ではなく“ソーシャル五輪”としての側面でした。
 今回の大会では初めて国際オリンピック委員会(IOC)が選手のソーシャルメディアの利用を推奨、積極的に選手が発信することで各選手のフォロー数は大幅に増加したと言います。また、大会期間中の総ツイート数は1億以上に上り、世界中の人々が一体となって競技を共有しながら楽しむという新たなスタイルが定着した大会となりました。

■リアルタイムへの回帰

 オリンピックは言うまでもなく四年に一度の大イベントですので、ソーシャルメディアの活況ぶりがニュースとして取り上げられるほどでしたが、こういった動きはイベントの規模やジャンルを問わず広がっています。
 いくつか例をご紹介すると、音楽では2010年に開催された宇多田ヒカルさんのコンサートがUstreamで配信、視聴者数は34万5千人、同時視聴者数は10万人以上を記録しました。Ustreamでの中継が行われている間につぶやかれたコメントの数は約18万件、1分あたり1,200件以上の書き込みが投稿されたそうです。
 また、プロ野球の分野ではニコニコ動画で3年前から楽天イーグルスのホーム試合を生放送で配信、今年からは新たにソフトバンクホークス、横浜DeNAベイスターズも配信を開始しました。
 音楽やスポーツイベントについては、チケットを取れなかった人や、現地で観ることができない人のニーズに応えたサービスと言えるでしょう。しかし、ソーシャルメディアで視聴することの魅力はそれだけではないようです。
 昨年放映された『TIGER & BUNNY』というアニメでは、TV放映と同じ時刻にUstreamでも配信が行われました。放送回が進むにつれて配信サービスを利用する視聴者の数は増加、最終回は午前2時過ぎの放送にも関わらず同時視聴者数は7万人を超えたと言われています。
 また、今年の7月からは『午前0時の映画祭』という、著作権保護期間が終了しパブリックドメインとなった映画を毎週金曜日の0時からUstreamで無料上映するというサービスがスタートしました。
 この二つの例が興味深いのは、配信サービスを利用しなくても観られるコンテンツを人々がわざわざリアルタイムで楽しんでいる点です。
 『午前0時の映画祭』はパブリックドメインとなった映画を対象に配信していますが、そういった映画はYouTube等の動画サイトに上がっており、観ようと思えばいつでも観られるのにも関わらず、人々はわざわざ指定された時間にアクセスして視聴しています。また、先に紹介したアニメもTVでも同じコンテンツが同じ時間に観られるにも関わらず、多くの人が配信を選択しました。
 なぜ、人々はいつでも、また別の媒体でも観られるコンテンツをわざわざ配信で観るのでしょうか。それはUstreamやニコニコ動画の機能に隠されています。Ustreamはコメント投稿欄を設けていて、動画の横に視聴者のコメントが常に表示されるようになっています。ニコニコ動画も同様の機能を備えており、視聴者の書き込みが画面上にテロップのように表示されるようになっています。プロ野球配信でホームランが出たときは視聴者の書き込みで画面がほとんど見えなくなるほどで、離れた場所で視聴しているにも関わらずまるで球場にいるように楽しめるようになっています。このように、他人のコメントを読みながら、また自らコメントを書き込みながらコンテンツを視聴することで他人と一緒にリアルタイムに盛り上がれることが最大の要因なのだと思われます。
 趣味や嗜好、ライフスタイルの多様化で、身近にいる人と共通の趣味で盛り上がることができる機会は減ってきています。しかし、ソーシャルメディアは離れた場所に点在している同じ趣味の人をつなぎ、一緒に盛り上がることを可能にしました。その結果、リアルタイムで楽しむことの価値が今再び見直されているように思います。

■そしてリアルの場へ

 そういったソーシャルメディアを通じての盛り上がりによって次に何が起こったかというと、ネット上からリアルの場への展開です。
 最近、様々な場面でソーシャルメディアからリアルの場へ人を引っ張り出す試みが行われています。例えば先に紹介したアニメでは、最終回の配信に合わせて全国44箇所の映画館でパブリックビューイングが行われました。またニコニコ動画は、今年の4月に“ニコニコ動画を地上に(だいたい)再現する”をコンセプトとして『ニコニコ超会議』というイベントを幕張メッセで開催、2日間で10万人近くの人が会場を訪れました。
 マーケティングの分野では、ここ最近「O2O」という言葉をよく見かけるようになりました。「O2O」というのはOnline to Offline(オンライン・ツー・オフライン)の略で、ネット(オンライン)から実店舗(オフライン)への行動を促すようなマーケティング活動のことを指します。スマートフォンやソーシャルメディアの普及によってオンラインとオフラインを別のものとして捉えるのではなく、連携して相乗効果を上げようという動きが進んでいます。
 スマートフォンやソーシャルメディアが浸透して、人は時間からも場所からも解放されたかに思えたのですが、逆にリアルタイムやリアルの場に集まることの価値が見直されることにつながったのは興味深いことです。

■観光地に求められるソーシャルメディア活用

 さて、観光地に目を向けてみると、TwitterのアカウントやFacebookのアカウントを開設している観光地や観光施設は続々と増えています。ただその多くはイベントの告知や割引プランのPRの発信が中心です。そういった情報を得てそのタイミングに合わせて訪れることが出来る人はその中の一部で、多くの人は自分が訪れることのできない時のお得情報を読むだけになってしまっています。これでは、来訪に結びつけるのはなかなか難しいと思われます。
 ここまで紹介してきたような事例に倣うと、ソーシャル時代の観光地の情報発信は単にイベントの告知やPRではなく、離れた場所にいる人たちが同じ時間を共有できるようなコンテンツの発信が求められるような気がします。普段は離れた場所にいても他の人や地元の人達とその地域で流れている時を一緒に過ごしているような、そういった共感を生み出す情報発信がリアルの場(=観光地)へと導くために求められるのではないでしょうか。