菅江真澄と着地型観光 [コラムvol.130]

2010.11.26

観光調査部 大隅一志
col-130

はじめに

 観光のビジネスモデルが変化する中で、地域振興策の一つとして着地型観光への取り組みが各地で進められています。地域主導による魅力ある旅行商品づくりの第一歩は、コンテンツとなる地域資源の掘り起こしと商品開発にありますが、これは簡単なようでなかなか難しいことです。東北地方に数々の足跡を残した紀行家・菅江真澄の地域を「観る」眼には、それを「観せる」着地型観光にとって重要な視点が示唆されているように思います。

東北を旅した紀行家・菅江真澄

 東北地方、とりわけ秋田県、青森県に行くと、訪れる先々で菅江真澄の名に出会います。しかし、東北の人以外に、意外とこの名を知る人は少ないようです。

 菅江真澄(すがえますみ。本名白井秀雄、1754-1829)は、江戸時代後期の紀行家です。三河国(現在の愛知県東部)に生まれ、30歳で故郷を出奔。以来信州、東北、蝦夷地など生涯を旅に過ごし、訪れた地の民俗習慣、風土、宗教などを、詩歌や絵画(スケッチ)などを通して数々の記録に残しました。『菅江真澄遊覧記』は、それら100種、200冊にも及ぶ旅先の記録(著述)を集めたもので、東洋文庫に収録されています(2005年以降、平凡社ライブラリーから5巻本として刊行)。その記録は、特徴的な風景画(スケッチ)とともに、日記、地誌、随筆などを組み合わせたもので、訪れた地の自然や庶民の生活、民俗を鋭く観察しており、極めて写実的、客観的であると同時に、豊かな人間性にも満ちていて、真澄の地域を見る透徹した眼差しと温かさが感じ取れます。
 東北を旅した紀行家としては、『おくの細道』であまりにも有名な俳諧師・松尾芭蕉(1644-1694)がいますが、その紀行文は芸術性の高い俳句を通したもので、その旅はわずか4ヶ月ほどの短いものにすぎません。
 一方、菅江真澄は、故郷を出て以降、生涯にわたり東北の地を漂泊し、民俗、歴史、地理、文学、考古、宗教、科学など多岐にわたる視点から地域を観察し記録に残しました。それらは、故郷を離れるまでに学んだ和学・和歌、漢学・画技、本草学・医学などの確かな知識に裏うちされたもので、その意味で紀行家というよりも博物学者、民俗学者といった方が適切といえます。民俗学の創始者・柳田国男(1875-1962)が、"自分の学問の先覚"と高く評価したのも素直にうなずけます。

菅江真澄の肖像画
(秋田県能代市・杉本家蔵)
津軽ダム工事事務所HPより
菅江真澄

白神山地と菅江真澄

 ここ数年、世界遺産・白神山地を有する地域のエコツーリズムを軸とした地域振興の取り組みに関わっています。「白神山地=ブナ原生林」ではなく、"自然の恵みを受けて暮らす人々との深い関わりの中にこそ、白神山地本来の魅力がある"との考えにたって、より白神らしい資源を掘り起こし、深みのある観光体験の提供を通して地域振興にも結びつけていこうというものです。

 こういった狙いのもと、白神地域の資源の掘り起こしのため、各地をきめ細かく見ていくと、菅江真澄の足跡に数多く出会います。
 真澄は、40歳代半ばの4年間ほどは青森県(特に津軽)に、その後死ぬまでの30年弱は秋田県で過ごし、その間白神山地にもたびたび足を運びました。その足跡は、石碑の句や風景画などを通して、いたるところに標されています。
 青森県側の白神山地の見どころの一つ「暗門の滝」をはじめ、当時、秘境であった滝や景勝地では、和歌とともに多くの風景画を残していますが、それらの中には今と変わらぬ風景が見られる場所もあり、その正確な描写力には眼を見張るものがあります。また各地の神社(お堂)や、桃源郷と記した「手這坂集落」(秋田県八峰町)など、宗教や生活感あふれる場所も数多く記録に残しています。

着地型観光に必要な菅江真澄の観察眼

 「地域らしさとは何か」。白神の各地で資源の掘り起こしをしていくと、その素材が、実は200年も前に白神を旅した菅江真澄の記録にすでに記されていることが少なくありません。というよりも、真澄の記録から、その地本来の魅力の原点のようなものに気づかされるといった方がいいかもしれません。
 着地型観光は、地域そのものの魅力を旅行者に味わってもらうことが重要で、自然や文化の一部だけ切り取っても意味はありません。自然、住民(人)、歴史、文化、暮らし、産業など様々な視点から、地域らしさを感じさせる素材を掘り起こし、それらをつなげることから「この地域とはどういうところなのか」が旅行者に伝わるのです。
 それには、地域を多面的に観察する眼、客観的に物事を捉える専門的知識や取材力、尽きない探求心、地域や人々への愛情や尊敬、等々・・・着地型観光には、"民俗学者"菅江真澄のような地域を観る眼差しが必要ですね。

暗門の滝
真澄が描いた「暗門の滝(第2の滝)」
(青森県西目屋村)
津軽ダム工事事務所HPより
銚子の滝
「銚子の滝」と真澄の歌碑
(秋田県藤里町)
手這坂集落1 手這坂集落2 手這坂集落3
真澄が桃源郷と評した「手這坂集落」(秋田県八峰町)

 

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