子供の「生きる力」を育てる「旅育」 [コラムvol.109]

 最近、興味深い、というより危惧しているのは、「仮想空間」を楽しむ傾向が子供達の間に高まっていることです。バーチャルの世界で次々起こる出来事に前向きに立ち向かう子供の姿。そこでの体験は、実際の力になるのでしょうか?一方、バーチャルの対極にある「旅」。実体験を通して、知らず知らず養われる判断力や解決力。バーチャルの世界が進展する中で、「旅」の本質的意義が改めて注目されています。

■「トモダチコレクション」人気のナゾ

 放課後に遊ぶ小学生、仲間が一堂に会し、手に持っているのはNINTENO DS。以前なら、野球やサッカー、鬼ごっこなど、もっと体を使って遊んでいたのに。じっと座り、各自がそれぞれの小さな機械に向かう風景、ちょっと異様ですが、これが友達との共通話題として欠かせません。以前は男子中心だったゲーム遊びも、すっかり女子にも広まっています。そう、「トモダチコレクション」が火付け役。

 2009年6月の発売時点では殆ど注目されなかったのに、今では、想像を絶するヒット作だとか。ゲーム上に似顔絵を書くだけで、自分だけでなく、身近な家族や友達、有名アイドルやスポーツ選手など、様々な登場人物を創造できるのです。主人公は、Miiという「自分の分身」、ゲームの中で暮らしていて、そこで登場する人と仲良くなったりケンカをしたり、恋をして告られたり(告白)、告ったり、結婚したり。我が家の娘は昨日、男子2人から告白されそうになって困ったとか。自分には好きな人(嵐の櫻井翔君)がいるので断ったら、その2人がすごく残念そうだったと、相手の気持ちも察します。こうして、ゲームの中の主人公Mii(つまり自分)の様々なコミュニケーションを通して「人間関係を眺める」ゲームが大人気。仮想世界での体験を楽しそうに友達と報告しあうその顔つきは真剣。現実に近い世界で、日々変わる人間模様をもっと見てみたいという気持ちが掻き立てられるのです。

 こうした傾向は何を意味しているのでしょうか?実生活では思い通りに行動できない、でも、バーチャルの世界なら、安心して自ら判断し行動や冒険ができる。自分を試してみたい、あるいは、自分が主役になりたいという欲求もあるのではないでしょうか。周囲の反応を、まずは仮想世界で知り、そのときの自分の感情も知る。嫌な思いや予想外の展開に喜怒哀楽しても、実生活上は何ら影響ないので安心、ここでの体験を楽しみに変えているのですが、こうした体験が実社会に応用できるのでしょうか?

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■子供の成長過程に欠かせない実体験 ~もっと冒険の場を!

 最近は、発表会での主役は複数、運動会の徒競走でも1等、2等はつけない学校が増えているそうです。だから、自分が脚光を浴びる、主人公になる機会が減るとともに、主役や1等になれない、自分の望みどおりにならず悔しい思いをする機会も減少しています。つまり、つらさを乗り越える忍耐力や解決力、他人の気持ちを察して思いやる心を育む機会も減っているのです。

 一方、学校教育では、文部省の学習指導要領のもと「生きる力」を育むことを基本理念とし、「生きる力」を以下のように定義しています(要約);
(1) 基礎・基本を確実に身に付け、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力、
(2) 他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心などの豊かな人間性。
(3) たくましく生きるための健康や体力など

 また、大人になって必要な力は、「人の気持ちを考える力」「生命力」「創造力」「コミュニケーション力」(日経kids 2007.01号)と言われています。脳科学者の茂木健一郎氏は、「創造性」は体験×意欲で育まれ、「感動」を通して知性や感性を含めた判断力と直観力が磨かれると言います。昨今は、危険とばかり、遊ぶ範囲も狭まり、創造性や判断力を育む活動も縮小気味。私の幼少時は、原っぱでかくれんぼや探検など自由な遊びの中でのびのびと成長していた気がしますが。そこで、今、子供の自主性や独創力、協調性を育てる手法として、「秘密基地」づくりが見直されているそうです(日経新聞09.11.27)。「大人の目が届かない場所で子供が遊ぶことは成長上重要、秘密基地はその象徴。大人が安全管理しつつ、子供だけで回避可能なリスクを残すべき」と教育法の教授は指摘します。

 大人が安全を管理しつつ、子供が様々な予期せぬ体験をできるのが、まさに「旅」でしょう。ここでは、親の役割、考え方が重要になります。子供が最も安心できるのは親の存在。親の庇護をどこかで感じつつ、行動・冒険する機会をどのくらい子供が得られるか、つまり、親が「旅」の意義をきちんと認識し、「旅」の機会をどのくらい提供できるかが子供の成長に大きく関わります。親の役割は、ゲームの中ではなく、実社会での体験の場を提供し、子供の「初めて」を応援することではないでしょうか。学校では十分提供できない実体験の機会を親が作ることで、子供の自主性や協調性、独創性などの力~「生きる力」が育まれるのです。

■子供の「生きる力」を育む「旅」~旅育のすすめ

 昨年12月、小林常務が「旅育はこんなにすごい!~旅育の可能性を考える」という講演を行いました。現在バラバラに行われている「旅育」ですが、「旅育授業」を体系化してその意味や目的を明確にしながら実践することが必要であると話されました。それには、教える側が観光の本質を知り、子供たちに観光を教える大切さをしっかりと認識する必要があります。「旅育」授業は、大きく次の3分野から構成されます。
(1) 観光・旅行のことを学ぶ
(2) 観光・旅行を作る
(3) 観光・旅行を体験する
 「旅」を通して、感じる力、洞察力、思考力、地域を見る目、生きる楽しさ、生きる知恵が育まれるのです。旅育が、子供の「生きる力」を育むのです。

 子供の暮らしの中で「食」が欠かせないという考えのもと、すでに「食育」が推進されています。特に、フランスの食育は、日本の「旅育」を考える上で、様々な示唆に富み、大変参考になります。フランスでは、「味覚の全体図」という食育の全体像を構築、全12回の「味覚の授業」を体系化し、「食」を通して味わう喜びを引き出す活動を展開しています。政府主導で「味覚週間」を毎年実施、味覚や栄養、食品知識だけでなく、食のプロからの話を通じて生きていく上で大切なことを知る、味覚を通して感じ取ることを覚え、味覚が個人個人で異なり、人それぞれ違っていいことを学ぶ、感じた味や口当たりなどの表現・伝達方法も身につけます。そして何よりも、食べることは人と人とのコミュニケーション、よりよく生きるためのツール、としてその大切さを学ぶのです。「食」同様、実体験を通し様々な力が醸成される「旅」は、子供の成長過程に欠かせない存在として認識されつつあります。だから「旅育」が注目され、その推進のために、まず、「旅育全体図」を構築し、体系的な教育が重要、というのが小林常務の講演主旨でした。

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 「トモダチコレクション」のようなバーチャルの世界から、実際の「生きる力」を養うことはできません。「実際に行動してみよう」というきっかけになるならゲームも悪くはないでしょう。突然「旅育」なんていわれても・・・と困る親も少なくないでしょう。家族で訪ねる旅行先で見たものや食べたもの、体験したことを記録したり、旅行を通して子供が出来るようになったことを記録していく「旅育(旅先)コレクション」なるものを提案し、旅の計画に役立てもらってはいかがでしょうか。「旅」は子供を変えるのです。自分の頭で考え、工夫し、苦労や努力した分、自らの「生きる力」となり、次にステップアップするエネルギー源になります。子供の「生きる力」を育む「旅育」に大きな可能性を感じます。