2015年を雇用面から展望する -観光業界の「2015年問題」 [コラムvol.237]

 新年明けましておめでとうございます。
 本年も当財団をどうぞよろしくお願い申し上げます。

 2015年は「節目の年」と言われているようです。戦後70周年の記念すべき年であるとともに、日韓国交正常化50周年でもあります。さらに調べて行くと、東西ドイツ統一25周年、徳川家康没後400年、ゴジラ生誕60周年などなど・・。帝国データバンクによれば、2015年が節目の企業は日本全国で15万社以上に上るようです。東芝140周年、富士通80周年、日本旅行110周年・・・などなど。MICE業界は当たり年でしょうか(笑)。

 3月には待望の「北陸新幹線(長野~金沢)」が開通しますし、9月には2009年以来の「秋の大型連休(5連休))が実現します。新たな周遊ルートの誕生や新たな秋休みの過ごし方などが期待されます。一方で、4月に統一地方選挙が予定されており、旅行どころではないということもありそうです。

 ここでは、年頭にあたり、個人的見解ではありますが、「観光業界の雇用問題(2015年問題*1)」について言及させていただき、皆様方からご意見など賜れればと思います。

インバウンドに終始した2014年

 昨年は訪日外国人(インバウンド)で始まり、訪日外国人で終わった一年と言って良いのではないでしょうか。

 まず私が驚いたのは昨年4月、訪日外国人が国内で使う金額から日本人が海外で支払う金額を差し引いた「旅行収支」が約44年ぶりに黒字に転じたことです。日本の膨大な貿易黒字を海外旅行で相殺しようとした1980年代後半の「テンミリオン計画」の記憶を残している者としては隔世の感があります。

 年間来訪者数もビザ発給の要件緩和や円安傾向、格安航空会社(LCC)の就航増などにより、悲願であった1,000万人を一昨年に続いて達成し、2014年は過去最高の1,300万人越えを記録しました。その結果、訪日外国人による消費額は2兆円を超えたとみられており、政府の成長戦略の柱として、これからは消費だけでなく、投資や雇用面でも地域経済を下支えするものとして大きな期待が寄せられています。

 一方、受入側となる国内観光地に目を転じると、バブル崩壊以降低迷を続けてきた、特に旧来からの温泉地や需要の激減に見舞われたスキーリゾートなど地方の観光地において、外国人旅行者の急増により受入体制の急速な変革を迫られているところが少なくありません。なかなかイノベーションが進まなかった地方の観光地において、いい意味で“黒船”のようなインパクトと言って過言ではない状況かと思います。変革していこうというポジティブな行動を喚起する背景には、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催決定による期待効果があることも見逃せません。政府は2020年に2,000万人の訪日外国人を目標としています。

 観光による地域経済活性化のためには、現実には国内観光総消費の約7割(15.3兆円*2)を占める日本人の宿泊需要をどう取り込むかが重要です。とはいえ、今後、日本人の宿泊需要の右肩上がりは当面期待できず、内需によって支えられてきたわが国の観光業界も待ったなしで外需を取り込む時代を迎えたと言うことに他なりません。

観光分野の「2015年問題」-雇用不足がより顕在化、雇用確保にさらなる工夫を!

 政府や民間の研究機関なども観光による雇用効果に期待を寄せていますが、果たして単純にそうなるのかどうか。私は観光業界、特に宿泊業界やバス業界で雇用が不足し、十分な受入環境が整えられない状況に陥るものと懸念しており、雇用の確保にはかなりの工夫が必要だと考えています。確かに観光業界は建設業界などとともに比較的参入が容易な業界と言われていますが、逆に雇用条件によっては離職も早いわけで、雇用の確保は既に顕在化しつつある業界全体の課題とも言えるのではないでしょうか。

 通常「2015年問題」と言えば、「団塊の世代」(約660万人)が前期高齢者(65~74歳)に入り、「年金を納める側」から「年金を受け取る側」に回る年と言われています。この約660万人というのは、埼玉県の総人口約724万人には及びませんが、千葉県の約620万人(47都道府県中 第6位)を上回る膨大な人数となります。65歳といえども健康であれば、まだ旅行需要は顕在化するものと想定されますが、旅行消費の方は拡大の方向に向かうとは考えにくいと思います。

 現に団塊の世代が需要の中心的な役割を担っていたゴルフ場業界では、2015年頃から経営的に厳しくなるゴルフ場が続出するであろうと言われており、ゴルフ場業界の「2015年問題」とも言われているようです。

 そうした状況の中で、訪日外国人に期待がかかるのは当然のことと思いますし、今年は中国人のビザの発給要件がさらに緩和されることから増加することは間違いないでしょう。韓国にしても円安・ウォン高の傾向は続くとみられ、外交関係とは別に来訪者は増加するものと予想されます。

 一方、他の業界の雇用問題は深刻で、例えば、

 など、生産年齢人口(15~64歳)の減少による影響が少なくありません。年末の新聞報道にもありましたが、全国の人口は8年連続で自然減となっており、生産年齢人口(働き手)の増加は当面期待できません。

 こうした状況からも明らかなように、雇用環境が厳しい地方の観光地においては、人材の確保が深刻な状況となることは間違いないと思います。まだ観光業界や宿泊業界で「2015年問題」とは言われていませんが、現実に想定されるシナリオではないかと思います。

 その具体的な対策としては、一つは増え続ける外国人旅行者に対応する外国人の雇用、これは世界からも注目される日本の「おもてなし」を習得する研修事業としての可能性が高いと思われます。次いでやはり女性が活躍する場としてアピールとしていく必要があろうかと思います。観光地単位で子育て環境を整備したり、責任あるポジションへの登用などモチベーションアップのための工夫が必要でしょう。そして団塊世代を中心とする前期高齢者です。これまで消費者・需要側としてしか捉えてこなかった彼らをサービス提供者・供給側に取り込むことが大切だと考えます。経験豊富で元気な高齢者でなければ出来ない心のこもった「おもてなし」は、必ずや受け入れられると思います。

 労働人口に恵まれ、質の高いサービスが提供できたこれまでと異なり、同レベルのサービスを維持していくことは難しくなっていきます。それは人口構成からしても明らかで、勢い“海外からの労働力に頼るしかない”と言われますが、そこはかなり慎重な対応が必要かと思います。その前に取るべき工夫が前述した3つではなかろうかと考えますし、サービスを享受する消費者の側の意識転換も必要かと思います。一例としては「待つ」ということに対する慣れや寛容さが必要となります。また、業界としては、待つことが苦にならない工夫が求められると思います。むろん低いと言われる業界の賃金水準向上に寄与する高収益体質への転換も進めていく必要もありますが・・。

観光分野の雇用統計の充実

 最後になりますが、我々、観光研究の立場からすれば、雇用に関する統計の脆弱性も指摘しなければなりません。これは世界的にみても同様のようで、国際労働機関(ILO)と世界観光機関(UNWTO)が共同プロジェクトを立ち上げ、2008年に『Sources and Methods: Labour Statistics. Employment in the Tourism Industries – Special Edition』を発刊し、観光産業の雇用に関するデータ収集の改善を進めようとしています。本書によると、観光産業に関する雇用データを収集していない13カ国の中に、アンゴラやバングラディッシュなどとともに日本が含まれているのです。

 わが国でもこうした観光分野の雇用統計の充実が期待されます。

 今年も観光業界が良い年となりますよう祈念しております。

*1:私が勝手に名付けたもので、業界としてオーソライズされているわけではありません。

*2:出典・観光庁(2012年)

なお、旅行消費額全体は22.5兆円、雇用者数213万人、波及効果を含めた雇用誘発効果は399万人。