観光産業の生産性向上へ向けての一考察 [コラムvol.65]

要旨

 我が国の観光産業は生産性向上が課題であると言われているが、宿泊業についてその対策を切り分けて見ると、マクロ施策としては需給バランス適正化のための間接的誘導策が必要であり、また産業側では、特に料飲部門・後方部門の作業工程分析による合理化策、及び室料売上比率を高める方向に業態転換をしていくことが必要である。

本文

 我が国の観光産業の生産性は諸外国のそれと比べて低いという認識が一般的にされており、国の政策においても広義のサービス産業の生産性向上の必要性が議論されている。サービス産業の生産性が二次産業と比べて低く、またその伸び率も低いことは確かであるが、この問題を諸外国の社会条件や経済環境を無視して比較を論じるだけでは有効な改善策にはつながらないのではないだろうか。ここでは観光産業の中核をなす宿泊業を例にとって生産性向上について考えてみたい。

1.生産性を左右する要因
 そもそも生産性とは、
生産性
のように、「A.付加価値」を「D.労働総量」で除したものとして定義される。その指標としてはマクロ経済では1人当たりGDP(付加価値)で表され、ミクロレベルでは人時生産性(じんじせいさんせい) 「付加価値÷雇用人数・労働時間」で表される。外食産業のように売上に対する付加価値(売上総利益)がほぼ一定比率と考えられる場合は「人時生産性=売上÷雇用人数・労働時間」で近似される。
 生産性を上げるためには上記の分子を高めるか分母を減ずることが必要であるが、我が国の宿泊産業の生産性を低くしている要因を考えてみると、

  1. 小規模零細施設が多いため産業内での格差が大きく、それが平均値を押し下げている。
    (特に大規模ホテルチェーンが主流を占めている米国と比べて)
  2. 生産性の高い宿泊売上よりも生産性の低い料飲売上の売上比率が大きい。
    (都市ホテル及び旅館を海外のホテルと比べて)
  3. 平均稼働率が低い、または平均単価が安い。
    (季節波動が大きい観光地が多く、また施設も供給過剰である)
  4. サービス品質が価格に対して過剰である(サービスは無料という国民意識)

等々の仮説が考えられる。さらに諸外国との比較論で表面化する要因としては、

  1. サービス人件費が割高である
    (外国人労働者が使えない、格差社会とはいえまだ欧米よりは給与格差が少ない)
  2. 為替レートが生産性の高い二次産業により決まってしまうため、サービス産業 (農業も
    同じだが)は不利となっている。

等々が上げられる。

2.生産性向上への有効策
 さて、上に延べた6つの仮説のうち、国全体の社会要因・経済構造や国民意識の違いは簡単には変えられないものであるから、生産性向上への施策は、

  • 稼働率を上げる、単価を上げる = 需給バランスを適正化する。
  • 投入される労働総量のうち雇用人数を減らす = 合理化、システム化

という2点に絞られる。
 前者については、需要拡大策として休日休暇制度の充実や連泊滞在需要拡大策が行われているが、同時に供給制限策も視野に入れるべきと考える。例えば、観光地の空間当たりの宿泊収容力を一定範囲に押さえて空間快適度を上げる、という政策が考えられる。これは街並み整備や環境整備と連動することで観光地の魅力増大という相乗効果も期待でき、近年議論が進んでいる環境収容力(キャリング・キャパシティ)の議論にもつながるものである。宿泊収容力を減じるためには客室数または客室定員を減らす方向に誘導することが必要であり、2室を1室にして室料の価値を高めることが有効であろう。また、市場から一度退場した施設の再参入を規制するためには、他業種への転業(例えば介護施設や長期滞在施設)を促すことも必要と考えられる。
 後者については、スケールメリット追求による合理化論がある。具体的には米国型のホテルチェーンを例にとって、サービスの標準化による未熟練労働者の戦力化や、後方部門(予約管理や清掃等)を集約・合理化する考え方である。しかしこの方策は宿泊業の均一化、没個性化につながる要素もあるため、観光地の魅力喪失となる恐れがある。地場産業の多い我が国観光地では、合理化のためのシステムは導入するがサービスそのものは地域の個性や施設ごとの個性を尊重する仕組みとすることが重要であろう。
 またスケールメリットを部分的に追求する方策としては清掃や施設管理などの後方部門業務を観光地全体で協働事業化する考え方もあろう。
 一方、施設の大小にかかわらず、作業工程、特に厨房部門と料理搬送・食器収納管理や客室清掃等の合理化策はまだまだ改善の余地はありそうである。宿泊業は特に時間帯による部門ごとの繁閑の差が大きい産業であり、時間帯に応じて、必要な時に、必要とする場所に、必要な人数を柔軟に投入するための要員運用策、さらには未熟練労働者でも複数の業務をこなせるようにするための業務の標準化、マニュアル化を推進することも必要となろう。
 また、売上高に占める料飲売上の比率を下げて室料中心の売上構造に転換することでも生産性は向上する。料飲部門を軽くすることは施設側にとっては業態転換、顧客側にとっては旅館への期待感そのものを意識改革していくことが前提ではあるが、滞在需要拡大にも寄与する施策である

 不況により需要拡大が期待できなくなった今の時代、経費削減だけでは利益の確保はおぼつかない。日々の作業工程や要員配置を綿密に分析して作業効率向上の工夫を積み上げていくこと、また思いきった業態転換により生産性向上を図ること、この2点をより具体論として今後考えていきたい。