レトロの魅力、魔力 ~門司港レトロを訪れて考えたこと [コラムvol.155]

2011.12.02

「観光文化」編集長 片桐美徳
研究員コラム

門司港駅プラットフォーム 門司港駅プラットフォーム  私が中学、高校時代の約5年間を過ごした北九州・門司に10月末に久し振りに訪れました。小倉駅から関門海峡、巌流島を眺めながらJR九州鹿児島本線で終着駅、門司港駅に到着しました。電車から降り立った途端、ホッとするような、懐かしいような、のんびりした気分にさせる雰囲気を感じました。素朴なプラットフォームや昔の制服を着た駅員がそんな気分にさせたのでしょうか。3月11日のことが頭をよぎりました。東日本大震災と津波が根こそぎすべてを奪ってしまった三陸の光景を目の当たりにして、普段身の回りにあったもの、町並みや原風景が人びとにとってどれほど大切であったか。観光やツーリズムが果たせる役割について7月の観光文化208号で取り上げました。自分のアイデンティティを確認して思い出せるきっかけとなる景観が存在していることへの安心感と大切さをこの震災で思い知らされました。門司港レトロの景観や雰囲気が自分にどのように作用したかを考えます。

■人びとを引き寄せる力

 門司港レトロの玄関とシンボルである門司港駅舎は、大正期にネオ・ルネサンス様式で建設され、当時の形でしつらえてある切符販売所、払戻所、待合所、食堂、洗面所などが、タイムスリップしたような思いを抱かせます。構内ですれ違う人びとがまるで当時の人ではないかとふと錯覚してしまいそうです。普段は見かけることのない懐古的な物の造形が目を通して脳に刺激を与え、自身の脳裏にある当時の記憶や情報と照合し、擦り合わせながら時代錯誤への扉を開くとでもいうのでしょうか。バーチャルではないリアリティに、人は遭遇したい欲求があるからその場に身を置きたいと思うのかもしれません。平成22年次北九州市観光動態調査では、門司港レトロ地区への観光客数が約221万人で、スペースワールド地区への観光客数は約212万人であり、過去と未来への興味の度合いがほぼ同じというのは興味深いことです。

門司港駅正面
大正ネオ・ルネサンス様式の
門司港駅舎正面
幸運の手水鉢
大正時代の建設当時からの
「幸運の手水鉢」

■駅を出るとさらに時をさかのぼる

 一般車両進入禁止の駅前広場には、明治・大正を思わせる人力車数台が客待ちをしています。明治22年に開港した門司港は、朝鮮半島、中国、東南アジアに開けた国際貿易港で、多くの商社、貿易会社、銀行、外資系会社、新聞社、国の機関、在外公館がひしめき合っていました。旧大阪商船、旧門司三井倶楽部、旧門司税関などの当時最先端の建物が整備保存され、公開されています。建物に囲まれて歩いていると、栄えていた当時のまちの喧騒が脳裏をかすめるようです。どっしりと構えた風格のある建物は安心感を与えます。現代とは異なる「場」にいることへのわくわく感、好奇心あるいはなんとなく懐かしい感覚でしょうか。Good olden days「古き良き時代」という言い方をしますが、この表現には自分自身の経験の枠を超越した時代感覚があります。

■散策する街から伝わってくること

 建造物に加えて、当時の写真、当時使われていたもの、当時の日常生活の映像、流行っていたパーフォーマンスの再現などがより効果的に作用します。時代を象徴する生活の場の原風景には私たちに癒し、感動や喜びをもたらすエネルギーがあります。
人力車 人力車に乗ってレトロな雰囲気を満喫  江戸、明治期に抑圧されていた人びとは、大正デモクラシーを背景に心が解放され始め、一人ひとり市民として自分を表現するようになっていきました。当時の世の中を振り返るとき、「大正ロマン」という情緒的な表現が生まれたのでしょう。一方レトロはといえば、昭和、大正、明治という元号をそれぞれの時代に付けても違和感がないように思えます。なぜなら時代を象徴するモノで空間を創出し、訪れる人びとの脳を刺激する仕掛けになっているからです。
 バナナは当時高級果物であったが、外国から輸入されて輸送中に傷ついたバナナの叩き売り発祥地の碑があり、あちこちに出没するバナナマンのゆるキャラとの記念撮影を観光客が楽しんでいます。往時の風情が漂う街の一角を歩くと、昭和5年建築の城のような石垣の上に建つ、当時としては珍しい木造三階建ての旧高級料亭の三宜楼(さんきろう)が見えます。流行っていた頃には商社マン、外国人らで毎日賑わっていたことでしょう。昔の面影を残す建物ファサードの前で立ち止まって写真を撮り、玄関が開放されていればふと「お邪魔します」と声を出してみたくなるような世界があります。日頃の生活では湧いてこない開放感、幸福感や満足感がこみ上げてきます。

■地元大学生による街の活性化への試み

栄町銀天街 北九州市立大学生が運営する栄町銀天街
「昭和レトロ館」 写真提供:碓井正氏
 建物や商店は時代を感じさせる調度品やディスプレーで細工が施され、働く人もそれなりに振る舞っています。観光客は場の一員である自分に満足し、見物や買い物を楽しんでいます。地方行政は門司港レトロを起爆剤に地域全体を活性化しようとしています。レトロ地区から目と鼻の先に「栄町銀天街」というアーケードがありますが、足を運ぶ観光客の姿を多くは見かけません。地元の北九州市立大学地域創生学群文学部社会学ゼミのカリキュラムの一環で、この商店街に人通りを増やすことをテーマに、学生が実践的に店舗運営を行っています。
 空き店舗を利用した「昭和レトロ館」で学生が土日と祝祭日に働いて、観光客をレトロ地区からこの商店街に誘引しようとする試みです。学生たちが主体的に動き出すと、店主も巻き込まれてアイデアを一緒に考え動き出すようです。学生らは商店の後継者ではありませんが、地元に密着して地域活性化について実践を通して学び考える仕組みだからこそ、興味深くてより魅力的なプロジェクトになっているのでしょう。昭和レトロ館の観光客誘引力がまちの活性化につながることを願いつつ栄町銀天街を後にしました。

■場の雰囲気から気付いた大切にしたいこと

 門司港駅へ戻った時、ピアノ、トランペットなどが奏でる昔風の音楽に誘われて駅構内の一角に自然に入り込んでいました。自分自身を懐かしい音楽の場に置きたいという気持ちになっていました。楽団の皆さんは、時代がかったコスチュームを身にまとい、はかま姿の女性ボーカルとタキシード風に装った男性らが素朴な雰囲気で演奏していました。場の雰囲気を満喫したいと手拍子で盛り上がる人もいれば、どう盛り上がればいいのだろうと多少戸惑いの表情を浮かべる人びともいました。「上を向いて歩こう」に続けて「ふるさと」を女性ボーカルがやさしく歌って演奏が終わりました。

駅構内一角の空間 駅構内一角の空間で懐かしい演奏を楽しむ
 なぜこの場に自分がいたいと思ったのかを考えてみました。目まぐるしい速さで変化するデジタルな現代社会で私たちは生活しています。私たちの頭やこころのどこかではアナログでゆっくりとした時間軸で過ごしたいという欲求があるのではないでしょうか。現実生活の呪縛から解かれて、古き良き時代の安定した空間に身を置きたい気持ちをひと時でも実現してくれるのがレトロの魅力や魔力ではないか、そして、人びとが安心できる場所や空間を大切に保存することに今だからこそ価値があります。レトロは人びとにやさしい持続可能な観光の力になると考えます。

【参照資料】
  • *北九州市観光動態調査報告書(平成22年次) 北九州市
  • *毎日新聞 2011年9月19日付け 大学NOW「“地域の即戦力”輩出を目指す」

 

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