我が国の観光統計をめぐる一連の課題 [コラムvol.385]

2018.12.17

理事・観光経済研究部長・観光文化情報センター長 主席研究員 塩谷英生

 今年度観光経済研究部で新たに始めた自主研究に「観光統計の質的向上と利活用に関する研究」がある。筆者はずいぶん長い間観光統計の業務に関わって来たが、統計を主とする自主研究というものを立ち上げたことが無かった。ようやくというところである。

 とは言え、この研究のプレーヤーは後輩が中心である。例えば、この11月にペルーのクスコでOECDが2年に一度開催するGlobal Forum on Tourism Statistics が開催されたが、そこで当部の研究員が観光庁と共同で地域の観光統計について発表を行った。反応はまずまずだったようである。 

 また、これは私も同行したのだが、欧州の先進的な観光統計について同じ時期に視察を行っている。詳細は機会を改めて紹介したいが、例えば我が国と欧州では統計法上の罰則規定とその運用に大きな差がある。日本は言わば性善説なのだが、それでは回収率が十分に確保できないという根本的な問題がある。こうした前提条件を考慮せずに、海外事例の単純な真似をしても良い統計にはならないだろう。 

 前置きはさておき、本稿では、我が国の観光統計の課題について少しお話ししてみたい。 

二つの課題

 2000年代に入り、我が国の観光統計の整備は国土交通省総合政策局とその後継となる観光庁によって迅速に進められた。03年には国内旅行者を対象とする「旅行・観光消費動向調査」が、07年に宿泊事業者を対象とする「宿泊旅行統計」が、10年には主要空海港からの出国外国人を対象とする「訪日外国人消費動向調査」が、それぞれ承認統計(現一般統計)として導入された。しかし、訪日市場の急速な拡大など、その後の統計をめぐる環境変化は予想以上に大きくなっている。 

 国や地域の観光行政担当者、観光事業者、研究者など統計ユーザーの便益という観点からみて、手直しすべき我が国の観光統計の課題は様々にある。それらを大別するならば、観光統計自体の質的な側面と、観光統計の利活用の側面とに二分されるだろう。 

統計の質的向上

 我が国の統計には、欠測値処理や回収率の低さといった、精度向上への手法面の課題が少なくない。また、統計数値を地域別(市町村や広域観光圏のようなレベル)に切り出してみる場合、現行の標本数や調査地点の設定のままでは十分な精度を保てないことが多い。さらに、クルーズ客の増加や民泊利用の増加といった旅行市場の急速な変化のなかで、調査対象範囲そのものの妥当性にも見直しが必要である。

 統計調査を基に編纂される二次統計(加工統計)としての経済波及効果や消費額、TSA(Tourism Satellite Account)といった指標についても、推計手法の妥当性などには課題がみられる。観光統計や二次統計をめぐる環境も変化しており、ビッグデータによる既存統計手法の補完可能性、国際基準への対応も引き続き考慮していく必要がある。 

 こうした諸点を改善し、観光統計の質的な改善を進めるためには、海外の先進事例に学ぶべき点は学び、また他産業分野における統計研究の成果を参照するなどして、統計手法の改善を検討することが有用である。 

観光統計の利活用

 観光統計そのものの質的改善の重要性は別として、その利活用が幅広く行われることが最終的に重要である。 そのためには、統計の公表体制や速報性、データ入手のしやすさや利用しやすさといった点に配慮していく必要がある。また、統計ニーズを踏まえて既存観光統計の拡充や新たな統計の開発にも取り組んでいく必要がある。

 実際の統計の作成には、様々な主体の理解と協力が不可欠である。例えば、旅行者、観光事業者、行政機関などの協力が無ければ統計調査は成り立たない。また一方で、質の高い統計調査を実施するための財源も確保していかなければならない。

 こうしたサイクルを回していくためにも、統計の結果は広く発信され、施策等にも実践的に活用される必要がある。公表された統計データを用いた市場動向や消費動向に関する分析や新たな統計指標の作成が適切に行われるようになり、有用な情報が広く閲覧され、統計への関心が高まっていくことも重要である。そのための発信の場や信頼性の高い媒体の整備も課題となる。例えば、我が国では観光統計分析を主とした学会等の設立も遅れている。

統計人材の育成

 観光統計の作成や利活用に関しての知識・経験を持つ人材の育成は急務である。求められるリテラシーの程度に応じた人材育成のカリキュラムや教材や教員の育成が必要となる。

 近年、訪日外国人客の訪問地が地方部へ分散する中で、観光行政や中間法人においては、データに基づいた施策の評価や立案が重視される流れにある。国際観光旅客税が19年から導入され、その使途は、例えば地域が策定する外客来訪促進計画にも充てられることになる。こうした補助金を安定的に得ていく上で、地域においては観光統計の読解力があり、実践的な活用手法を幅広く学んだ担当者をより増やしていくことが求められるだろう。



 末筆になりますが、これが今年最後の研究員コラムになるようです。皆様のご愛読に研究員を代表して改めて感謝申し上げます。

 今年の旅行市場はインバウンドを中心に全体としては好調を維持しました。来年2019年も市場が堅調に推移し、皆さまにとって良い年になりますよう願っております。

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