もし、あの時、旅に出なかったとしたら [コラムvol.229]

2014.11.07

観光文化研究部 清水 雄一
研究員コラム

ボブ・ウィーランドと私

 学生時代、机上の本棚に、表紙をこちらに向けて立て掛けておいた本がありました。本の主人公、ボブ・ウィーランドは、少年時代から大リーグの選手になることを目指し、ピッチャーとして大学野球で活躍、1969年、フィラデルフィア・フィリーズと入団交渉するまでに至りました。しかし、時はベトナム戦争ただ中。大リーグという夢の舞台に立つ直前、ボブも戦地ベトナムへ派遣され、2ヶ月半後、彼の地でパトロール中に地雷を踏み、下半身を吹き飛ばされてしまいました。一命を取り留め帰国したものの、掴みかけていた大リーグ選手という夢は、彼の前から永遠に過ぎ去ってしまったのです。

 その後、ボブはひとつのアイデアを思い付きます。残された上半身と腕で母国アメリカ大陸を縦断する-。トレーニングを積み、実に3年8ヶ月を掛けて、ボブは見事に北米大陸横断を果たすのです。途中、ふと立ち寄った場所で戦友に再会したり、その後結婚する女性とも出会ったりと、彼の人生を大きく左右する偉大な旅でした。

 私がこの話を知ったのは、学生時代に所属していたアメリカンフットボール部の試合で左膝の靱帯を断裂し、ショックを受けていた時期でした。初めての手術に対する緊張、「果たして自分は以前のように走れるようになるのだろうか」という不安と恐怖、練習ができないことへのもどかしさと焦り、予定していた沖縄での調査実習に行けないかもしれないという不満等々、いろいろと暗い気持ちになっていた時、目にしたのが、この本の紹介記事でした。『腕で歩く』と書かれた表紙の写真には、大きな体躯を両腕で支え、路上でこちらを真っ直ぐに向き、にこやかに笑う男性の姿がありました。

 この写真とボブの体験に衝撃を受け、感化され、さらにはいろいろな幸運が重なって、私は、退院翌日から約1ヶ月掛けて、ギプスと松葉杖を友に、宮古島と沖縄本島を旅したのです。夏の日差しの下での、デコボコ道や段差、坂道、風呂、ギプスの暑さ等は確かに不便でしたが、旅を通じて出会った人々、出会った光景の感動に比べれば、それらはいずれも記憶の彼方に遠退いてしまう程度のことでした。むしろ、ハンディがあったからこそ、声を掛けられ、出会うことのできた方が多かったのです(唯一、綺麗な海を前に、眺めるだけというのは辛かったですが)。家の食事に招待して下さったり、ギプスにティーダ(太陽)の絵を描いてくれた人達もいました。

 あの時、いろんな出来事を追い風にして、思い切って旅に出ていなかったら、自分はどんな日々を送ることになっていただろう-。旅を終えてからのことも含めて、時々、そんなことを考えます。入院中や旅の日々で得た考え方、出会った人々のことを思い浮かべると、あの忌まわしい怪我(その後、再び走れるようにはなりましたが、走力が完全に元に戻ることはありませんでした)にさえ、意味を見出せるのです。

ハンディがあるからこその旅のススメ

 今、私は沖縄県で観光バリアフリーの事業に携わっています。県として、誰にでもやさしい観光地、沖縄をつくっていきたいという志のある事業で、受入側の人材育成セミナーやモデルツアー等も開催し、沖縄県としての今後の方向性等を検討していきます。しかし、県内一律に、ラグジュアリーホテルやディズニーのような受入体制が整うというのは、なかなか難しいと思いますし、その方向性を追求できる地域や施設も限定的であると思います(もちろん、利用者目線での、一定以上の品質保証は必要と思いますが)。

 ハンディを抱える人には、受入体制が完全に整うのを待つ前に、多少の不便さや躊躇する気持ちがあったとしても、できれば一歩踏み込んで旅に出て欲しい-。勝手な想いではありますが、私はそう思っています。

 既に沖縄には、こうれい者・しょうがい者観光案内所「沖縄バリアフリーセンター」(那覇空港と国際通りの2カ所に設置)を始め、レスパイトサービスを交えた旅行支援を行う一般社団法人Kukuru、発達障がいの子供達向けの自然体験プログラム、車イス利用者でも体験できるパラグライダー、バリアフリーダイビング、イルカセラピー等々、多様な取り組みがなされ、志ある団体がいろいろと活動をしています。是非、こうしたところの力も借りながら、旅への一歩を踏み込んでみてはいかがでしょうか。

 確かに障がいによって、移動や入浴、食事等で、不便を感じることがあるかもしれません。しかし、旅の感じ方には、むしろ障がいのある人ならではのものがあると思います。私が学生時代に出会った聴覚障がいの女性は、手話だけでなく、表情がとても豊かなので、会話をしていて大変賑やかで魅力的な人でした。大学寮の後輩は、目は見えなくても、常人の数倍速の音声学習をこなし、日・英・タイ語に通じ、現在はタイで子供達のための移動図書館を運営しています。このように、ある感覚に障がいがある分、他の感覚がズバ抜けている人は多くいて、そうした感覚を持っているからこそ、味わえる旅の感動があると私は信じています。他にも、周囲の心を引き付ける能力、かけがえのなさが伝わってくる家族やサポーターからの愛情等、良い旅を形づくる要素をたくさん持っていると感じます(地域の側からすると、見るばかりの観光でない、研ぎ澄まされた5感に訴える旅を考える醍醐味があると思います)。

 旅が、一人でも多くの人の人生を豊かにしてくれることを切に願い、私も自分にできる方法でいろいろな人の「夢見た旅」の後押しをしていければと思っています。

写真 写真 写真

写真: 発達障がい、ダウン症の子供達を交えた沖縄自然体験プログラムでの様子。カヌーや乗馬等を通じ、体幹の使い方、協調性等を学ぶ。何より沖縄の海や森で、思い切り楽しむことで、子供達は大喜び。親御さんや引率の先生方曰く、「沖縄での旅を経て、子供達のコミュニケーションの仕方が劇的に変わりました」

 

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