Withコロナ期におけるマーケティング:「低リスク旅行者」を特定する[Vol.429]

2020.08.31

観光政策研究部 研究員 池知貴大

 観光地におけるリスク管理は長年のテーマであり、特に自然災害の多い日本においては、そうした脅威とどのように向き合っていくかは、多くの観光地で課題でした。学術研究においても、旅行者が「外部の脅威」をどのように捉えて行動するのかという点に関する研究は多く実施されておりますし、またそうした研究を基に観光地での対策(例:風評被害対策)が提案されてきました。

 一方で、新型コロナウイルスの流行は、既存の研究ではあまり考えてこられなかった新しいタイプの脅威となります。それは、Withコロナ期においては、「旅行客への脅威をいかに減らすか」だけでなく、「旅行客自身が脅威となりうる」ということに向き合わなければいけないという点にあります。そうした性質を踏まえ、本コラムではWithコロナ期における情報発信の落とし穴を検討し、「日常の感染症対策行動に基づくセグメンテーション」を一つの対策として紹介していきます。

リスク認知に関する従前の対策と新型コロナウイルス特有の事情

 消費者がどのようにリスクを認知するのかという点が、観光地において特に重要となるのは、観光体験が「無形の価値」を売るものだからです。「危ない」といったイメージは、体験品質に対する評価と直結し、観光地にとっては致命的になることが多く、自然災害が生じた際に、実際は災害が生じていない周辺の地域まで旅行需要が落ち込むのも、こうした消費者のリスク認知の影響の大きさを示しています。そのため、観光地としては、実際に安全であるだけでは足りず、消費者が「旅行先は安全である」という安心感を抱くような情報発信が必要となります。

 現在の状況においても、実際の感染症対策だけでなく、「旅行先は安全である」という安心感を抱いてもらうような情報発信が必要となりますが、Withコロナ期においては冒頭で述べたように「旅行客自身が脅威となりうる」ため、むやみやたらな情報発信によって旅行客を惹きつけてしまうと、そうした旅行客が観光地にとっての脅威となるかもしれないというリスクがあります。さらに厄介なことに、次に述べるように、観光地の情報発信の内容によっては、意図しない形で「リスクの高い旅行者」を集めてしまうかもしれないという危険性もあるのです。

リスクの高い観光客が集まってしまう危険性

 新型コロナウイルスの流行がここまで広がってしまったのには、「感染してから症状が出るまでの時間差」と「大半の感染者が無症状」という特徴が関係しています。この特徴のため、他者への感染という事実に対して全く意識しないまま感染を拡大させてしまうということが生じています。こうした無意識の感染拡大を防ぐためには日常的な感染症対策行動が重要であり、旅行前の「新しい生活様式」の実践の有無が、「旅行者から感染拡大」が生じるかどうかを左右します。このことを踏まえると、観光地としてWithコロナ期において望ましいのは、「自主的な感染症対策を日頃から実施する、感染症対策に対する意識が高い人(以後、低リスク旅行者)」であり、逆に望ましくないのは「自主的な感染症対策を日頃から実施しない、感染症対策に対する意識が低い人(以後、高リスク旅行者)」と言えるでしょう。

 ただし、「低リスク旅行者」を惹きつけつつ、「高リスク旅行者」を惹きつけないということは、そう簡単に実現できることではありません。例えば、多くの地域でとられている「旅行者が引き起こす感染拡大リスクを伝える」という情報発信を例に考えていきましょう。感染症対策への意識が低い「高リスク旅行者」は、これだけ日常的に新型コロナウイルス関連のニュースが報道されている中で、それにもかかわらず日常的な感染症対策を怠っているのであれば、たとえ旅行前に観光地から上記メッセージを受け取ったとしても、いまさら感染症対策行動を取ろうとはしないのではないでしょうか。一方で、感染症対策への意識が高い「低リスク旅行者」にとっては、こうしたメッセージは自身が旅行中において他者に及ぼす感染リスクをあらためて意識させるため、必要以上に旅行を自粛させてしまう可能性があります。

 つまり、こうしたメッセージは、「新しい生活様式を実践している人」のみを地域が受け入れますという意思表示だと言えますが、場合によっては地域で感染拡大を引き起こす可能性が高い「高リスク旅行者」割合を高めてしまうという、狙いとは違った結果を生み出してしまうかもしれません。

「新しい生活様式」に基づくセグメンテーション

 この課題への対策の一つが、「低リスク旅行者」を特定し、狙ってターゲットとし、惹きつけていくことではないでしょうか。上記で述べたように「低リスク旅行者」を、「自主的な感染症対策を日頃から実施する、感染症対策に対する意識が高い人」と仮定すると、日常的な感染症対策行動に基づいて、その他の旅行者から区別できると考えられます。

 実際、このような考えに基づいて、「低リスク旅行者」を特定できるか検証するために、全国16~79歳の男女(調査会社のパネルより抽出) を対象に実施したJTBF旅行実態調査【全体調査】(方法:ウェブ調査、調査期間 :2020年5月1日~5月11日 、標本の大きさ:50,000人)※を利用し、「日常的に取っている感染症対策行動」についての回答に対してクラスター分析(異なる性質のモノが混在している中から、類似の性質のモノ同士を集めグループ分けして分析する手法)を実施したところ、図1のようなセグメントに分類することができました。

図1:日常的な感染症対策行動に基づくセグメンテーション

 この中で実際に旅行意欲が高そうなセグメントは、セグメント2・3・5となります。その内、自主的な対策をしてくれるセグメント3であり、こちらが「低リスク旅行者」として最も望ましいターゲットでしょう。本分析では、セグメント3の詳細なデータがないため、これ以上のペルソナは作れませんが、日常的に使っているSNSや旅行に対するモチベーション等の情報を組み合わせれば、具体的にターゲットとしていくことが可能となります。

 ただし、この手法を使ってターゲットを考えていく中で注意しなければいけないのは、おおまかな属性の傾向によってセグメントの特徴を考えてしまうという点です。例えば、セグメント5は日常的な感染症対策を取らない傾向にあるとして、その特徴を男性・若者としていますが、あくまで傾向があるにすぎません。実際、自己防衛策を取るセグメント3については、年齢や性別等に関して統計的に有意な差はないという結果となりました。今回の分析では入れていませんが、観光地に対するロイヤルティーや日常的な情報手段、好む旅行のタイプ等の方が、よりセグメントごとの差を特徴づける可能性もあります。

おわりに

 本コラムでは、Withコロナ期における情報発信の落とし穴と、それに対する観光地の一つの対策として、「日常的な感染症対策に基づくセグメンテーション」を紹介しました。一方で、この手法も大まかな属性によってセグメントを区別してしまうという欠点もあり、常に望ましい方法ではありません。他にも、そもそも「低リスク旅行者」に好まれ、「高リスク旅行者」に敬遠されるようなスクリーニングのシステムをつくること(例:旅行前の一定期間の行動履歴をあらかじめ登録させるような仕組み)も有効だと思われますが、その実現には一定のコストがかかります。施設単位で考えれば、過去に何回も来訪したことがあるロイヤルティーの高いお客さんに、再度来てもらうように働きかける方が、有効だとも考えられます。

 重要なことは、新型コロナウイルスと共存しなければいけない中で、観光地は従前の情報発信ではなく、「旅行客自身が脅威となりうる」ということに向き合いながら、従来とは違った形で旅行者の呼び込みを考えていくことではないでしょうか。

参考

※JTBF旅行者調査(https://www.jtb.or.jp/research/theme/statistics/statistics-tourist/

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