「Go To トラベル事業」効果の推定方法を考える ~統計的因果推論への誘い[Vol.433]

新型コロナの影響で2020年4-6月期の旅行市場は国内、海外、訪日ともに劇的に縮小しました。先行する国内旅行市場の回復を加速させるため、政府は「Go Toトラベル事業」を展開しています。今回のコラムでは、この事業の政策効果について、「統計的因果推論」の手法を当てはめて考察します。

5分の1まで縮小した国内旅行市場、「Go To トラベル事業」が回復を牽引

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が未だ世界で猛威を振るっています。2020年11月現在、日本ではビジネスなど特定の目的による国際的な人々の往来が徐々に再開されつつありますが、観光目的での自由な往来は未だ難しい状況です。アウトバウンド、インバウンド双方の復調が見通せない中、どの国においても国内旅行の回復が先行しています。

 振り返れば、緊急事態宣言が出された2020年4-6月期は、国内延べ旅行者数(以下、国内旅行者数)が前年同期比77.4%減、消費額が同83.3%減とおよそ5分の1にまで減少していました【図1】。その後、政府が国内旅行の早期回復を目指して「Go To トラベル事業」を開始したことについては、観光業界のみならず一般の国民にも幅広く知られているところです。先頃、観光庁より発表された同事業の利用実績(速報値)によりますと、2020年7月22日から10月15日までの3ヶ月弱の間におよそ3,138万人泊の利用があったとのこと。これは、前年(2019年)の7-9月期における延べ泊数(2億3,379万人泊)の13.4%に相当する規模です。今月(11月)中には2020年7-9月期の国内旅行者数(速報値)が公表されますので、「Go To トラベル事業」で国内旅行市場がどの程度まで回復したのかがわかります。

「Go To トラベル事業」の効果はどのように捉えるべき?

 さて、この「Go To トラベル事業」の政策効果はどのように評価すればよいのでしょうか。旅行会社や宿泊事業者などに支払われる割引支援額を直接的な効果とみなすこともできますが、ここでは同事業のねらいである「失われた旅行需要の回復」に則り、国内旅行者数をどれだけ増やすことができたのかを推定する方法について考えてみたいと思います。

 2020年7-9月期(以下、今夏)は「Go To トラベル事業」による底上げがありましたが、それでも国内旅行者数が前年同期よりも減少することは避けられません。したがって、同事業により減少幅をどれだけ抑えられたかが焦点となります。

 このとき、同事業による割引が適用された人全員の人数をその効果とみなしがちですが、実はこのような捉え方には過大評価の恐れがあります。なぜなら、「Go To トラベル事業」が実施されなかったとしても、今夏に旅行に出かけた人は一定数存在したはずだからです。少々うがち過ぎに感じられるかもしれませんが、これらの人々は「Go To トラベル事業」によって増えた旅行者数から除外する必要があります。

反実仮想と比べて効果を推定する統計的因果推論の考え方

 2つの事象の間に因果関係があるかどうかを推定する「統計的因果推論」では、このような考え方によって政策などの「介入」の効果を推定します。今回の例では、「Go To トラベル事業」が「国内旅行者数」をどの程度増やしたのか、という「因果効果」が考察の対象となります。

 少々現実味のない話ですが、もしも「Go To トラベル事業」の因果効果をきちんと把握したいなら、国民を「割引適用グループ」と「割引非適用グループ」の2つのグループにランダムに振り分けて、両グループの旅行者数を比較する必要があります。このような実験を「ランダム化比較実験(RCT)」といいます。しかし、国民にとって不公平な政策を実行することはできませんので、このような場合には統計調査などから得られるデータ(専門用語では「観察データ」)を手がかりに様々な手法を駆使して「反実仮想」を推定し、これを「現実」と比較することで介入の因果効果を明らかにしていくのです【図2】

統計的因果推論を観光政策の評価に役立てたい

 今夏の国内旅行者数のデータはまだ公表されていませんので、ここでは推定方法の見通しをご紹介します。「Go To トラベル事業」のケースでは、「差の差法(DID)」という方法が活用できるのではないかと考えています。今夏、感染が拡大していた東京都は「Go To トラベル事業」の対象から除外されました。つまり、東京都(割引非適用グループ)とそれ以外の地域(割引適用グループ)がありました。これらのグループはランダムに振り分けられた訳ではないので、両グループの差をそのまま因果効果と捉えることはできないのですが、同事業の実施前における両グループの差も測定し、「実施後の差」と「実施前の差」の差をとるDIDの手法を用いれば、同事業の因果効果を推定できるかもしれません。

 今回のコラムでは、「Go To トラベル事業」に絡めて「統計的因果推論」を取り上げました。馴染みのないテーマに戸惑われた方もいらっしゃるかもしれませんが、医学や経済学などの分野ではよく利用されており、今後は観光分野での応用も広がるのではないかと思われます。観光政策の評価に役立てることができればと、私自身も統計的因果推論による研究に目下取り組んでいるところです。「Go To トラベル事業」を含めた様々な観光政策の因果効果の推定に、今後チャレンジしていきたいと考えています。

データ出所

  • 観光庁『旅行・観光消費動向調査 2020年4-6月期(速報)プレスリリース』
  • 観光庁ウェブサイト『Go To トラベル事業の利用実績等について』

参考文献

  • 星野崇宏(2009)『調査観察データの統計科学』岩波書店
  • 岩波データサイエンス刊行委員会 編(2016)『岩波データサイエンスvol.3 特集 因果推論-実世界のデータから因果を読む』岩波書店