外に出て身体を動かすことがくれる、病と共に歩む力 [コラムvol.498]

前回のコラムでも触れたとおり、ここ数年の私は慢性疾患、特に患者数が多いがんサバイバーに着目して、安心して旅行やアクティビティを楽しめるための調査研究に取り組んでいます。

医療の進歩に伴い、増え続ける「がんサバイバー」

がんサバイバーに着目した背景には、前回のコラムで患者数が増加傾向にあること、勤労世代である64歳以下の患者が全体の約3割に上ることを挙げましたが、その他にも医療の進歩によって生存率が向上することに伴い、がんサバイバーの数が増加していることが挙げられます(図1)。がんの治療期間は1年以上におよぶことも少なくなく、がん種によっては10年にわたって投薬治療が必要となる場合もあります。また、治療後にがんが一定期間消失した場合に寛解とみなされますが、その期間は5年または10年におよび、がんサバイバーは治療中から治療後の長期にわたって疾病とつきあいながら社会生活を送ることを余儀なくさせられます。

そのため、今年3月に閣議決定された第4期「がん対策推進基本計画」では3つの柱のうちのひとつに「がんとの共生」が掲げられており、官民が連携して様々な取り組みが行われています。

 

図1 年齢調整死亡率・罹患率年次推移

(注)基準人口は昭和60年(1985年)モデル人口を使用
元データ:高精度地域がん登録罹患データ、人口動態統計死亡データ
出所:がん情報サービス(https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/1_all.html)

 

病気や副作用の悩みから解放される貴重なひととき

「がんとの共生」に向けた取り組みのひとつに、公財)日本対がん協会が毎年開催している「がん患者さんの立場に立って社会的な問題解決に取り組む活動」を推進する人を養成するプログラム「がんアドボケートセミナー」があります。私は昨年のセミナーに参加し、前回のコラムで書いた治療中に高尾山に登ったエピソードを紹介しつつ、「誰もが安心して旅行やアクティビティを楽しめる環境づくり」を目指していることを発表しました。

すると、同セミナーに参加していたがんサバイバーの就労を支援する「一社)がんと働く応援団」の共同代表理事である吉田ゆりさんと、プロのスポーツトレーナーで大阪国際がんセンター認定の「がん専門運動指導士」として活躍されている石野田神さんが関心を寄せてくださり、がんサバイバーの方たちと一緒に高尾山を目指すプロジェクト「ゆる²トレプロジェクト」を共に立ち上げることとなりました(注:同プロジェクトは当財団研究員の立場ではなく、個人的な活動として行っています)。

同プロジェクトでは、まず石野田さんが中心となって高尾山に登るための体力をつけるためのオンライントレーニングプログラムを展開し、3月には私が主担当として代々木公園でウォークイベント、5月には高尾山のハイクイベントを開催しました。 5月の高尾山イベントの日はあいにくの雨模様だったことから安全性を考慮して急遽おしゃべり会に変更となりましたが、3月の代々木公園のウォークイベントは天気に恵まれ、23人の方にお集まりいただきました。

ウォークイベントでは、各自が自己紹介した後、石野田さんとがん専門運動指導士の村上理香さんから準備運動や歩き方の指導を受けて、花が咲き始めた公園内を一周しました。

     
         
       

イベントはおおいに盛り上がり、初対面の方も多くいるにもかかわらずあちこちで話に花が咲き、笑顔が多く見られる楽しい会となりました。

会の締めくくりには参加者のみなさんから感想をいただいたのですが、中でも「一般的な患者会だったら来なかった。なぜなら病気の話はしたくないから。でも、このイベントはただゆるく体を動かすというのが趣旨だったから来てみようと思った」という声を聞けて、このイベントを開催してよかったと改めて感じることができました。

また、治療は様々な副作用を伴いますが、その中でも抗がん剤の影響による手足の痺れは数年単位で続く人も少なくありません。参加者の方にも残る痺れに悩む方がいたのですが、その方がイベントの終わりにぽつりと「あ、そういえば痺れのこと忘れていた」とおっしゃったのです。もしかしたら身体を動かすことで血行がよくなったからかもしれませんが、おそらくイベントに集中していたことで痺れのことを忘れていたという部分が大きかったのではないかと思います。

後遺症だけでなく、がんサバイバーには常に再発に対する不安がつきまといます。そのため、たとえ少しの間でも病気のことを考えずに済む時間というのは、病を得た人間にとっては望んでも容易には得られないかけがえのないひとときです。

ですから、イベント中は病気や副作用のことを忘れていたという参加者のお話を聞いたときは何よりもうれしく、外に出て身体を動かすことがもたらす効能は、病と共生する人たちが前に進むための後押しになると確信した瞬間でした。

スマホゲーム「ポケモンGO」を開発したNiantic社創業者のジョン・ハンケ氏は「どうやったら世界を変えられるか?」という問いに対して、「人が外に出れば世界は変わる」と信念のもと、「ポケモンGO」の前身となる位置情報ゲームを開発したと言われています。

私たちの取り組みは「ポケモンGO」と比べたらごくささやかで、どこまでの影響を与えられるかはわかりませんが、外に出かけることがもたらす力をひとりでも多くのサバイバーたちにお届けできるように引き続き取り組んでいきたいと思います。

また、当財団の研究員の立場としては、学術面での検証や先進事例の調査等を通じて、がんをはじめとした慢性疾患と共生する方たちが安心して旅行やアクティビティを楽しめるための環境づくりにアプローチしていくべく、今後も取り組んでまいります。

 

なお、上記イベントの開催にあたりましては、公財)日本対がん協会から助成金と多大なるご協力をいただきました。この場を借りて深くお礼申し上げます。